使える!統計講座(44)
深瀬勝範 ふかせかつのり
Fフロンティア代表取締役・社会保険労務士
鉱工業の生産状況は、それが関わる業界のみならず、経済全体に大きな影響を与えています。生産状況の動きを指数化した統計データが経済産業省の「鉱工業指数」です。これを的確に読み取ることができれば、経済の動きをいち早くつかむことができます。
1.「鉱工業指数」とは
「鉱工業指数(Indices of Industrial Production、IIP)」とは、鉱工業製品を生産する国内の事業所における生産、出荷、在庫に係る諸活動、製造工業の設備の稼働状況、各種設備の生産能力の動向、生産の先行き2カ月の予測などを示す統計データで、経済産業省が毎月公表しています。[図表1]に示すとおり、8種類の指数があり、各指数とも業種別、品目別のデータも公表されています。
[図表1]鉱工業指数の種類
当月分の結果(速報)は、翌月末にインターネットからデータを入手できます。生産活動の動きを簡単に捉えることができるデータですから、これを見て、生産状況の動きを常にチェックするとよいでしょう。
2.生産、出荷、在庫の動きを見る
2003年以降の鉱工業指数の推移は[図表2]のとおりです(ここでは、鉱工業指数として、生産指数、出荷指数、在庫指数の三つのデータを表示しました)。
[図表2]鉱工業指数(生産、出荷、在庫指数)の推移
2003年1月から2008年10月頃まで、生産指数、出荷指数ともに上昇傾向にありましたが、一方で、在庫指数も上昇しており、生産者が抱える在庫が増えていった状況を読み取ることができます。
このような状況下でリーマン・ショックが発生し、先行き不透明感を強めた会社は、一気に生産調整に入りました。このため、2008年10月には、生産指数、出荷指数ともに急激な落ち込みを見せました。しかし、在庫は、生産・出荷を絞り込んでも増え続け、2008年12月になって、ようやく減少し始めました。
2009年2月頃から生産指数、出荷指数ともに上昇傾向に転じ、2010年には、一時期70台に落ち込んだ両指数は92~97にまで回復しました。ところが、2011年3月に東日本大震災が発生し、生産・出荷指数は、再び大きく落ち込みました。
震災による生産、出荷の落ち込みは3カ月間ほどで回復し、2011年6月以降、各指数は90以上の指数で安定的に推移しています。
このように生産、出荷は、震災の影響から立ち直ってきているようですが、ここで気になるのは、在庫の動きです。在庫指数は、震災直後から上昇傾向を見せており、2012年3月以降は、リーマン・ショック発生直後と同じくらいの水準にまで高まっています。今後、鉱工業においては増え過ぎた在庫を減らすための生産調整が行われる可能性があります。
なお、[図表2]に、内閣府が発表する景気動向指数(一致指数、CI指数)の推移を重ねて表示しました。鉱工業指数の一部が景気動向指数の算出に用いられていることを考えれば当然のことですが、景気の動きと生産指数、出荷指数の動きは、ほぼ一致していることが分かります。
3.生産能力、稼働率と新規求人数の関係を捉える
会社は、生産が好調であれば新規求人を活発化させ、逆に低調であれば新規求人を抑制するものと考えられます。このことを検証するために、鉱工業指数と新規求人数との関連性を見てみましょう[図表3]。
[図表3]生産能力指数、稼働率指数と新規求人数の推移
2003年から2004年にかけて、生産能力指数は「100」付近で横ばいになっており、一方、稼働率指数は「92」から少しずつ上昇しています。この時期、会社は、新規求人数も増やしています(厚生労働省「一般職業紹介状況〔職業安定業務統計〕」)。
ところが2005年になると、生産能力、稼働率ともに上昇を続けているのに、新規求人数は横ばいになりました。さらに2007年になると、生産能力と稼働率が上昇傾向を続けている中で、新規求人数は減少傾向に転じました。これは、生産活動は好調を持続させているものの、必要な労働力確保を完了させた会社が、新規求人数の絞り込みを始めたことを示しています。
その後、2008年10月にリーマン・ショックが発生すると、稼働率と新規求人数は一気に落ち込みました。この落ち込みは2009年2月頃まで続き、そこから、稼働率と新規求人数は少しずつ回復し始めて、現在に至っています。
2011年3月に東日本大震災が発生したときにも、稼働率は大幅に落ち込みましたが、これに伴う新規求人数の減少は見られませんでした。リーマン・ショックのときとは異なり、震災の発生前から稼働率は回復傾向にあったため、会社は、震災による生産調整を一時的なものと捉えて、新規求人数を減らすまでには至らなかったものと考えられます。
このように、生産能力、稼働率と新規求人数とは、密接な関連を持っています。今後の雇用情勢の動きを予測するときには、鉱工業指数の動きも参考にするとよいでしょう。
さて、前回と今回は、鉱工業に関する統計データを取り上げましたので、次回以降は、商業に関する統計データ(「商業統計」など)を紹介したいと思います。
《関連リンク》
・経済産業省「鉱工業指数」
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/iip/index.html
・内閣府「景気動向指数」
https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/menu_di.html
・厚生労働省「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/114-1.html
Profile
深瀬勝範(ふかせ・かつのり)
社会保険労務士
1962年神奈川県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大手電機メーカー、金融機関系コンサルティング会社、大手情報サービス会社を経て、2001年より現職。営利企業、社会福祉法人、学校法人等を対象に人事制度の設計、事業計画の策定等のコンサルティングを実施中。