スキルを育ててもリーダーはつくれない
――「留職」という志を軸にしたリーダー育成への挑戦
小沼大地 こぬま だいち 特定非営利活動法人クロスフィールズ 共同創業者・代表理事 一橋大学社会学部・同大学院社会学研究科修了。青年海外協力隊(中東シリア・環境教育)に参加後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。同社では人材育成領域を専門とし、国内外の小売・製薬業界を中心とした全社改革プロジェクトなどに携わる。2011年3月、NPO法人クロスフィールズ設立のため独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shapers Community(GSC)に2011年より選出。 |
「スキル」に傾倒する風潮への違和感
今、書店に足を運ぶと、「問題解決力」「ロジカルシンキング」「コミュニケーション力」などといった、いわゆるスキル系のビジネス書がズラリと並んでいる。私の古巣でもあるマッキンゼー・アンド・カンパニーの出身者が次々と思考法などについての著書を出しているのも、昨今のビジネスパーソンがスキルを求める傾向にあることを示しているように思う。だが、今、日本企業が必要としているのは、本当に「スキル」なのだろうか。
新興国への「留職」がなぜ注目を集めはじめたか
私が代表を務めるNPO法人クロスフィールズ(http://crossfields.jp/)では、「留職(りゅうしょく)」という一風変わったプログラムを運営している。これは、日本企業に勤めるビジネスパーソンが、インドやインドネシアなどといったアジア新興国のNGOや企業へと入り込み、本業で培ったスキルや経験を活かして、数カ月間にわたって現地の人々とともに社会課題の解決に挑むというプログラムだ。いわば企業版の青年海外協力隊とも呼べる取り組みだと言えば、分かりやすいかもしれない。
私たちがこの取り組みを始めたのは2011年だが、パナソニック・日立製作所・ベネッセコーポレーション・日産自動車などが社員を派遣しており、既に大企業を中心に10社以上が導入し、30人近くの日本企業の若手幹部候補生たちがアジア新興国での「留職」を経験している。
それでは、なぜ「留職」の取り組みは徐々に広がりつつあるのか。非常に単純化した見方をすれば、その理由は「グローバル人材の育成」に対する関心が高まっているからだ。新興国の社会課題の現場という非常に厳しい環境で修羅場経験を積ませることで、グローバルな環境で戦えるタフな人材を育てたいというのが、各社の狙いだ。だが、「留職」が広まっている背景にあるのは、それだけではない。
既成概念にとらわれない変革リーダー育成への期待
今、日本社会で「留職」が求められている最大の要因は、日本企業が育てるべき人材像の根本的な変化だ。
これまで日本企業が求めていたのは、決められた目標に向かい、社内のルールに沿って真面目に迅速に行動することのできる人材だった。これは、既存ビジネスを拡大させていけば事業や組織が成長することが前提となっていた世の中では非常に理にかなった考え方だったと思う。しかし、時代は変わった。既存ビジネスの延長線上には決して企業の未来はなく、むしろ企業は既成概念に因(とら)われずに新たな価値を創造することが求められている。そんな時代に求められるのは、世の中の大きな変化に対応し、「変革を起こすことのできるリーダー」ではないだろうか。
もちろん、グローバル化という「変化」に対応するためには、世間が盛んに騒いでいる「グローバル人材」なる人たちも必要だ。だが、ここで必要とされる人材を「英語で仕事ができる人」と勘違いしてはならない。グローバル化への対応とは、英語力というスキルを身に付けることではない。国境・文化・価値観といった壁を乗り越えなければならないという環境の「変化」に適応し、その環境で求められる新たな価値を創り出すリーダーシップを発揮していくことだ。
変革リーダーの要件は、強い「志」を抱くこと
では、そのような環境の変化に対応して「変革を起こすことのできるリーダー」になるために必要な要件とは、一体何なのか。起業して以来、私が「留職」の仕事を通じて国内外のさまざまな業界のリーダーの方々と接してきて思うのは、彼らが共通して持っているのは何かのスキルなどではなく、「自分はこれを成し遂げたい」という「志」(Aspiration)だということだ。
そして、さらに驚かされるのは、「志」さえ持てば、人間は自発的に必要となるスキルを学習していくという事実である。つまり、スキルは後からついてくるのだ。私自身が起業をしたときのことを振り返ってみても、「こんな事業をやりたい」という志が定まってからは、あらゆる手段を使って必死になってスキルを身に付けてきたように思う。
翻って、多くの企業での人材育成の施策を見てみると、冒頭のビジネス書と同じように「問題解決力」「ロジカルシンキング」「コミュニケーション力」などといった、スキル系の研修がとても多いように感じる。もちろん、こうしたスキル系の研修を否定するつもりはない。だが、「自分はこんなビジネスパーソンになりたい」「こんな事業を起ち上げたい」といった本人の「志」が定まらないうちにスキルばかりを提供しても、逆に遠回りなのではないかと私は思っている。
留職という原体験で自らの「志」を自問し気づきを得る
私たちが留職を通じて育てようとしているのは、「スキル」ではなく「志」だ。新興国において自身が本業で培った力で現地社会に貢献しようとする過程で、彼らは自分の力がどのように社会に役立つのかを、文字通りに肌で感じる。これは、エンドユーザーとの接点を持つ機会が減っている日本企業の中では、実はなかなか経験できないことだ。そして、留職での現地での活動をきっかけに、彼らは自社が提供している製品やサービスがどのように社会の役に立っているのかを、あらためて見つめ直し始める。
また、社会課題の解決に挑む過程で、彼らは現地NGOのリーダーたちからも大きな刺激を受ける。現地の人々が「自分たちの社会を何とか良くしたい」と奮闘する姿から、志を持つことの尊さを痛感するとともに、「自分は一体何を成し遂げたいのか」を自問するのだ。留職では、日本企業に務めるビジネスパーソンにこうした「圧倒的な原体験」を提供することで、リーダーとして持つべき志を育てている。
先日インドでの6カ月間の留職を経験して帰国した電機メーカーの研究者が、最終報告会でマハトマ・ガンジーの有名な言葉を引用していた。
「Find Purpose, the means will follow(目的を見つけよ。手段は後からついてくる)」
この言葉にあるように、いま日本企業が育てるべきなのは、社員のスキルではなく、「志」だ。志を軸にして人を育てることでこそ、日本企業に未来を切り拓くリーダーをつくることができる。私たちは留職の取り組みを通じて、日本企業がそんなリーダーを輩出していくお手伝いをしていきたい。
【お知らせ】
小沼大地氏が代表理事を務めるNPO法人クロスフィールズによる新興国への「留職」の取り組みを、「労政時報」の企業事例シリーズ『企業ZOOM IN⇔OUT』のコーナーで4月にご紹介します(第3866号―14.4.25で掲載予定)。ぜひこちらもご覧ください。