名言、故事成語に学ぶ人材マネジメントの本質(4)
太期健三郎 だいごけんざぶろう
(ワークデザイン研究所 代表)
今回は、「適材適所」という言葉から、社員の異動配置、ジョブ・ローテーションについて説明します。
人の異動・配置は「適材適所」の視点で、一人一人の能力、適性を見極めて行ってこそ、社員の力を最大限発揮させることができます。また、長期的な育成計画に基づき、複数の職務を計画的に経験させる「ジョブ・ローテーション」では、「適材“適時”適所」という考え方が必要です。
「適材適所」という四字熟語で、異動・配置、ジョブ・ローテーションを機能させる要諦を考えていきましょう。
■適材適所の語源は、日本建築での「木材」の使い分け
「適材適所」という四字熟語は、ご存じのとおり「その人の能力・性質に当てはまる役割や地位、任務を与えること」という意味です。その語源は、家屋や寺社など建築での木材の使い分けから来たそうです。つまり「適材適所」の「材」とは木材を意味するのです。
建築の世界では昔から、さまざまな木の性質を考えて、実に合理的に木材を使い分けてきました。例えば、土台には腐りにくく耐久性の高い檜(ヒノキ)や栗(クリ)を、柱には木目が美しい杉を、また屋根や2階部分などの重さを支える梁(はり)には強靭(きょうじん)な松(マツ)を――というように、使い分けていたのです。
ちなみに、適材適所は英語では「the right man in the right place」(ふさわしい人をふさわしい場所に)となり、よりストレートで分かりやすい表現となります。
■適材適所の異動配置と言うけれど、「言うは易し、行うは難し」
人の異動配置は「適材適所」で行うと言われますが、「言うは易し、行うは難し」で人材を適切な担当、部門、ポジションに配置することは簡単なことではありません。木材と違って、人の能力は一律ではなくバラつきがあり、外から把握するのは難しいということが大きな理由の一つでしょう。
では、適材適所の異動配置を行うには何が必要でしょうか? 働き方、仕事の成果などから各人の能力、適性、志向などを見極めることです。それらを見極めることなしには、適切な部署、役割、ポジション(適所)に当てはめることはできません。そして、そのためには、人事評価を正しく行うことが必要になるのです。
上司は、部下に対して「彼は能力が低い」「成果を出せていない」と嘆いたり、不満を持ったりすることがあるでしょう。しかし、そのようなときには、上司や会社は、部下の能力や適性を見極めて、適切な役割を与えることができたか? ――と考えることも必要かもしれません。
また、ある部門で成果を出せなかった社員が、異動して部門や担当が変わった途端、水を得た魚のように、力を発揮して成果を出す、ということもしばしば目にすることです。
■「適材適所」に加えて「適時」の視点が必要なジョブ・ローテーション
次にジョブ・ローテーション(長期的な育成計画に基づき、複数の職務を計画的に経験させること)について考えてみましょう。ジョブ・ローテーションには「適材適所」に加えて「適時」(適切なタイミング)という視点が必要になります。
将来、会社を背負ってくれるような経営視点を持った人材を育てるためには、生産の現場、営業、管理部門など様々な経験を積ませる必要があるでしょう。ただし、それには、適切な順序、タイミングというものがあるはずです。どの順番でもいいから生産、営業、管理をすべて経験させれば良い――という「スタンプラリー」のような方式でローテーションするわけにはいきません。
また、“育てた結果、最終的にどのような人材にしたいか“というゴールのイメージを明確に持つことが重要です。例えば「グローバル人材」を育てるとしたら、海外勤務を経験させるタイミングも大切になってくるでしょう。
このコラムの読者には人事業務に携わっている方が多いことでしょう。リアリティのある例題を提示します。
◆例題:「あなたの会社で将来の人事マネージャー候補を育成するには、どんな部門、職務を、どのような順番、タイミングで経験すれば良いでしょう?」
ぜひ、具体的に考えてみてください。
参考までに、原則として課長クラス以上の人事担当者198人に聞いた、「人事担当者の育成という観点から、部下や後輩に経験させたい人事以外の業務」を示しました。あなたの会社では、このアンケート結果と比べてどのような育成プロセスとなっているでしょうか?
[資料出所]労務行政研究所「人事担当者の育成と『学び』に関するアンケート」(2011年)
■異動配置、ジョブ・ローテーションを正しく実行できる人事部門になるためには
適材適所の視点で、「異動配置」「ジョブ・ローテーション」について説明しました。では、それらを機能させるために、人事部はどうすれば良いでしょう?
一つ目は、「適材適所」における、それぞれの「所」(部署、役割、ポジション)に必要なスキル、知識、経験などを明確にすることです。
二つ目は、「材」(人材)を見極めるための人事評価制度を整備し、正しく運用させることです。
三つ目は、「部分最適」ではなく「全体最適」の異動、ジョブ・ローテーションを行えるような「強い人事部門」である必要があります。「部分最適」とはある事業や部門に限定した適切さであり、「全体最適」とは全社視点での適切さです。
優秀な人材、成果を出している人材は各部門では手放したくないので抱え込もうとすることが少なくありません。それでは全社最適の異動配置、長期育成計画に基づくジョブ・ローテーションを行うことはできません。
ですから、全社視点で大局観を持って配置異動、ジョブ・ローテーションを断行できる「強い人事部門」であることが求められます。
■まとめ
人の異動配置やジョブ・ローテーションを行う際、「適材適所」の視点がいかに大切かをご理解いただけたと思います。
今回のコラムのポイントを整理してみましょう。
「適材適所」~the right man in the right place~
1.適材適所の異動配置には、人事評価が正しく行われることが前提となる
2.ジョブ・ローテーションには適材適所に加え「適時」(タイミング)という視点が必要になる
3.異動配置、ジョブ・ローテーションを行うには、全社視点、大局観を持った「強い人事」であることが求められる
太期健三郎(だいごけんざぶろう)profile
1969生まれ。神奈川県横浜市出身。人事コンサルタント/ビジネス書作家。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)、株式会社ミスミ、株式会社グロービスを経て、ワークデザイン研究所代表に就任。コンサルタントおよび現場実務の両者の立場で一貫して人材マネジメントとキャリアデザインに取り組む。主著『ビジネス思考が身につく本』(明日香出版社)。
ワークデザイン研究所のホームページ http://work-d.org/
ワークデザイン研究所代表のブログ http://blog.livedoor.jp/worklabo/