2011年11月22日掲載

Dr.カワシタの誌上健康診断・心得帳【河下太志】 - 胸部エックス線検査は必要?―Dr.カワシタの誌上健康診断・心得帳(5)

Dr.カワシタの誌上健康診断・心得帳(5)
河下太志
かわしたふとし
リクルートグループ 統括産業医
~新たな異常や変化があれば、できる限り早く精密検査を!~

「微量ながらも被ばくというリスクがあるのに、健康診断に胸部エックス線検査(レントゲン)は本当に必要なのか?」と感じている人も今年は特に多いことでしょう。
具合が悪くなったときに病院を受診すると行うのは、まず、レントゲンか血液検査。それくらいメジャーな検査のひとつですが、最近レントゲンは、CTやMRIにお株を奪われつつあります。
しかし、健康診断の中では唯一の画像検査。それなりに意味があるのです。

『被ばく問題』

東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故を受けて、2011年度の定期健康診断では、胸部エックス線検査の被ばく量について、話題になることが多かったように思います。

胸部エックス線検査の被ばく量は、撮影方法などにもよりますが、大ざっぱに0.05ミリシーベルト前後と考えるのがいいでしょう。ちなみに胸部CTは、こちらも大ざっぱですが、10ミリシーベルトと考えていいでしょう。被ばくが与える身体への影響は、報道されている通り。つまり、年間数回程度、このような検査を受けたからといって、身体に影響が出るようなものではありません。

『胸部エックス線検査の意義』

そもそも、何のために胸部エックス線検査をするのでしょう?
もともと、健康診断は、その目的が「結核診断」だったわけですから、胸部エックス線検査の目的は『結核を発見するため』だったのです(また、労働者の中には、以前は「じん肺」を抱えている人も多数いましたが、こちらはじん肺法という法律に基づいて、検診がなされています)。

じん肺…アスベスト、アルミニウムの粉じんなど、細かい粒子が肺にたまって起きる肺疾患のこと。

結核はまだまだ現役の感染症であり、決して油断ならない病気ではありますが、戦前・戦後に比べると、罹患(りかん)者が激減していることも事実です。そうなると、全社員に一律に結核を発見するために胸部エックス線検査を実施するというのも、非効率ではないかと言われています。

つまり、専門家の間では、結核感染のリスクが高い人にだけ実施すればいいと考えられるようになり、諸外国では結核を発見するための胸部エックス線検査を廃止した国も多くなりました。この流れは日本も同様で、2007年には結核予防法が感染症法に統合されたことをきっかけに、2010年には、それまで義務検査の一つであった企業健診での胸部エックス線検査も、医師により省略可という区分になりました。
この経緯をご覧になると、「そんなことなら、胸部エックス線検査なんか、やめてしまえばいいのに…」と大半の方が思うことでしょう。

しかし、胸部エックス線検査を実施するメリットとしては、肺がんや肺結核の発見などが挙げられます。もしもの「肺がん」「結核」は、見つかれば大変な病気です。ですので、結核の罹患者が激減した今日も実施されているのです。

『肺がん検査としての胸部エックス線検査』

では、本当に、胸部エックス線検査で、肺がんを早期で発見できるのでしょうか?

肺がんは、今や日本人男性の罹患率No.1悪性腫瘍ですので、肺がんの早期発見スクリーニングはどうしても必要です。
例えば、子宮頸(けい)がん検査では、子宮細胞診などで、ごく初期のがんも見つけることができるなど、効率も良く、体への負担も比較的軽いのですが、肺がんの場合、ここまで効率の良いスクリーニングは存在しません。胸部エックス線検査で肺がんが発見されて、助かる人はもちろんいます。しかし、信頼度は若干劣ると言わざるを得ません。

とはいえ、被ばく量や効率の悪さといったデメリットはあるものの、肺がんの罹患率が高いことを考えると、消去法的ですが、意味のある検査と言わざるを得ないというのが現状でしょう。

その他、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患や肺炎など、胸部の病気はありますが、慢性閉塞性肺疾患はかなり進行しないと治療の対象とはなりませんし、肺炎ならば健診結果が出る前に、咳や発熱などの自覚症状のために病院を受診していることでしょうから、基本的に、健康診断として胸部エックス線検査をする意味が見いだし難いというのが、現実です。

『検査結果の見方』

胸部エックス線検査を評価するのは、非常に難易度の高い仕事です。その理由は以下の通りです。肺炎などの肺の病気を患ってしまうと、高い確率で、胸部エックス線上の異常陰影が残ってしまいます。ちょうど、骨折してしまうと骨折した跡が、一生エックス線検査上残ってしまうのと同じです。そのため、異常な影があっても、それが過去の病気の遺残であるのか、新たな病変なのか区別が付きにくいということです。また、胸部は、肋骨(ろっこつ)・胸椎・心臓などさまざまな臓器や組織が重なり合う部位でもあります。そのため、重なりが濃く見えたり、何かの結節に見えたりすることがあります。ですから、要精密検査となって、CTを受けても、異常が見つからず、骨が重なっていたのでは? などと言われることが多々あります。

参考までに、結核や肺がんがエックス線検査にどう映るかご紹介します。

<結核>
結核の胸部エックス線検査の特徴は、ありません。正確には、バリエーションがありすぎて、特徴が絞れないのです。そのため、なんらかの異常がある場合、“『結核』かもしれない”という考えは、最後まで消すことができないのです。胸部エックス線検査の異常に加えて、微熱が続いているとか、近親者に結核に罹患した人がいるとか、糖尿病を抱えているなどのリスクを高める要素があれば、さらに、結核を用心する必要があります。

<肺がん>
肺がんの胸部エックス線検査の特徴は、何と言っても結節陰影が挙げられます。他にも肺炎のように、もやもやとした浸潤影が見られることもありますが、私の経験からは、コインの形のように見える結節陰影こそが肺がんという印象が強いです。

実際、効率がいいとは言えない胸部エックス線検査ですが、大病を発見する可能性があるという点で、意味のある検査と言えるでしょう。基本的には、新たに見つかった異常な影や、昨年も認めた異常であるが、大きくなっているとか、形が変わったといった変化があるような場合は、念のため精密検査で再度エックス線検査やCT検査などの検査が必要です。

『次回、貧血について』
貧血も、意外に症状が少ない病気です。体が慣れてしまうのです。
ここにも大きな落とし穴が…。正しく貧血を理解して、貧血を発見して、治療して、楽な生活を心がけてみませんか?
次回は、貧血のお話です。
■河下太志Profile 
リクルートグループ 統括産業医

平成13年産業医科大学 医学部医学科 卒業。現在、産業医科大学産業医実務研修センター非常勤助教、株式会社産業医大ソリューションズ チーフコンサルタントとしても活躍中。著書に、「メンタルヘルス対策の実務と法律【職場管理者編】」(SMBCコンサルティング 実務シリーズ)、「メンタルヘルス対策の実務と法律知識」(日本実業出版社 共著)がある。