2012年07月11日掲載

人事パーソンのための実践!ビジネスフレームワーク - 第6回 採用活動はマーケティング思考で!~「自社」という“商品”の差別化ポイント、魅力を伝えていますか?

人事パーソンのための実践!ビジネスフレームワーク(第6回)
太期 健三郎 だいご けんざぶろう
ワークデザイン研究所 代表

 「マーケティング」という言葉を見ると「人事にはあまり関係ない」と思う方もいらっしゃると思います。しかし、採用活動ではマーケティングという視点は欠かせないのです。
 採用では「売り手市場」「買い手市場」という言葉が使われますが、実際は採用する企業は求職者を選ぶ立場(買い手側)であると同時に、求職者に選ばれる立場(売り手側)でもあります。そのように考えると、採用したい人材(必要な人材)というターゲットを定め、「自社」という“商品”の差別化ポイント、魅力を確実に適切に伝え、集め、選考するというマーケティング思考が採用の成否を決めるのです。

 さて、そもそも「マーケティング」とは何でしょう? マーケティングにはさまざまな定義がありますが、簡単に言うと「『継続的に売れる』仕組みを考える活動」です。マーケティング(marketing)の語源は、市場で取り引きするという意味の動詞「market:マーケット」です。採用における市場とは新卒採用、中途採用を問わず「労働市場」です。
 労働市場というマーケットの中で「必要な人材を採用できる」仕組みを考え、実行するのがマーケティング思考の採用活動と言えます。

■マーケティング思考が弱い採用の典型パターン

 マーケティング思考が弱い両極端の例を示してみましょう。

(1)「一方的に選考する」という意識が強い、大企業や人気企業
 募集すれば膨大な応募者が集まる大企業、就職人気ランキング企業などでは、応募者を一方的に「選考してやる」という意識があります。「応募者からも選ばれる」という視点が弱く、膨大な応募者をスケジュール通りに選考することばかりに気をとられ、結果として「優秀そうな無難な人材」で採用枠を埋める結果になってしまうことが多いのです。

(2)「募集してもどうせ人が来ない」と諦めてしまう中小企業、知名度の低い企業
 これとは逆に、中小企業や知名度の低い企業では「募集しても、どうせ当社にはいい人材がこない」と最初から諦めて、採用に力を入れなかったり、採用基準を大幅に下げたりすることがあります。もったいない話ですし、これではいつまでたっても企業の人材力を高めることはできません。

■マーケティング思考で、ていねいな採用活動を行う

 このような話をすると「採用にそれほど手間も時間も掛けていられない」「そもそも書類選考と短時間の面接では限界があるのだから仕方がない」という声をよく聞きます。
 しかし、ヒト(社員)に関する問題、トラブルのほとんどは採用に起因するものです。また、人を採用するというのは、とても「高い買い物」(※)ですし、簡単に買い換えられるものではありません。
 マーケティング思考を持てば、良い人材を獲得する「採用の質」を高めるだけでなく、採用業務の効率が高まり、「採用活動のコスト(手間、時間、費用)」を下げることができるのです。

※初任給20万円の社員を雇うと、賞与・法定福利費を含めて年間350万円前後になります。また、大卒男子を定年まで雇用すると2.5億円くらいの生涯賃金を払うことになります。

■マーケティング思考による採用活動の実際

 採用ステップに沿ってマーケティング思考の採用活動を具体的に説明していきます。

[図表1]マーケティング思考の強い企業vs弱い企業の「採用活動」比較

マーケティング思考の採用   マーケティング思考が弱い採用
欲しい人材像、採用基準が明確 人材像、
採用基準
人材像、採用基準が曖昧
採用は企業と求職者双方が「選び」「選ばれる」ものだと認識している 「採用」に対する
認識
採用は企業が求職者を一方的に選ぶものだと考えている
「欲しい人材」の視点で、自社という“商品”の差別化ポイント、魅力を考え、アピールする 応募者への
アピール
応募者に対して、自社の要求ばかりを伝える(例)「弊社は次のような人材を求めます…」
欲しい人材に即したターゲット(求職者の母集団)を特定し、募集活動を行う 募集活動 ターゲットを絞らずに募集活動を行うため、ミスマッチを含んだ膨大な応募者が集まる
求める人材像に照らした選考基準で選考をしている 選考活動 選考基準が曖昧で、面接官の主観で選考している
終了後、早期に採用活動を振り返り、評価し、今後の採用、人材マネジメントに生かす 採用活動
終了後
ホッと一安心して終了、「やりっ放し」

(1)欲しい人材像、採用基準を明確に
 まず初めに、自社にとって必要な人材像を明確にします。「問題解決力」「リーダーシップ」「協調性」などあいまいで抽象的な言葉ではなく、自社の事業に照らして具体的なものにすれば採用基準も明確となり、「なんとなく優秀そう」「そつがなく無難」ではなく「事業を推進し、企業を成長させる」人材を採用する確度を高めることができます。

