2013年10月25日掲載

Point of view - 第6回 北神英典 ―転籍先解散、親会社に法的責任はないのか?

転籍先解散、親会社に法的責任はないのか?

北神英典 きたかみ ひでのり
弁護士 横浜合同法律事務所
1985年3月一橋大学を卒業し、同年4月、社団法人共同通信社に入社。盛岡支局、名古屋支社を経て、93年4月から本社社会部で取材記者として東京地検特捜部、東京地裁、東京高裁、最高裁、国税庁、宮内庁を担当。在職中の2006年、旧司法試験に合格し、司法修習(旧61期)を経て2008年9月、出身地の横浜で弁護士登録。主に労働者側の立場で、多数の労働事件を手掛けている。

 

 人員削減策の一環として、企業が従業員に子会社への転籍を求めるというケースが増えています。退職勧奨とセットで提示してくる場合もあります。
 もし、あなたが、突然、上司から、片道切符となる子会社への転籍の打診を受けたら、どう対応しますか。即座に了解することができますか?それとも「仕方がない」とあきらめて受け入れることになるのでしょうか?どうしても嫌だという場合、拒否を貫くことができますか?

転籍のリスク、不利益

 転籍は、会社との雇用契約を合意解除して新規に別会社と雇用契約を締結すること、あるいは、転籍元が雇用契約上の地位を転籍先に移転させることと法律的には整理されます。いずれにしても、従業員にとっては使用者が変わり、労働条件、労働環境が劇的に変化します。
 従業員にしてみれば、転籍に同意してしまったら、後日、大きな後悔を生む結果になるかもしれません。
 親会社に残っていれば定年まで働くことができたのに、経営基盤の不安定な子会社に転籍したことによって、大幅な賃金カットにあったり途中で整理解雇されたりするかもしれないからです。転籍先で理不尽な扱いを受けても、親会社と雇用契約を合意解除した時点で、原則として親会社に対し法律上の権利が主張できなくなってしまうのです。

転籍には従業員の個別同意が必要

 転籍は、就業規則や労働協約に明示の規定があっても、企業が自由に従業員に指示できるものではありません。この点で、企業に広い裁量が認められている配転命令や出向命令とは異なります。転籍の場合、使用者の変更、労働条件の変化によるリスク、デメリットがあまりに大きすぎることから、転籍する時点で、従業員の個別的な同意が必要と解されています。
 「どうしても嫌だ」という従業員が転籍に拒否を貫くというのは、会社にとって不都合であったとしても、当該従業員にとっては正しい選択なのです。

会社に背信性ある転籍の場合は?

 このように従業員の権利・義務に重大な影響を与える転籍ですが、特別に規律した法律はありません。
 転籍に同意してしまった以上、原則として、転籍元に権利を主張することができないとしても、社会通念上、転籍先に背信性が強く、従業員に過酷なケースでは、転籍を無効とし転籍元との雇用契約が復活することが認められるべきだと考えています。
 今、当職は、従業員が転籍したわずか2年後、転籍先の子会社が解散し整理解雇されたというケースで、親会社との間で雇用契約上の地位確認を求める裁判を手掛けています。

親会社に転籍無効主張の裁判

 原告になっている従業員をAさんとします。
 50歳だったAさんは、親会社が大々的な希望退職を募集した際、所属長から繰り返し応募を促されました。Aさんは一貫して応募を拒否していましたが、希望退職制度の締切前日、所属長から子会社への転籍を提案されました。Aさんは、所属長から、転籍を拒否して居残った場合は、転籍した場合よりも賃金が減少すると説かれ、さらには子会社でも「60歳までの雇用が保証される」という説明を受けました。
 気持ちが揺らいだAさんは、所属長の説明にウソや間違いはないか、本社の人事担当者にメールで問い合わせました。人事担当者からも雇用保証を肯定するかのような返信が戻ってきたので、Aさんは、それを信じることとして転籍に応じました。

転籍時には決まっていた会社解散

 しかし、転籍からわずか2年後、転籍先の子会社は経営不振を理由に会社解散することが決まり、Aさんは転籍先を整理解雇されました。経営不振の原因は、その子会社が親会社から受注していた業務の発注がすべて打ち切られ、Aさんが子会社でやる仕事がなくなったためと、親会社からの転籍者の給与負担が重く、近い将来、内部留保金を食いつぶす見通しが強まったためでした。
 ここで、Aさんは転籍先の子会社の社長から衝撃的な発言を聞きました。転籍先の社長は「あなたが転籍した時には、既に会社が解散する方向が決まっていた」「転籍前に言ってくれていれば、解散の方向にあることを教えてあげられたのに、惜しかった」と述べたのです。
 裁判では、親会社を退職した際のAさんの合意退職の意思表示について、民法の錯誤無効や詐欺取り消し、さらには信義則違反なども主張して、親会社に対する雇用契約が復活していることの確認を求めています。
 転籍の有効・無効について直接規律した法律はありません。
 しかし転籍させた親会社が、どのような場合であっても転籍した従業員についての雇用責任を果たさなくていい、というのは社会通念に合致しないものと言わざるを得ません。

労使の信義に基づく転籍ルールを

 会社実務研究会という経営側の弁護士グループが編集した「事例解説出向・転籍・退職・解雇」には、グループ企業内の転籍についてモデル規程が記載されています。そこには、転籍者の責任に帰すことができない事情や、転籍時に予測できなかった事情によって転籍先を退職しなければならなくなった場合には、転籍者が希望すれば、親会社の定年年齢までの雇用について、親会社が誠意をもって対応するよう定めた条文があるくらいです。
 “従業員を泥船に誘導し、泥船ごと沈める”という背信的な転籍劇に対しては、それを企図した親会社に法的な責任を取らせ、転籍の場面において求められる労使の信義を、法的なルールに高めていかなければならないと考えています。