人事パーソンのための実践!ビジネスフレームワーク(第7回)
太期 健三郎 だいご けんざぶろう
ワークデザイン研究所 代表
人事担当者に限らず、ビジネスパーソンはさまざまな目標を持ち、その達成に向けて頑張っています。
一つひとつ目標を確実に、早く達成している人もいれば、なかなか達成できない人もいます。両者の違いは何でしょうか?
それは「目標設定力」です。もちろん、達成に向けた意志の強さや、実行に必要なさまざまな能力も大切ですが、適切に目標を設定する力が目標達成の確度とスピードを大きく左右するのです。
そして上手に目標を設定するためのフレームワークが「SMARTの原則」です。適切な目標を設定する上での五つの要件の頭文字(S・M・A・R・T)をとったものです(以下で詳しく紹介します)。
目標を確実に達成するビジネスパーソンとして、また、自社で目標管理制度(MBO:Management By Objectives)を採用している場合はその運用を担う人事担当者として、「SMARTの原則」をぜひマスターしてください。
■PDCAサイクルでの目標設定の位置づけ
当コラムではPDCAサイクルの大切さについては繰り返し説明してきました。目標設定はPDCAの「P」(PLAN:計画)のプロセスで行います。
職人さんの世界では、昔から「段取り半分(段取り八分)」という言葉が使われます。段取り(計画、準備)をきちんと組めば、全ての仕事の半分(もしくは8割)は終わったも同然だ、という意味です。
ビジネスの世界でも同様で、個人の仕事も、部門やプロジェクトの業務でもPLANのプロセスで目標と計画をきっちり立てれば、仕事をスムーズに行うことができ、目標を達成させる確度は格段に高まります。
また、途中での進捗(しんちょく)管理も行いやすくなりますし、達成に向けて行き詰まったときに軌道修正を行う際の基準になります。さらに、完了した際に正しく振り返って評価・反省を行い、その後の仕事、業務のための学び、ナレッジを得ることができるのです。
図表1 PDCAサイクルにおける目標設定
■SMARTの原則
良い目標を立てるためのビジネスフレームワークが「SMARTの原則」です。これは、適切な目標を構成するために必要な五つの項目の頭文字を並べたものです。
図表2 適切な目標設定のためのチェックリスト「SMARTな原則」
目標設定の「S・M・A・R・Tな原則」 | |
Specific | 具体的であること |
Measurable | 測定可能であること |
Attainable | 達成可能なレベル |
Result-based | 成果を重視していること |
Time-oriented | 期限が明確であること |
五つの要件を一つずつ説明していきましょう。
(1)Specific:具体的であること
目標は具体的な表現で示される必要があります。目標が具体的であれば、実現するための方法や計画を考えやすくなります。
×(ダメな例)「…制度運用の検討」「…の改善」
(2)Measurable:測定可能であること
目標は測定可能である必要があります。測定可能でないと進捗管理や達成度の評価が難しくなります。そのためにできるだけ数値化します。どうしても数値化が難しいものは「達成された状態」を具体的な言葉で表現します。
×「…事業の売上増加」「顧客満足度の向上」
(3)Attainable:達成可能であること
目標は適正な難易度のものでなければなりません。とても達成できない夢物語のような目標でも、容易に達成可能な簡単すぎる目標でもいけません。適度なチャレンジを伴う達成可能なものが望ましいのです。
×「(対前年割れが続く中で)前年比倍増」「(現状は業界20位なのに)シェアNo.1企業へ!」
(4)Result-based:「成果」を重視していること
目標は「成果」を重視していなければなりません。何を成し遂げるためなのか? ――を常に意識して目標を設定しましょう。
×「頑張ります、鋭意努力します」「訪問件数の増加」
(5)Time-oriented(期限が明確であること)
目標は達成すべき期限やスケジュールが明確でなければなりません。期限が明確であれば達成のため計画策定、進捗管理が行いやすくなります。
×「できるだけ早く実施」「秋ごろをめどに着手」
SMARTでない目標には、「達成されたか否かを評価、判定できない」「ゴール、成果があいまいなため、具体的な活動に落としにくい」など本質的な弊害がいくつかあります。
■事例:「管理職のレベルアップ」という業務で目標を設定する
では、人事担当者の業務を例にSMARTの原則で目標設定を考えてみましょう。
「人事など管理部門の業務は定性的で、営業職のように成果を具体化、定量化することは難しい」と思われるかもしれません。
