吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■「締めの表現」を押さえる
「追って連絡がない場合にはご縁がなかったものとお察しください」。採用試験で言われるたびに「変な言葉だなぁ‥」と思ったものです。まるで「自然にそうなった」かの言い方ですが、紛れもなく、会社のほうがご縁の必要性を感じなかっただけなのです。日本語のあいまい表現は、こうしたビジネスシーンには使うべきではないのかもしれません。もちろん、究極のビジネス日本語ともいえる法律の条文ではこうしたあいまいさは許されません。そのため、主語の明示とともに、「締めの表現」にとても注意を払います。
「する」を例にとると、締めの表現の中で特に使われるのは次のようなものです。そのうち、今回は、「する」「しなければならない」「するものとする」を取り上げてみようと思います。
■「する」と「しなければならない」
「する」と文末に使うのは「そういうルールにする」と宣言する場合です。難しく言えば、法としての創設性を示したものといえるでしょう。ただ、誰かに新たな義務付けをする場合には、「しなければならない」というより強い表現を使うのが普通です。
○男女雇用機会均等法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)
(調停)
第19条 略
2 調停委員は、委員会の委員のうちから、会長があらかじめ指名する。
(性別を理由とする差別の禁止)
第5条 事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。
■「するものとする」その1
分かりにくいのが「するものとする」という表現です。なんだか「もってまわった感じ」がしますが、それこそがこの表現の命でもあります。まず、「するものとする」という表現の主語が、行政庁の場合には義務付けの意味で使われます。義務付けるなら「しなければならない」でもよさそうなものですが、相手方が行政庁ということもあり、少し遠慮がちに規定したというわけです。
しかし、行政庁に義務付ける場合でも、強く義務付けるときには「しなければならない」という表現を使います。次のじん肺法の規定では、どちらも主語は「厚生労働大臣」ですが、両者を書き分けています。「送付するものとする」とあるほうは、場合によっては厚生労働大臣が送付しないと判断することも認める余地があるようにも読めます。
○じん肺法
第19条 1~3 略
4 厚生労働大臣は、裁決をしたときは、前条第2項の規定又は前項において準用する第13条第3項若しくは第4項の規定により提出されたエックス線写真その他の物件をその提出者に返還しなければならない。
5 厚生労働大臣は、裁決をしたときは、行政不服審査法第42条第4項の規定によるほか、裁決書の謄本を厚生労働省令で定める利害関係者に送付するものとする。
■「するものとする」その2
「するものとする」には別な使い方もあります。まず、読換え規定で使う場合です。「第○条中『××』とあるのは『△△』と読み換えるものとする」というように使います。これは、読換え規定の「お約束」に属することです。さらに、もう一つは次のような使い方です。
○じん肺法
(療養)
第23条 じん肺管理区分が管理四と決定された者及び合併症にかかつていると認められる者は、療養を要するものとする。
「新しくそうすることにした」というより「念を押した」とか「確認した」という感じで「ものとする」という言葉が使われています。上の例でいえば、「じん肺管理区分が管理四」というのは、じん肺健康診断の結果、肺の著しい機能障害が生じているとされた場合などをいいます。こうした状況の者や合併症にかかっている者は「分かっていると思うけれど、療養が必要だからね」と念を押したというわけです。
「ご縁がなかった」という表現も表現ですが、「追って連絡がない場合には弊社の求める人材でないものとする」。そう言われるのもつらいものがあります。「分かっていると思うけど、あなたはわが社に必要ない人だから」。そんな念押し、誰だって聞きたくはありませんから。
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年10月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。