吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■「以上」と「超える」の違いなど
「あなたは友達。それ以上でもないし、それ以下でもない」。もし、異性にそう言われたら、諦めるしかありません。あなたは「まさしく友達」。そう言われたことを「よし」として、これからも付き合っていきましょう。
この「以上」「以下」の言葉、法令用語として使う場合にはルールがあります。法令では「以上」「以下」ともに、その基準点を含む表現として使われます。「60歳以上」も「60歳以下」も「60歳」を含む表現として使われるのです。基準点を含まない表現としては「超える」「未満」があります。「超える」は基準点を含まず、それより「上」を、「未満」は基準点を含まず、それより「下」の広がりを指します。「以」という字は「基準点を含む」という意味であると覚えておけばいいでしょう。
[図表]以上と超える、以下と未満の基準点の違い
■「以後」と「以降」
「以後」「以降」などという表現も法令では使われます。この場合にも「以」という文字が含まれていますから、「基準点を含めてそれより後」ということになります。次の労働基準法22条2項においても「解雇の予告がされた日」や「当該退職の日」を含んでそれより後ということになるでしょう。
○労働基準法
(退職時等の証明)
第22条 略
2 労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
3・4 略
また「以降」も「基準点を含めてそれより後」という意味では「以後」と同じです。ただ、こちらには「継続的にずっと」というニュアンスが漂います。
○船員職業安定法
(船員派遣の期間)
第75条 船員派遣元事業主は、派遣先が当該船員派遣元事業主から船員派遣の役務の提供を受けたならば第81条第1項の規定に抵触することとなる場合には、当該抵触することとなる最初の日以降継続して船員派遣を行つてはならない。
2 略
■「~から~まで」と「乃至」
一定の広がりを示す用語には別に「~から~まで」という表現もあります。この場合には、始点も終点も含むものと理解しなくてはなりません。ちょうど労働基準法22条2項には「解雇の予告がされた日から退職の日まで」という表現が見られますが、この場合には「解雇の予告がされた日」も「退職の日」も含むと理解できます。
また、「~から~まで」と同じ意味として古い法令には「乃至(ないし)」という表現が使われていることにも注意が必要です。まず、読めない人が多いですし、読めても意味の分からない人も多いかもしれませんが、「~から~まで」と読み替えて理解したいものです。労働基準法でもこの表現が使われているところがあります。次の12条8項も「第1項から第6項まで」という意味で使われています。
○労働基準法
第12条 1~7 略
8 第1項乃至第6項によつて算定し得ない場合の平均賃金は、厚生労働大臣の定めるところによる。
※本当は第12条には項番号がありません。著者が便宜的に付けたものです。
■野暮はよしましょう
冒頭に挙げた「あなたは友達。それ以上でもないし、それ以下でもない」です。法令用語的に読むと「友達未満であり、友達を超える存在でもある」ということになってしまいます。「まさしく友達」と表現したいのなら、「あなたは友達。それを超えないし、それ未満でもない」ということになるでしょうか。いや、いや、やめておきましょう。そんな野暮な手直しをすると「友達の座」さえ失うことになりかねませんから。
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年9月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。