人事パーソンのための実践!ビジネスフレームワーク(第4回)
太期 健三郎 だいご けんざぶろう
ワークデザイン研究所 代表
前回は、人事担当者に必要となる「高度なコミュニケーション」の原則を説明しました。コミュニケーションは、相手に何らかの「行動」を促すために行うもので、それ自体は、目的ではなく手段です。何らかのコミュニケーションを行ったとき、それは「終わり」ではなく、相手に行動を促すスタートボタンを押したにすぎないのです。
今回は、人事担当者が携わるいくつかの仕事上のシーンを事例に、コミュニケーションで意識すべき視点「Why」を説明します。この視点を意識する習慣を続ければ1カ月であなたのコミュニケーションスキルは飛躍的に高まります。
ビジネスコミュニケーションを上手に行うための三つの視点「Why(目的)」「What(内容)」「How(方法)」について、前回のコラムで説明しました。
[図表1]コミュニケーションを上手に行うための三つの視点
why | 伝える目的は何か? | ・そのコミュニケーションは何のために行うのか? |
what | 伝える内容は何か? |
・目的を達成するために伝える項目は何か?
・受信者の立場で伝える内容のレベルは?
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how | 適切な手段は何か |
・どのように伝えるか?(対面、電話、メールなど)
・伝えるタイミング/場所
・伝え方(話し方、言葉の選び方)など
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今回は、この三つの中で一番大切な「Why(目的)」を、いくつかのビジネスシーンを基に解説します。「このコミュニケーションは何のために行うのか?」を意識する重要性を理解し、習慣化してもらうためです。「Why」を明確にすれば「What(内容)」「How(方法)」はおのずと決まります。
■(事例1)年末調整の告知をうまく行えば、人事・総務の負担は大きく軽減できる
毎年10月くらいになると、企業では総務・人事部門から社員に向けて年末調整に関する案内を行いますね。まず、この告知の目的を考えてみましょう。とはいえ、「『年末調整の告知』に特別な目的なんてないのでは? 提出物と提出期限を伝えるだけしょう?」と思う人もいるかもしれません。
年末調整告知というコミュニケーションの目的は、社員が「間違いなく」「期限までに」年末調整に必要な帳票を提出し、その後の人事・総務部門での年末調整作業をスムーズに行うことです。
告知のコミュニケーション次第で、その後の総務・人事スタッフの業務負担は大きく変わります。書類の不備・添付書類不足による差し戻しや、問い合わせ対応、提出遅れの督促連絡など、本来なら不要な業務を低減することができます。
そのためには、分かりにくい税務署の資料を使うだけでなく、よくある記入間違い、記入モレの例、毎年多い問い合わせの回答(FAQ)などを載せると良いです。
また、一度だけの告知だけでなく、保険会社等から控除証明書が届く時期に「失くさないように保管しておいてください」、提出期限1週間前に「お早めにご準備ください」というリマインドメールを行ったりすると提出遅延が大幅に減ります。
■(事例2)上司の指示の巧拙が、部下の仕事の成果を左右する
部下や後輩に仕事の指示を行うコミュニケーションを考えてみましょう。「***のデータを集計、整理する」という指示を出すとします。しかし、業務内容を指示するだけで「あとはよろしく」ではなく、丁寧なコミュニケーションを行うことで、部下の仕事の質は高まり、結果として上司の仕事は楽になります。
「何を行うためにデータを使い、そのためにどのようなデータが必要なのか」を伝えることが大切です。それによって、データの質と量の過不足を防げますし、業務を進めるモチベーションを高まります。意義、目的を伝えられず行う「作業」はモチベーションにつながりません。
また「できるだけ早く」という曖昧な納期の伝え方はいけません。「できるだけ早く」という言葉に対する認識は人によって異なります。「**日の*時までに」と明確に指示しましょう。
伝えたあとに「仕事の内容は理解できたか、質問はないか、納期までに行えそうか、仕事を進める上で障害になりそうなことはあるか」などを「聴く」ことも必要でしょう。
上司が、部下の仕事に不満を持つときは、部下の能力や仕事の進め方を考える前に「自分の指示の仕方に問題はなかったか?」と振り返ってみることも必要かもしれません。
この事例を裏返して考えてみると、部下として上司からの指示を受けるときのヒントにもなると思います。
■(事例3)「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」をきちんと行えていますか?
