制度疲労で「ひずみ」を生む労働法 〜日本の労働法制はどうあるべきか〜
倉重公太朗 くらしげ こうたろう 弁護士 安西法律事務所 慶應義塾大学経済学部卒業、安西法律事務所所属弁護士第一東京弁護士会所属、第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、経営法曹会議会員。 経営者側労働法専門弁護士。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催。 |
進まない労働法改革
昨年末、「岩盤規制崩せず」との報道があったとおり、現時点で安倍政権は労働法(※)改革の道筋を付けられていない。
いわゆる、アベノミクス第三の矢に対する市場の評価は第一の矢、第二の矢に比べて低く、高度経済成長期から続く我が国の労働法規制は、いまだ改革できていないのが現状である。
※「労働法」とは労働基準法をはじめとして、労働契約法その他労働問題に関連する法律一切の総称の意である。
労働法改革と真剣に向き合う時期に来ている
しかし、我が国の労働法はもはや制度疲労を起こし、労働法の「ひずみ」がさまざまな形で現れており、労働法改革を真剣に考えなければならない時期に来ているといえよう。
具体的に「ひずみ」の影響を最も受けているのは、非正規雇用の割合が高い若年層である。
バブル期の若者と現在の若者を比べた場合、質的に差異があるだろうか。現在、非正規労働者として働く若者を「努力が足りない」と一蹴することはできない。若者が非正規労働者に甘んじているからこそ、上の世代は解雇権濫用法理の庇護を受けて安定した雇用というメリットを享受しているのであるから。
筆者が考える労働法を改革すべきテーマは、以下の3点である。
①真の意味での非正規労働者対策
若年層の非正規割合上昇は社会問題化しており、厚生労働省はさまざまな対策を講じている。近年の例でいえば、偽装請負・日雇い派遣への対策、派遣法改正、労働契約法改正による無期労働契約転換権などである。
しかし、残念ながらこれらの対策が功を奏しているとはいえない状況である。なぜなら、これらはいずれも場当たり的対策であって、根本的な対策ではないからである。
そもそも企業が景気変動に応じて、人件費を調整すること自体は世界共通の要請であり、それ自体を「悪」とはいえない。
問題は、その人件費調整の「バッファー」的要素を誰が引き受けるのかということである。現状は、正社員に対する解雇権濫用法理の保護が強すぎるため、非正規労働者がこれを一手に引き受けているといういびつな構造である。
そこで、解雇規制の緩和により、正社員の解雇ハードルを非正規労働者に近づけることが重要だろう。正規・非正規を区別することが無意味になるので、正規・非正規という雇用形態での区別ではなく、スキル・経験・技能により公平に選別することになり、真の意味での非正規雇用対策になると筆者は考えている。
解雇権濫用法理の緩和は労働者の権利の侵害だという向きもあるが、これらの立場の方は非正規雇用対策をどのように考えているのかぜひ聞いてみたい。
②労働法の「ひずみ」を解消する解雇権濫用法理の見直し
戦後から高度経済成長期に確立された労働法体系の根幹をなす解雇権濫用法理は、当時の有用性は否定できないが、終身雇用制が事実上崩壊している今、むしろ雇用が硬直化するという負の側面が現れることが多い。
最大の問題点は、雇用が流動化せず、「嫌なら辞める」ことができないことである。「仕事が嫌でも辞められない」(転職できない)からこそ、過重労働によるメンタルヘルス障害・健康被害などの根底要因となっており、また、ブラック企業(厚生労働省的に言えば、若者の使い捨てが疑われる企業)の温床となっている。雇用が流動化し、「嫌なら辞める」ことが当たり前の世の中になれば、ブラック企業など存続し得ないであろう。
また、高年齢層の雇用が硬直化しているからこそ、若年層は非正規の割合が増えるし、硬直化した高年齢層の「実務対応」として行き過ぎた例は、いわゆる「追い出し部屋」問題を生んでいる。これらも、解雇権濫用法理の弊害であろう。
③雇用流動化により成長産業への人的移動をスムーズに
この点は、よく勘違いされているため強調しておきたいのだが、「雇用流動化=解雇規制緩和」ではない。解雇規制緩和はあくまで手段であって、雇用流動化が目的である。
雇用流動化を達成するための「出口」戦略が解雇規制緩和であり、これと併せて採用に対するインセンティブを与えるなど、「入口」活性化の対策を併せて講ずることが極めて重要であると筆者は考えている。
また、雇用流動化の阻害要因である退職金の税制優遇、扶養控除、待機児童問題、年金問題など流動化阻害要因の対策を併行して実施することも必要であろう。
現在の硬直化した労働市場において、中途採用市場はとりわけ不活性であり、特に40代を過ぎると転職率は極端に低くなる。
苛烈な国際競争にさらされる中、スペシャリストを育成し、成長産業へ人材のスムーズに流入させることは国家戦略として極めて重要であろう。
あるべき労働法制とは
今後の労働法改革として真剣に検討すべきは、解雇の金銭解決、労働時間に縛られない働き方(健康確保措置は休息時間などにより担保する)、企業内労働組合の活性化であろう。
その際の重要な視点は、「解雇規制緩和だめ、絶対」などといった感情的かつ抽象的な議論ではなく、いかにして非正規労働者の保護、世代間の公平性の確保、雇用の流動化と生活の安定を図るかといった各論を具体的に検証し、対案を示して議論することであろう。現状の労働法が100点満点のすばらしい制度ではないのだから。
文字数の都合上、すべてを書くことはできないため、本論点について詳しく知りたい方は、拙著『なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか』(労働調査会、平成25年)を参照されたい。
労働法改革は、今後10年、20年先の日本の未来像を描くに当たって避けては通れない重要な問題である。皆さんはどのような改革が必要とお考えだろうか。今年こそ、この問題と真摯に向き合ってほしいと新年の始まりに願いを込めて本稿の筆を執った次第である。
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