(2)応募してほしいターゲット層を明確にして募集を行う
 当然のことですが求職者によって就職活動の方法は異なります。応募してほしいターゲット層に適した募集方法、募集媒体を考えないと、応募者が集まらなかったり、求めていない応募者が多数集まり余計な選考コストがかかったりして、その後の活動が非効率なものになります。

(3)「自社」という“商品”の差別化ポイント、魅力を確実に適切に伝える
 前述したように、採用活動は企業が求職者を一方的に選ぶものではありません。
 ですから、欲しい人材が応募し、入社してくれるように自社の魅力をアピールする必要があります。求職者にとっての魅力はさまざまですが次のようなものがあります。
 「仕事の内容(やりがい、難易度、仕事を通した成長など)」「報酬(金銭的報酬・非金銭的報酬)」「社風」「将来のビジョン、成長性」「経営トップの姿勢・魅力」「教育制度」「企業の知名度・ブランド」「企業規模・安定性」などです。

 これらを総花的に示すのではなく、欲しい人材が「企業や仕事に何を求めるのか?」を考えて、具体的にリアリティを持って伝えることがポイントです。
 前述の採用に苦心している中小企業、知名度の低い企業も、求職者にとっての自社の魅力を必死に考え抜けば、きっといくつか出てくるはずです。

 同時に、ネガティブな情報を示すことも有効です。
 募集広告、会社パンフレットには良いイメージ、魅力的なことをメインに示している企業が多いでしょう。しかし、それらと併せてネガティブな情報も示してみてはいかがでしょうか。
 そのほうが「それでもその仕事をやりたい、入社したい」という熱意と本気度を持った人の応募の割合が高まり、「とりあえず幅広く応募しよう」などのひやかし応募の割合は減ります。また、内定辞退や、入社後「こんなはずじゃなかった……」という早期退職者も減ります。
 このような情報を提供することをRJP(Realistic Job Preview、現実主義的な仕事情報の事前提供)といいます。

(4)選考(企業にとっての選抜であるとともに、応募者に入社したいと思わせる機会)
 応募者を見極める選考プロセスでは、求める人材像に照らした選考基準、選考プロセスを設計します。就職活動のテクニックを学んでいる最近の新卒採用などでは、通り一遍の選考では見極めは難しく、書類選考の課題、面接時のキラークエスチョン(事前準備した回答では対応できず、かつ、本質的な基準を見極める質問)などの工夫が大切です。
 採用基準の正しく十分な理解、質問力向上などによる面接官のレベルアップも必須です。筆者は採用コンサルティングの中で企業の採用面接に立ち会うことがありますが、採用基準を十分理解せず偏った自分の主観で評価したり、「おっ、掘り下げた質問を行うチャンスだ!」と思ったときにそのままスルーして次の質問に移ってしまう面接官などを見ることがしばしばあります。
 選考プロセスは学生が企業を選ぶプロセスですから、応募者は会社の雰囲気、採用事務局、面接官の対応(人柄、能力など)などで企業を観察しています。上位志望の企業ではなかったけれど、面接官、人事担当者に魅力を感じて入社を決めたということもよく聞く話です。

 ■採用活動を「やりっ放し」にしない

 一連の採用活動が一段落するとホッとして、採用活動を「やりっ放し」のままにしてしいませんか?
 下図のとおり一般の採用活動はPDCAサイクル(※)のPLAN(計画)とDO(実行)の部分が中心です。その後のCHECK(評価)、ACTION(修正)をしっかり行うと、採用力、人材マネジメントのレベルは飛躍的に高まります。

※PLAN(計画)→DO(実行)→CHECK(評価)→ACTION(修正)の頭文字をとったもので、経営、事業、業務をスムーズに進めるためのマネジメントサイクルです。

 採用活動の「D」を「C」「A」につなげる方法はさまざまですが、「新卒採用」を例に挙げると、以下のような方法があります。

・選考プロセスを振り返り、選考基準の見直し、バージョンアップを行うことで、次年度以降の採用等へ生かす

・応募者の属性、書類選考、面接の評点など各種データを集計・分析し、内定辞退者の傾向把握などに生かす

・選考プロセスの情報を入社後の人事評価結果など照らして、配置・異動、人材育成など全社的な人材マネジメントで中長期的に活用する

[図表2]PDCAサイクルで捉える「採用のステップ」

 人材のレベルアップを突き詰めると「採用」と「人材育成」に行き着きます。
 マーケティング思考の採用を続け、ノウハウを蓄積することで、採用の「精度」と「効率」を高めていきましょう!

◆関連リンク

そもそも、人材マネジメントとは?~人事パーソンのための実践!ビジネスフレームワーク(第5回)

太期健三郎(だいごけんざぶろう)profile
1969生まれ。神奈川県横浜市出身。人事コンサルタント/ビジネス書作家。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)、株式会社ミスミ、株式会社グロービスを経て、ワークデザイン研究所代表に就任。コンサルタントおよび現場実務の両者の立場で一貫して人材マネジメントとキャリアデザインに取り組む。主著『ビジネス思考が身につく本』(明日香出版社)。
ワークデザイン研究所のホームページ http://work-d.org/
ワークデザイン研究所代表のブログ http://blog.livedoor.jp/worklabo/