吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■名前で呼んでくれよ!
高校時代、クラスに「鈴木」という男子生徒が3人いました。どの先生も、3人の鈴木君を名前で呼んでいましたが、数学の先生だけは違いました。「おい、鈴木A、この問題解いてみろ!」「鈴木B、今回のテストの点数はなんだ」とアルファベットで区別して呼ぶのです。あるとき、鈴木C君が先生にこう訴えました。「先生! ちゃんと、名前で呼んでくれよ」と。なるほど、もっともな主張です。
さて、振り返ってみれば、私たちも「条文のパーツをちゃんと呼んでいるか」怪しいところがあるかもしれません。第○条の「よこ一」とか「数字の2」とか呼んでいると、条文に失礼です。基本中の基本ですが、今回はこの条文の基本パーツの名称を確認してみましょう。
■「条建て」と「項建て」
上の省令を見てください。まず、箇条書きにした条文のひと固まりを「条」といいます。法令の本則は、普通、条によって構成されています。これを「条建ての法令」と呼びます。ただ、規定事項が極めて少ないような場合には、「項」によってのみ構成される場合もあります。次の元号法がその例です。
このような本則の「項建て」は珍しいですが、附則となると「項建て」の法令がたくさん見られます。附則を「条建て」にするか「項建て」にするかは、やはり、規定事項の多さで決まります。
■「エダバン」のこと
引用した「労働安全衛生法及びこれに基づく命令に係る登録及び指定に関する省令」(以下、「省令」といいます)は「第25条の6」とありますが、こうした条名を「枝番号」(通称、エダバン)と呼びます。制定時よりエダバンの条名が存在することは普通ありません。ですから、エダバンの条があるということは、その法令に改正があり、エダバンの条が後から追加された部分ということがいえます。とはいっても、後から条文を追加する場合には必ずエダバンにするかといえば、そうでもありません。むしろ、新しい条を追加するときには、後ろの条をずらしてエダバンにしないで追加する方法が普通です。しかし、追加する条文が非常に多い場合や、動かさなければならない条文が他の法令でたくさん引用されている“人気条文”である場合には、やむなくエダバンとして追加します。
ちなみに、引用した省令には「第19条の24の46」という枝番号まであります。こうしたエダバンを「エダバンのエダバン」と呼びます。やむを得ない事情があったに違いありませんが、あまり、見栄えのいいものではありません。
■項と号
条の内容をいくつかの段落に分けたものが「項」です。条建ての場合には、第1項の項番号は付けないのがルールですから、第2項以下に項番号が付けられることになります。また、条や項の中で、いくつかの事項を列記する必要があるときに使うのが「号」です。号は「一」、「二」と、漢数字で表現します(*)。
※自治体ではローカルルールとして号を(1)と表現している場合もあります。
では、号の列記事項をさらに細かく区分したい場合にはどうするでしょか?
その答えは引用した省令の中にあります。(1)、(2)‥と、( )つきの算用数字を使うのです。(1)、(2)‥に挙げた列記事項をさらに細かく区分したいときにはどうでしょうか?
その場合には、イ、ロ、ハとカタカナを使って示すのが一般的です。では、この(1)、(2)‥やイ、ロ、ハ‥をどう呼ぶのかということですが‥、残念ながら名前がありません。あまり使われることがないので、名前を付けるほどの必要性を感じなかったのでしょう。
条、項、号の表記順序
それにしても、高校時代の鈴木君たちです。どうも、数学の成績順にA、B、Cと付けているというのがもっぱらの噂でした。鈴木C君が「ちゃんと、名前で呼んでくれよ」と訴える訳がよく分かります。
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2011年12月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。