「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」の大切さを新入社員研修で教わった人も多いでしょう。しかし、これをきちんと行える人は意外に多くありません。
「報告」は、仕事の経過や結果(主に「過去~現在」について)を伝えることです。
「連絡」は、予定、計画など(主に「未来」について)関係する人に伝えることです。
「相談」は、発生している問題などについて、何らかのアドバイス、支援などを求めることです。
どれも、「タイミング」「事前の準備」が大切です。
タイミングについては「報告」が一番分かりやすいでしょう。悪い報告ほど早く行います。「A社の契約とれました!」などの良い報告は早くしたいけれど、悪い報告は先延ばししたり、隠したりしたくなるというのは人間の常です。しかし、悪い報告こそタイミングを逸することなくすぐに行わなければなりません。
特に「事前の準備」が重要なのが「相談」です。相手に思考や判断を求めることが多いので、相手に何を求めることと、そのために伝えるべき情報を整理しておきます。例えば、重要顧客から重大なクレームが発生した場合、事実関係(発生の経緯、時期、関係者、原因)や、取引実績、今後の対応方法の案(謝罪と再発防止レポート作成)などを整理した上で相談しなければなりません。
■(事例4)評価面談は「伝える」より「聴く」
評価面談を行うのは主に管理職や人事マネジャーの仕事ですが、人事制度を運用する人事担当者であれば知っておくべき、重要なコミュニケーションの一つです。
人事評価面談は期初の「目標設定面談」、期中の「進捗(しんちょく)面談」、期末の「評価面談」に分類できます。評価面談では、目標や評価結果を一方的に伝えるだけではいけません。面談の目的は、目標や評価結果を理解・納得させ、目標達成のためのモチベーションを高め、中長期的な本人の成長を促すことにあります。「伝える」よりも「相手の声に耳を傾ける」ことに重点を置くべきなのです。評価面談では、「聞く」でも「聴く」でもなく「傾聴する」と強調される所以(ゆえん)です。フェイストゥーフェイスで相手の表情、しぐさ、語調などを意識しながら「傾聴」するのです。
■まとめ
人事担当者が業務の中で遭遇しそうなケースを基にして、コミュニケーションを説明してきましたが、各ケースについてのノウハウ、個別テクニックを覚えてもらうことが目的ではありません。最初に述べたように、コミュニケーションを行う前に「Why(目的)」を考える大切さに気づき、習慣にしてもらうためです。
それぞれのケースを読み、コミュニケーションのWhyを考えるとはどういうことかを理解していただけたと思います。ぜひ、コミュニケーションを始める前に「Why(目的)」を意識することを習慣化してみてください。
コミュニケーションを「なんとなく」行う人と、「目的」を常に意識して行う人ではコミュニケーションスキルの向上は大きく異なります。その差は1カ月もたたないうちに顕著に表れます。
このコラムも著者と読者の皆さんとのコミュニケーションの一つです。執筆前に各回のテーマに沿って「Why(目的)」を考えて構想を練ります。コラムを読んだ方に、気づきや学びが生まれたり、意識や行動の変化が起こったりすることを考え、願いながら執筆しています。その意図が達せられたかは皆さんの判断に委ねるしかありませんが、コラム下のコメント欄や私のホームページやブログなどから、ぜひご意見、ご感想をお聞かせいただければ幸いです。
文字による一方的な発信に見えるコラムが、著者と読者のキャッチボールとなればこれに勝る喜びはありません。
太期健三郎(だいごけんざぶろう)profile
1969生まれ。神奈川県横浜市出身。人事コンサルタント/ビジネス書作家。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)、株式会社ミスミ、株式会社グロービスを経て、ワークデザイン研究所代表に就任。コンサルタントおよび現場実務の両者の立場で一貫して人材マネジメントとキャリアデザインに取り組む。主著『ビジネス思考が身につく本』(明日香出版社)。
ワークデザイン研究所のホームページ http://work-d.org/
ワークデザイン研究所代表のブログ http://blog.livedoor.jp/worklabo/