Dr.カワシタの誌上健康診断・心得帳(4)
河下太志 かわしたふとし
リクルートグループ 統括産業医
健康診断結果が手元に戻ると、酒好きな人は、「おっと、ガンマが高くなったな!」などと呟きます。しかし、肝機能異常の原因は、酒だけではありません。脂肪肝だって、放置はできませんし、その他、肝機能検査はあらゆる病気が考えられるのです。
今回は、そんな肝機能の見方を説明します。
『AST(GOT)、ALT(GPT)の謎』
机の引き出しに眠っている健康診断結果を引っ張り出してみてください。
そして、肝機能検査の部分を見てみましょう。
ASTとかALTとかいうのがありますか?(以前はGOT、GPTが一般的でしたが、最近は、名称をAST、ALTと表記されることが増えました。)この二つの検査結果は、大雑把に言うと、正常範囲は50以下と考えてください。
このASTやALTの正体は、アスパラギン酸(アスパラガスなどに含まれるアミノ酸です)やアラニン(枝豆などに含まれるアミノ酸です)というアミノ酸を、グルタミン酸というアミノ酸に変換する酵素のことです。体の中では、ASTは心臓>肝臓≫筋肉>腎臓の順に多く存在し、ALTは肝臓>腎臓≫心臓>筋肉の順に多く存在します。
つまり、この2つの検査は、肝臓だけではなく、心臓・筋肉・腎臓がダメージを受けても上がるわけです。以前、患者さんが、ASTやALTが急に300を超えてしまい、急性肝炎なのでは!? と考え、すぐに精密検査を受けさせたのですが、数日の内に数値は下がりました。よくよく調べてみると、健診前日の筋肉トレーニングにより、筋組織がダメージを受け、検査数値が一時的に上昇していたのであろうという結論に至ったことがあります。
『γGTPの謎』
上記のASTやALTよりも有名なのは、『ガンマ』ことγGTPです。このγGTPもペプチドをアミノ酸に分解する酵素で、肝臓・膵臓・腎臓に多く存在します。こちらも、大ざっぱに言うと、正常範囲は、50までと考えてください。
そして、こちらも、肝臓・膵臓・腎臓にダメージを受けると上昇するというわけです。このγGTPは、主に胆道系といわれる胆嚢や胆管の病気で異常を示しやすいと言われます。酒好きな人で、毎年、γGTPが100超であった人が、ある年の健診で300と跳ね上がっていて、本人は、「最近、飲みすぎたかなあ…」などと言っていましたが、念のため、検査すると胆嚢癌が見つかったことがあります。いつも、検査数値が悪いと、いざという時に、検査の評価が難しく、ついつい、本当の原因が見過ごされてしまうことがあります。
『肝機能検査が悪いと何を考えるか?』
基本的には自覚症状(倦怠感など)が伴っていなければ、急いで受診しなければならない状態ではないと考えていいでしょう。黄疸や全身倦怠感などに注意しておき、それらが認められなければ、まずは一安心といったところでしょう。
しかし、ASTやALTやγGTPが、一つでも100を超えている場合、精密検査を一度はしておきたいところです。
精密検査が必要な理由は以下の三つです。
① ウイルス性肝炎や自己免疫性肝炎、胆石症といった今後も医療面でのケアが必要となる可能性の高い病気があるかどうかを確認しておく必要があるということ
② 脂肪肝やアルコールによる肝障害などの生活習慣を変える必要があるかどうかの評価を行う必要があるということ(ちなみに、脂肪肝の中にも肝硬変や肝臓癌に発展する類のものもあります。)
③ 肝臓と周辺臓器以外の病気の確認、つまり、心臓や筋肉の病気がないかどうかを確認するということ
肥満による脂肪肝やアルコールによる軽度の肝障害の診断を受け、健康診断の度に肝機能が異常値であるが、大きく検査値が変わらないのであれば、2~3年は、以前に診断された脂肪肝やアルコール性が原因である可能性が高いと言えます。ただし、それ以上経過すると、別の理由で検査が異常を示しているかもしれませんし、生活習慣の改善をレベルアップする必要があるかもしれませんので、改めて精密検査することをお勧めします。
総じて「肝機能検査のうち、1つでも100を超えていたら、少なくとも3年に1回は精密検査を受ける必要あり」と言えるのです。
『こんなケース』
元々、脂肪肝や飲酒により、「いつか、ダイエットをして…」や、「いつか、休肝日を設けて…」などと言う人がいます。病院の外来で、「風邪をこじらせて…」と言って受診してきた人がいましたが、検査の結果、即入院レベルの重症肺炎でした。しかし、なんと、ASTやALTは500台、γGTPに至っては、800台と、極度の脂肪肝&アルコール性肝障害でした。これでは、肺炎の治療で必要な抗生剤も十分に使えません。病院で使用するあらゆる薬剤は、肝臓に負担をかけます。日頃の不摂生により、いざという時に満足いく治療が受けられないケースはよくあるのです。
革命的な医療機器のさきがけである「X線検査(通称レントゲン)」。今年は、被ばくの問題から健康診断の中でも胸部X線検査だけは受診を拒否するケースも少なくなかったと聞きます。
さて、そんな胸部X線検査について、次号では解説します。
■河下太志Profile リクルートグループ 統括産業医 平成13年産業医科大学 医学部医学科 卒業。現在、産業医科大学産業医実務研修センター非常勤助教、株式会社産業医大ソリューションズ チーフコンサルタントとしても活躍中。著書に、「メンタルヘルス対策の実務と法律【職場管理者編】」(SMBCコンサルティング 実務シリーズ)、「メンタルヘルス対策の実務と法律知識」(日本実業出版社 共著)がある。 |