使える!統計講座(51)
深瀬勝範 ふかせかつのり
Fフロンティア代表取締役・社会保険労務士
2月に入ると、多くの会社で、来年度の賃金改定に向けた動きが本格化します。賃金改定は、さまざまなデータに基づいて合理的に行っていかなければなりません。ここでは、賃金改定においてチェックが必要な統計データの最新状況を見ていきます。
1.賃金改定前にチェックしておくべきデータ
賃金改定には、どのような要素が関係するでしょうか。
まず、「物価」が挙げられます。物価が上昇している状況において賃金が増えないと、労働者の生活レベルは低下してしまいます。したがって、一般的に、賃上げ率は、物価の対前年上昇率を上回るように設定されます。
「賃金の世間水準」も関係します。労働者側は、普通に働いているのであれば、世間水準並みの賃金をもらって当然と考えるでしょうし、一方、使用者側も、労働力確保に支障をきたすことがないように、世間水準を下回らない賃金にしたいと考えます。したがって、労使ともに、賃金改定において、まずは「世間水準並み」とすることを意識します。
当然のことながら、「会社の業績」も関係します。いくら労働者側が賃上げを要求しても、あるいは使用者側が心情的に労働者の賃金を増やしたいと思っても、会社の業績が厳しい状況にあれば、賃金を引き上げることはできません。
[参考]賃金改定に関係する要素
このように賃金改定は、さまざまな要素の現状を踏まえたうえで、合理的に行うことが必要です。それでは、これらの要素に関する統計データを、実際に見ていきましょう。
2.消費者物価指数の動きと賃金改定
物価の動きを捉えるときには、総務省統計局の「消費者物価指数」を見ます。本連載第18回「物価の動きを調べる~消費者物価指数~」でも取り上げたとおり、賃上げ率は、消費者物価指数と連動して動く傾向が見られます[図表1]。
[図表1]消費者物価指数上昇率と賃上げ率の推移(1980~2011年)
資料出所 : 厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」、総務省統計局「消費者物価指数」
[注]消費者物価指数上昇率=(当年の指数-前年の指数)/前年の指数 で算出。
2012年の全国消費者物価指数(年間平均、2010年=100)を見ると、「総合」は99.7で前年と同水準、また「生鮮食品を除く総合」は99.7と前年比で0.1%の下落となりました。この結果を見る限り、物価は前年とほぼ同じ水準となっているため、今春の賃金改定においては、物価上昇に伴う賃上げを行う必要性は小さいということになります。
ただし、2009年から続いていた消費者物価指数が前年よりも低下する傾向は、年を追うごとに低下幅が小さくなっており、さらに、2013年に入ってから、政府と日銀が「インフレ目標」を共同発表したことにより、これから物価が上昇傾向に転じることも十分に考えられます。今後は、消費者物価指数の動きを注視しておくことが必要です。
3.賃金の世間水準と賃金改定
賃金の世間水準を捉えるときには、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を見ます。この統計では、毎年6月に支給された賃金の支給額(ただし、「年間賞与その他特別給与額」は、その前年の支給額)が、産業別、年齢階級別等に細かく区分けされて表示されています。調査結果は、調査が行われた年の翌年2月下旬にインターネット上に公表されますから、公表時期が近づいたら、厚生労働省のホームページを適宜チェックするようにしましょう。
「2011年 賃金構造基本統計調査」における、年齢階級別の所定内給与額(月々支払われる現金給与額から超過労働給与額を差し引いた額)は、[図表2]のとおりです。世間と比べて、自社の賃金水準が乖離していないか(低くすぎないか・高すぎないか)を分析してみてください。自社の賃金が世間水準に見劣りし、そのことで人材の採用に支障をきたしている、中途退職者が増加している等の問題が発生しているならば、賃金水準の引き上げを検討することも必要です。一方、世間を上回る水準を払っていて人件費負担が重くなっている場合は、今春の賃金改定では当然、賃上げ率を抑えることを考えるべきでしょう。
[図表2]所定内給与額の世間水準(2011年)
資料出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2011年)
[注]産業計、企業規模計、学歴計の「所定内給与額」のデータを使用した。
4.会社の業績と賃金改定
賃金改定においては、自社の「稼ぎ(付加価値)」に占める「人件費」の割合(これを「労働分配率」と言います)を算出して、これを同業他社と比べてみることも必要です。労働分配率が同業他社より高い場合も低い場合も、それが即座に問題とは言い切れません。ただし、他社よりも労働分配率が高く、自社の業績からみて人件費負担が重荷となっている場合は、やはり賃上げ率を抑える検討が必要といえます。また、他社と業績(付加価値)では大きな差はなく、自社の労働分配率が低い場合は、賃金水準を併せて比較し、他社から見劣りするレベルになっていないかを分析してみるべきでしょう。
経済産業省「企業活動基本統計調査」には、産業別の労働分配率が掲載されています。[図表3]を見れば分かるとおり、労働分配率は、産業によって大きく異なります。比較分析に使うときには、自社と同じ(または近い)産業のデータを使うようにしてください。
財務省「法人企業統計」にも、付加価値や人件費に関するデータが掲載されていますので、これを使って、産業別の労働分配率を算出することもできます。なお、付加価値や人件費の定義や算出方法は、統計調査によって異なっていますから、それぞれの調査の「概要」や「用語の定義」を見て、それらを確認したうえで使うようにしてください。
[図表3]産業別 1企業当たり労働分配率(抜粋)
資料出所:経済産業省「企業活動基本調査」(2011年度実績)
[注]労働分配率=給与総額÷付加価値額×100(%)で算出。
ここで紹介した統計調査以外にも、賃金改定に向けた労使交渉を行っている会社では、世間の要求・妥結状況が気になるところです。これについては、経団連や連合などがインターネット上で情報を提供していますので、それをチェックするようにしてください(本連載第12回「賃上げや賞与を調べる~妥結状況と過去の実績をみる~」参照)。
《ここで使った統計調査》
・総務省「消費者物価指数」
https://www.stat.go.jp/data/cpi/
・厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450091&tstat=000001011429
・経済産業省「企業活動基本調査」
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kikatu/index.html
・財務省「法人企業統計」
https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/index.htm
Profile
深瀬勝範(ふかせ・かつのり)
社会保険労務士
1962年神奈川県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大手電機メーカー、金融機関系コンサルティング会社、大手情報サービス会社を経て、2001年より現職。営利企業、社会福祉法人、学校法人等を対象に人事制度の設計、事業計画の策定等のコンサルティングを実施中。