新連載 名言、故事成語に学ぶ人材マネジメントの本質(1)
太期健三郎 だいご けんざぶろう
(ワークデザイン研究所 代表)
名言、故事成語は複雑な内容の本質を簡明に表現してくれます。本連載では、時を経て現在に残る名言、故事成語を元に人材マネジメントの本質を、気軽な読み物として分かりやすく、楽しく説明したいと思います。
第1回は武田信玄の言葉「人は石垣、人は城、人は堀」です。この言葉には人材マネジメントの要諦が凝縮されています。
■名言、故事成語、ことわざで学ぶことのメリット
連載を始めるに当たって、名言、故事成語、ことわざで人材マネジメントを考える利点、面白さを簡単に説明しましょう。
名言、故事成語などは次のような特徴を持っています。
1.簡明に、2.歯切れよく、3.リズミカルな語調で、4.ときにはユーモラスに、5.ものごとの本質を語ってくれます。
人材マネジメントを経営学の教科書的に説明すると、小難しい多くの言葉が必要になることがあります。読者の皆さんがそれを読むには時間や労力の負担がかかってしまいますし、気軽に面白く読むことができません。
しかし、名言、故事成語、ことわざならば簡単に本質を理解することができます。それは「説明する」というよりも、「広く知られている言葉」と「人材マネジメントの要諦」とを結び付けて理解してもらう、というイメージです。
分かりやすく、面白く学べるコラムとなるように執筆しますので、続けてご愛読いただければ幸いです。
■「人は石垣、人は城、人は堀」
第1回目の今回は、「人は石垣、人は城、人は堀」という言葉から、人材マネジメントの基本的なあり方を考えてみましょう。これは、「風林火山」の軍旗で有名な戦国時代きっての名武将、武田信玄(1521~1573年)の言葉です。
この言葉にはいくつかの解釈がありますが「人は、石垣や城と同じくらい、戦(いくさ)の勝敗を決するのに大切だ」という意味です。企業経営でしばしば言われる「企業は人なり」という言葉に通じるものがあります。
[注]企業は人なり:松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏が好んで使った、「事業は人なり」という表現に基づくとされる。
ここで、この言葉の背景をより深く知るために、武田信玄と「城」について少し深掘りをしてみたいと思います。
戦国の世、他の武将が堅牢(けんろう)な城を築いている中、武田信玄は本拠地に大きな城を持ちませんでした。一重の堀だけを巡らせた、城と呼ぶには小さい「館(やかた)」に居を構えていました。
立派な城を築くよりも、強い武士を育て、戦う集団を作ることの方が大切だと考えたからでしょう。
企業も同じです。大きな社屋を構え、立派なビジネスモデルや制度があっても、社員が十分に能力を発揮しなければ経営は成り立ちません。
人材マネジメントを考える上で、「人は石垣」という部分にも注目してください。
石垣は大きな石だけで造ることはできません。さまざまな大きさ、形の石をうまく組み合わせる必要があります。
企業の人材も同じでしょう。大きな戦略を描く「頭脳集団」だけでは成り立ちません。戦略を実行するためにフットワーク軽く行動する社員、日々の仕事を愚直に行う社員、企業を支える「縁の下の力持ち」のような社員など多様な人材が必要です。そのような人材を採用、育成し、適材適所に配置してはじめて強い企業となるのです。
■「情けは味方、仇は敵なり」
実は、「人は石垣、人は城、人は堀」の後には続く言葉があります。それは「情けは味方、仇(あだ)は敵なり」というものです。
人は、情けをかければ味方になりますが、恨みを持たれれば敵になります。権力で抑えつければ家臣は離れていき、敵になることもあるでしょう。
また、信玄は「信頼してこそ人は尽くしてくれるもの」とも言い、家臣に積極的に話しかけていたそうです。
家臣を信頼し、情けをかけ、大切に活用すれば、彼らの士気(モチベーション)、忠誠心(ロイヤリティー)が高まらないわけがありません。
「情け」は「甘やかす」ことではありません。武田信玄は実力主義を徹底していたと言われています。家臣と積極的に対話し、働きぶりをよく観察し、正しく評価をしていたのでしょう。
信玄がこのような行動をしていたからこそ、大勢の猛者(もさ)が彼を慕い、最強の戦闘集団となったのだと思います。
彼の言動に思いをはせると「勇将の下に弱卒なし」という戦を語る言葉も思い出します。優れた管理者、リーダーの下には強い部下が集まり、育つのでしょう。
現在、経営環境は厳しさを増しています。人件費を抑制しつつ、社員には今以上に働いてほしいと考える企業も少なくありません。しかし、過剰な目標を与え、上から一方的に指示命令をして、社員が疲弊するまで働かせれば、企業経営は立ち行かなくなるでしょう。モチベーションは下がり、会社から離れていく社員も増えていきます。
自社の社員が、企業を支える強固な「石垣、城」となるためには、「情け」(愛情、信頼など)をかけ、「仇」(不満、恨みなど)を感じさせないマネジメントが必要になるのです。
■まとめ
今回のコラムのポイントを整理してみましょう。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
1.企業は人なり。適切な人を採用し、育て、適材適所で活用することが大切である
2.社員を信頼し対話することで、彼らの仕事へのモチベーション、企業へのコミットメントは高まる
3.優れた管理者、リーダーの下に強い部下が集まり、育つ
過去に例を見ないほど厳しい経営環境の今だからこそ、人材マネジメントを進めていく上で、戦乱の世で生き抜いた武田信玄の言葉を肝に銘じるべきなのだと思います。
◆関連リンク
・人事パーソンのための実践!ビジネスフレームワーク(1~11)【バックナンバー一覧】
太期健三郎(だいごけんざぶろう)profile
1969生まれ。神奈川県横浜市出身。人事コンサルタント/ビジネス書作家。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)、株式会社ミスミ、株式会社グロービスを経て、ワークデザイン研究所代表に就任。コンサルタントおよび現場実務の両者の立場で一貫して人材マネジメントとキャリアデザインに取り組む。主著『ビジネス思考が身につく本』(明日香出版社)。
ワークデザイン研究所のホームページ http://work-d.org/
ワークデザイン研究所代表のブログ http://blog.livedoor.jp/worklabo/