2014年05月30日掲載

Point of view - 第19回 竹内理恵 ―メンタルヘルス対策を組織力強化のチャンスと捉える

メンタルヘルス対策を組織力強化のチャンスと捉える

竹内理恵  たけうち りえ
株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 メンタルヘルスコンサルタント
健康で活力ある「人」と「組織」の実現に向け、さまざまな組織の人材育成・組織開発に携わっている。著書に『研究者・技術者の「うつ病」対策~不調者を出さない仕組みづくりと日常の注意点~』(技術研究協会、2013年、共著)など、執筆多数。精神保健福祉士(厚生労働大臣認定)、産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント(日本産業カウンセラー協会)、メンタルヘルス・ケア研修講師(日本産業カウンセラー協会 東京支部)、睡眠改善インストラクター(日本睡眠改善協議会)など。

 

国が本腰を入れて企業にメンタルヘルス対策を義務づける?!

 従業員50名以上の事業場に従業員のストレスチェックを義務化する「労働安全衛生法の一部を改正する法律案」が、今国会(会期は6月22日まで)で成立する可能性が高まっている。
 導入後の混乱や課題はつきものだが、私は今回の改正を機に、①メンタルヘルス問題には職場・組織の在り方が影響するケースが珍しくないこと、そして、②どのような職場・組織が個人の健康にプラスの影響を与え、また逆にマイナスの影響を与えるのかにも目を向けることで、組織力を一層強化する機会につなげてほしいと思う。個人の心身の健康とパフォーマンス向上は必ずしもイコールではないが、心身が不調であればパフォーマンスは必ず低下する。個人が自らの心身の健康の維持・増進に努める一方、職場・組織における取り組みも重要である。
 さて、心身の健康に影響を与え得る職場・組織の要因はさまざまだが(※1)、中でも本稿ではメンタルヘルス対策と組織力強化の両方に期待ができる"かかわり"について述べたい。

メンタルヘルスと業務成果の可否には"かかわり"が関係する

 職場・組織における"かかわり"には、挨拶や会話から業務指導・育成レベルに至る「個人対個人」もあれば、部門間などの「組織対組織」、方針の浸透や制度・仕組みの運営といった「組織対個人」など、さまざまな形が存在する。"かかわり"は、「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」に次ぐ第五の経営資源といっても過言ではない。そして今、"かかわり"の希薄化があらゆる問題として顕在化し、経営への影響を懸念する組織が増えている。
 メンタルヘルスの問題も無関係ではない。
 例えば、あるIT企業では、メンタルヘルス関連疾患になる人の多くに、仕事につまずいた時などに周囲に相談できず一人で抱え込んでしまう共通点があると振り返っている。また、あるメーカー企業(研究職)では、アウトプットが出せない人は"報われない感"を募らせ、結果的に心身の健康を害しやすい一方、アウトプットが出せる人は困ったことがあれば共通して人に相談する傾向があり、それにより"報われている感"を得ているという。
 現に、高いストレス状態にあっても、上司や同僚などの支援によって、ストレス反応(ストレスを受けたことで生じる心身や行動の変化など)は軽減し、健康障害の発生を予防できることがさまざまな調査研究で明らかにされている。それに対し、周囲からの支援がない、孤立したような状態ではストレス反応が高まり、健康障害が生じる確率が高くなることが知られている。つまり、高いストレス状態を避けて通れない社会情勢や職場環境の中では、なおさら"かかわり"を意識した組織運営が、重要なメンタルヘルス対策の一つになると私は考える。
 さらに、職場内での"かかわり"の希薄さや孤立化は、不正や不祥事といった不適応行動も引き起こしかねない。初めは小さなミスやトラブル、悩みでも、誰にも打ち明けられず一人で抱え込み、ストレスを増幅させた結果、判断力や思考力などが低下して自分を見失うケースがある。あるいは、職場・組織と自分との関係が感じられなくなり(忠誠心や存在意義の欠如)、無意識でも不適応行動に出てしまうケースもある。たいてい職場の人々が気づくのは、事が明るみに出たり、大きくなってからだ。普段からの"かかわり"が薄ければ、その人の異変には気づきにくいし、そもそも不適応行動を防ぐ「目」が機能しないのだろう。