確かにそのような傾向はありますが、それでもできるだけSMARTを意識して目標を設定する必要があります。
「SMARTの原則」を使って「管理職のレベルアップ」という目標をチェックしてみましょう。
(1)Specific:具体的であること
管理職研修などにより行うにしても「管理職のレベルアップ」という目標はあまり具体的ではありません。
「管理職」とは主任・係長級、課長級、部長級など、どの層を対象としているのか? レベルアップの「レベル」とはスキルなのか意識なのか? 「リーダーシップ」「マネジメントスキル」「管理者意識」などではあいまいで、自社の現状に照らしてもう一歩具体化する必要があります。
(2)Measurable:測定可能であること
本事例で一番難しいのはこの項目(測定可能であること)かもしれません。社員研修の効果測定などでは多くの企業が頭を悩ませています。しかし、方法はいくつかあります。
・育成前と育成後にテストやアセスメントを実施してスコアを比較する
・対象者の周囲(同僚や上司など)へのアンケートを行い定量評価する
・レベルアップすべき項目に関連する人事評価結果の推移を見る
――など、定量化する方法を考え、測定可能でかつキーポイントとなるもので設定します。
また、研修などの開催回数、受講者数、修了者数などレベルアップのためのプロセスを定量化することも有効です。
(3)Attainable:達成可能であること
目標は達成に向けて適切な難易度であることが大切です。例えば、対象とする管理職の現状が期待に対して著しく低いとします。それに対して、一足飛びに「一流の管理職に育てる」などでは現実離れしていると言えます。
「今期は基本スキルを習得させる」「来期は実践・応用レベルに引き上げる」など達成可能な目標を立てましょう。
行動心理学などでは「人のモチベーションが最も高まるのは達成可能性が50%くらいの難易度のときである」と言われますが[注]、私は頑張れば70~80%達成可能などが適正なのでは、と考えています。
[編注]米国の行動心理学者アトキンソンは、「モチベーションの高さ=本人の達成動機の強さ×成功の主観的確率の高さ×誘因(成功報酬)の価値の高さ」という形で目標設定と動機付けモチベーションの高さを数式化した。これによると、モチベーションが最も高まるのは、「成功の主観的確率の高さ」が50%くらいのときとなる。
(4)Result-based:「成果」を重視していること
目標は「成果」重視で設定しなければなりません。しかし、成果ではなく行為・プロセス自体を目標にしてしまうことがあります。例えば、人材育成の場合に「研修を開催すること」を目標にしたり、管理職制度の見直しそのものを目標にしてしまうなどです。しかし、それらは目的、目標ではなく手段です。
どのような状態になっていれば“現状と比べてレベルアップされた”と言えるのかなど、あくまで「成果」(最終成果だけでなくプロセスでの中間成果も)を重視します。
(5)Time-oriented(期限が明確であること)
前述しましたが、達成すべき期限やスケジュールが明確でなければなりません。最終期限だけでなく、ゴールから逆算して進捗をチェックするタイミング、中間評価の期限、着手の時期、計画策定の時期などプロセスのスケジュールを明確にすると推進、進捗管理を行いやすくなります。
■実践!習得するためのトレーニング
SMARTの視点での目標設定を習得するためにトレーニングをしてみませんか? きっと、目標達成の確度とスピードが高まるはずです。いくつか例題を出しておきますので、ぜひチャレンジしてみてください。もちろん、ご自分の業務目標を使ってトレーニングするのが一番実践的です。
【例題】以下の業務について、SMARTの五つの視点で目標を設定してみてください。
(あえて、あいまいな表現にしています)
・人事評価制度の見直し
・社員満足度(ES)の向上
・人事部門の業務カイゼン、残業時間削減 など
◆関連リンク
太期健三郎(だいごけんざぶろう)profile
1969生まれ。神奈川県横浜市出身。人事コンサルタント/ビジネス書作家。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)、株式会社ミスミ、株式会社グロービスを経て、ワークデザイン研究所代表に就任。コンサルタントおよび現場実務の両者の立場で一貫して人材マネジメントとキャリアデザインに取り組む。主著『ビジネス思考が身につく本』(明日香出版社)。
ワークデザイン研究所のホームページ http://work-d.org/
ワークデザイン研究所代表のブログ http://blog.livedoor.jp/worklabo/