2012年10月31日掲載

名言、故事成語に学ぶ人材マネジメントの本質 - 第2回「人はパンのみに生きるにあらず」~社員のやる気を高める報酬制度を考える


名言、故事成語に学ぶ人材マネジメントの本質(2)
太期健三郎 だいごけんざぶろう
(ワークデザイン研究所 代表)

 報酬というと、給与、賞与、退職金などの金銭的報酬をまず思い浮かべるのではないでしょうか? しかし、「やりがい」「成長」など非金銭的報酬も仕事のやる気に大きく影響します。
 「人はパンのみに生きるにあらず」という言葉から、金銭的報酬と非金銭的報酬を合わせた総合的報酬について考えてみましょう。

 「人はパンのみに生きるにあらず」。聖書(『新約聖書』マタイ伝・第四章)に出てくるイエス・キリストの言葉で「人間が生きていくためには、物質的満足だけでなく精神的満足・充実も大切である」という意味です。

■金銭的報酬と非金銭的報酬

 報酬は金銭的報酬と非金銭的報酬の二つに大別されます。それぞれの中身を整理したものが下図です。両者を併せて総合的報酬(トータル・リワード:Total Reward)といいます。
 金銭的報酬と非金銭的報酬は独立したものではなく、バランスをとりながら総合的に運用することで社員のやる気を高めることができるのです。

[図表1]報酬体系

 金銭的報酬と非金銭的報酬の特質を説明していきましょう。

■非金銭的報酬は“コストパフォーマンスが高い”

 最初に、非金銭的報酬について説明します。非金銭的報酬には、仕事そのもののやりがいや面白さ、上司や同僚、顧客からの称賛、職場環境・人間関係上の働きやすさなどさまざまなものがあります。
 これらの報酬は金銭的報酬に比べてコストはあまりかかりませんが、社員のやる気を高めることができます。つまり、企業側からするとコストパフォーマンス(費用対効果)の高い報酬なのです。
 仕事の与え方によっても仕事のやりがいや面白さは高まります。上司の思慮、工夫が必要ですがコストはほとんどかかりません。
 上司・同僚からの労い(ねぎらい)や称賛の言葉、顧客からの感謝の言葉も仕事へのやる気(モチベーション)を大きく高めます。
 例えば、社内表彰による報奨金として社員に1万円を支給するとします。この場合、給与口座に普段より1万円多く振り込まれているよりも、社長や上司から金一封として直接手渡されたほうが、社員としては嬉しく、やる気が高まることは想像がつくでしょう。
 また、非金銭的報酬は社員の定着にも大きな効果があります。非金銭的報酬制度をうまく運用し、従業員満足度(※ES:Employee Satisfaction)が高い企業は社員の定着率も高いという調査結果もあります。

「従業員満足(ES)なしに顧客満足(CS:Customer Satisfaction)なし」。社員が満足して働いていることが、顧客満足度を高める前提になると言われています。

■パンのみに生きるわけではないが、パン(金銭的報酬)も大切

 次に金銭的報酬について説明しましょう。非金銭的報酬の長所を述べてきましたが、金銭的報酬(給与等)も大切です。人が働く主要な目的の一つは、生きていくための糧を得ることですから当然のことです。
 しかし、給与、金銭的報酬の「量」「水準」だけが働く人のやる気を左右するわけではありません。
 金銭的報酬は、種類、タイミング、増え方(昇給)や、中長期的な安定性などさまざまな視点で捉え、渡す方が受け手の満足度は高まります。
 また、人は自分の報酬を他者と比較し、その結果はモチベーションに少なからず影響を与えます。例えば、同期入社の同僚、学生時代の友人、上司・部下などと比べるのが典型例でしょう。給与や賞与は水準だけでなく、正しい評価結果の反映、適切な格差も併せて考える必要があります。
 以前の「行き過ぎた成果主義報酬制度」の失敗の一因は、このような人の心の機微を軽視したり、評価制度の整備前に運用してしまったからだと思います。
 成果主義を誤った形で運用したことによりにより、社員は仕事を短期的視点で捉えて、いつも対価を求め、職場での協調性や組織貢献を阻害する――などの弊害が出ました。

 金銭的報酬にウェイトを置き過ぎると「金の切れ目が縁の切れ目」となり優秀な社員の流出にもつながってしまいます。

(参考)アンケート調査「仕事に対するモチベーション(やる気)に影響を与えるもの

 ここで、労務行政研究所が行った「仕事に対する意識調査」(2008年)から、どういった社内制度が社員の「やる気」に影響を与えるのかを見てみましょう。[図表2]は、処遇制度、人事評価制度、能力開発施策と「やる気」との相関関係を見たものです。
 この中で、「賃金・賞与の水準は、世間一般と比べて高い」という金銭的報酬に関する項目が62.5%と9位にありますが、高い相関関係を示す他の項目の多くが、キャリアの見通しの良さや「仕事そのもの」、あるいは納得性の高い評価基準など、非金銭的報酬に関わるものとなっています。

[図表2]

[資料出所]労務行政研究所「仕事に対する意識調査」(2008年)
20歳以上の会社員男女412人(有効回答411人)を対象にインターネットリサーチを実施。調査時期は2008年6月11~12日。

 一つの調査結果だけでは結論づけできませんが、「人はパンのみに生きるにあらず」の一端を垣間見ることができるのではないでしょうか。

■総合的報酬(トータル・リワード)という考え方

 仕事や生活に対する考え方は多様になってきています。働く目的、仕事への動機付けも十人十色、いえ百人百様です。
 先にも述べましたが金銭的報酬と非金銭的報酬は独立したものではありません。両者をバランスよく総合的に組み合わせた総合的報酬の運用が今後ますます重要になってくるでしょう。

 「人はパンのみに生きるにあらず」。人はお金のためだけに働いているのではないのです。仕事のやりがい、自己成長、上司、同僚からの称賛、顧客からの感謝など、お金には換算できない精神的充実は、金銭的報酬と同じかそれ以上に大切なのだと思います。報酬制度の設計・運用を行う際、給与、賞与だけでなく非金銭的報酬も併せて考えましょう。

■まとめ

 今回のコラムのポイントを整理してみましょう。

「人はパンのみに生きるにあらず」

1.報酬は金銭的報酬と非金銭的報酬の二つがあり、総合的に運用することが大切である

2.非金銭的報酬はコストパフォーマンスが高く、社員のやる気を高めることができる

3.金銭的報酬の運用を間違えれば社員のやる気を下げ、社員の流出にもつながる

太期健三郎(だいごけんざぶろう)profile
1969生まれ。神奈川県横浜市出身。人事コンサルタント/ビジネス書作家。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)、株式会社ミスミ、株式会社グロービスを経て、ワークデザイン研究所代表に就任。コンサルタントおよび現場実務の両者の立場で一貫して人材マネジメントとキャリアデザインに取り組む。主著『ビジネス思考が身につく本』(明日香出版社)。
ワークデザイン研究所のホームページ http://work-d.org/
ワークデザイン研究所代表のブログ http://blog.livedoor.jp/worklabo/