 とはいえ、やみくもにかかわればよいというものでもない。また、"かかわり"を見直すのなら、メンタルヘルス対策と組織力強化の相乗効果を期待して、高い成長感やモチベーションなどにもつながる"かかわり"を、組織として意識的に取り組むことをおすすめしたい。
 そこで、ここからは、将来の会社を担う若手・中堅社員層の育成に対する示唆を得るべく28歳から35歳の2304サンプルを定量調査した結果(※2)をお示ししたい。メンタルヘルス疾患者の若年化は見聞したり実感している方も少なくないだろう。その点でもこのあたりの層は注目に値すると考える。

組織と上司は"かかわり"のデザインを

 統計分析の結果、若手・中堅社員は職場の周りの人との"かかわり"から、①業務支援、②内省支援、③精神的支援の三つの支援が得られていることが分かった。

[図表]他者との“かかわり”から得ているもの


資料出所:富士ゼロックス総合教育研究所「人材開発白書2009―他者との”かかわり”が個人を成長させる」
     をもとに作成


 どれも大切だが、中でも高い成長を実感している若手・中堅社員は「内省支援」を多く得ており(併せて「業務支援」も得ている人のほうが顕著)、高いモチベーションを感じ、また組織に対して高い忠誠心を抱いている若手・中堅社員も「内省支援」を多く得ていることが分かった。その点からすると、例えば、自律的に業務が遂行できる支援をしながら、あるタイミングで経験した仕事を本人が振り返れるような時間やフィードバックを与える"かかわり"を設けるのは一案だ。
 特に上司であれば「内省支援」を取り入れる機会は結構ある。期初や期末での面談や日々の業務において称賛に値する場面、失敗やミスをした場面などさまざまだ。どの場面においても成長や育成の絶好のチャンスと捉えてかかわれば、成長感やモチベーション、心身の状態などに影響し、結果、部下本人そして組織のパフォーマンスの向上につながることが期待できる。
 では、組織としてはどのような"かかわり"をデザインできるだろうか。まず、上述の上司の"かかわり"を教育や仕組み・制度などに反映することが考えられる。そのほかには、"縦横(上下左右)や斜めの関係性づくり"を促す機会を創ることも一案だ。
 なぜなら、「内省支援」「業務支援」「精神的支援」は、上司のみならず、同僚・同期や部下・後輩といったさまざまな立場の人からの"かかわり"を通じて得られていたからである。
 また、同調査で、自分がひと回り大きくなった時は「他の職場の上位者」から影響を受けていた傾向が顕著であった。若手・中堅社員のさらなる成長のためには、その人のためになりそうな他部門の上位者を見つけて引き合わせるなど、「斜め」の関係性に着目するのも大切であろう。
 これらのように、意図的に社内での"かかわり"をデザインすることで、孤立・孤独感の解消や軽減、つまずいた時に一歩踏み出せる相談相手やアウトプットが出せる情報入手先・仲介役などの創出にもつながり、心身の健康面だけでなく、成果にも結び付くことが期待できるのである。

 さらに分析結果では、同じ職場に加えて社外にも大切な"かかわり先"がいる人ほど、視野の拡大を実感できている上、自己効力とモチベーションが高くなっている。社外とは、お客さまや取引先、交流会・勉強会などのメンバーである。現に、異業種交流や業界間交流を望む声があることから、そのことを実感している組織も多いのだろう。ただし、社外との"かかわり"があっても、同じ職場の人との"かかわり"が薄い場合、忠誠心や帰属意識などが低くマイナスの影響が表れている。従って、社外での"かかわり"を奨励する場合にも、職場でのかかわりの基盤づくりを疎かにしないこと、さらに軸足を職場に残させて社外から職場や自身を眺めさせることが大切といえる。

 発達心理学者のヴィゴツキー(Vygotsky,L.S)は、個人の限界を超えるためには周囲の人々との相互作用が欠かせないと説明している。その相互作用の生みにくさが、個人を疲弊させたり、個人や組織の成長を妨げていることはないだろうか。競争激化の社会において、今後ますます個人や集団・組織の在り方を見直す時期に来ていると思う。

※1 詳しくは、厚生労働省の研究事業の成果物である「新職業性ストレス簡易調査票」の「仕事の負担」「仕事の資源」に関する尺度や質問項目をご覧いただくとイメージしやすい。
  ⇒資料はこちらから(東京大学大学院 医学系研究科精神保健学分野 ホームページ)
※2 株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 『人材開発白書2009-他者との"かかわり"が個人を成長させる』(2009年)

筆者より
今春より上記の報告書を全文無料でダウンロードいただけるようにいたしました。本稿では掲載し切れないほどさまざな切り口での分析結果を掲載しています。ご関心がある方は富士ゼロックス総合教育研究所のサイトをご覧ください。

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