【新連載】Dr.カワシタの誌上健康診断・心得帳(1)
河下太志 かわしたふとし
リクルートグループ 統括産業医
毎年、健康診断結果を目にして、「最近飲みすぎかなぁ・・・」「そろそろダイエットしてみるか・・・」などと考える人も多いことでしょう。
1年に一度、健康を見直す機会として健康診断をとらえるのもいいのですが、健康診断は、決して会社の福利厚生やサービスの一部でも、日本の健康文化や慣習でもありません。ちゃんとした歴史や意味があるのです。
『健康診断の歴史』
~かつては“結核”対策がメインだった~
会社での健康診断は、明治44年制定の工場法(労働基準法や労働安全衛生法の前身法)により定められ、全国で実施されるようになりました。
当時の健康診断の意義は、国民病であった「結核」対策。健診項目の中でも、咳があるかないかの問診、聴診器での呼吸音、胸部エックス線検査はとても重要な検査でした。
このような“結核対策”としての健康診断は、戦後まで続き、徴兵者から軍需工場従事者に至るまで、幅広く全国で実施されることとなったのです。
昭和40年代になり、国民病は、「結核」ではなく「がん」や「成人病」(現在の生活習慣病)となりました。「がん」の早期発見は、がん検診や人間ドックで実施され、一方、「生活習慣病」の予防や早期発見は、健康診断で行われるようになり、健康診断の果たす役割が大きく変わったのです。
歴史上、健康診断は、ねらいが「結核」から「生活習慣病」に変化したように見えます。しかし、行政指導のもと、国民病対策として位置付けられてきましたし、一貫して国民病対策をしてきたことはお分かりいただけたでしょう。そして、今後もその方向は変わることはないはずです。
国民病対策と聞けば、最近話題となった腹囲測定などのメタボ対策が実施されるようになったことにも合点が行くのではないでしょうか。
『検査項目の決定要素』
~コスト的に、疑わしきはすべて再検査にしないといけない裏事情~
「健康診断は、人間ドックに比べて、検査項目が充実していないので、ちゃんと調べることができるのか、心配だ」という意見をよく耳にします。この質問は、ある意味正解です。それは、健康診断の検査項目は、『安くて、比較的精度の高い検査、つまりコストパフォーマンスのよい検査』が選ばれるからです。
例えば、「がん」を発見するのに、人間ドックでは、コンピューター断層撮影(CT)検査や腫瘍マーカーを実施することがあります。しかし、これらの検査は、数千~数万円かかります。このようなお金のかかる検査を、健康診断の検査項目として全国の企業で実施するのは、コスト面から不可能です。そこで、健康診断では、各検査にかかる費用の単価が数百円~数千円のものしか選ばれません。ちなみに、ベーシックな健康診断は、全検査費用を合わせて、おおよそ5000円~1万円程度です。
確かに高価な検査に比べると、精度は落ちます。しかし、“精度が落ちる”とはいっても、異常を発見できないという意味ではありません。高価な検査よりピンポイントで調べられないからといって、取りこぼしがあっては大変ですから、念のための偽陽性(病気でないけれども、検査上は異常になること)が増えることになります。いわゆる「要再検査」「要精密検査」の中にこの偽陽性も含まれるのです。
こういった事情で、ちゃんと調べられてはいるものの、本人に「要再検査」とか「要精密検査」という結果が戻され、「忙しいのに・・・」などとぼやきながら、病院で詳しく検査をしてもらった挙げ句「異常なし」となることが多いわけです。不安な気持ちで過ごしたうえに、「異常なし」と言われたら、「なんだ、結局問題ないじゃないか!」と健康診断そのものに信用がおけなくなるわけです。
つまり、健康診断において「要再検査」とか「要精密検査」といった結果になった場合には、偽陽性であることを覚悟しながら、時間を割いて、念のため病院で詳しい検査を受けるという心掛けが大切なのです。
『医学的な意味は?』
~健康診断で調べられる病気、そうでない病気~
では、健康診断はあまり意味がないものなのでしょうか? 間違いの多い検査なのでしょうか? そうです。ある意味正解です。
今のところ、検査の有用性が実証されているのは、喫煙歴や飲酒歴や抑うつ状態に関する問診票、BMI(ボディマス指数)、血圧、糖尿病検査、脂質検査です。ここに挙げられていない、例えば、胸部エックス線検査や肝機能検査は、その有用性は示されていないということになります。つまり、疫学上、その有用性が示されていないということですので、「全員に、お金をかけてこの検査をやる意味があるのかないのか」でいえば、意味があるとはいえない検査が多々含まれているというわけです。
しかし、だからと言って、意味のない健康診断は受ける必要がないということになりません。なぜなら、ここでいう疫学上の有用性は、下記の点から、総合的に検討されたものだからです。
● 検査によって発見される病気の頻度(珍しい病気を発見するために多くの人に検査を受けさせるのはナンセンスです)
● 検査特性(その検査でおおよそどんな病気が疑われるか? が確かであった方がよいといえます)
● 検査による利害・早期発見のメリット(症状が出始めてからの治療で十分である場合など)
つまり、検査そのものをするか否かについての意味を論じるのではなく、検査結果に異常が出た場合は、その異常値には意味があります。それだけに、健康診断の検査項目も、どんな病気を発見するための検査で、どれくらいの値で、どのようなリスクがあり、だからどうするのか? ということをきちんと理解しておく必要があります。
次回以降は、健康診断の項目ごとに、こういったことを細かく解説していきます。
なんだか、健康診断って「当の結核は少なくなってきたけど元々は結核対策の一環として始まった検査」「安いけど大ざっぱな検査」などという不名誉なレッテルを貼られてそうですが、日本が世界に誇る医療制度の一翼を担う制度には違いありません。
次回は、この健康診断検査項目の主役『血圧』についてお話します。
■河下太志Profile リクルートグループ 統括産業医 平成13年産業医科大学 医学部医学科 卒業。現在、産業医科大学産業医実務研修センター非常勤助教、株式会社産業医大ソリューションズ チーフコンサルタントとしても活躍中。著書に、「メンタルヘルス対策の実務と法律【職場管理者編】」(SMBCコンサルティング 実務シリーズ)、「メンタルヘルス対策の実務と法律知識」(日本実業出版社 共著)がある。 |