2014年06月13日掲載

Point of view - 第20回 石原直子 ―堅牢な女性のリーダーシップ・パイプラインの構築を

堅牢な女性のリーダーシップ・パイプラインの構築を


石原直子  いしはら なおこ
リクルートワークス研究所 主任研究員
都市銀行、人事コンサルティングファームを経て2001年よりリクルートワークス研究所に入所。一貫して人材マネジメント領域の研究に従事する。近年はタレントマネジメントの視点から、次世代リーダー、女性リーダー、事業創造人材等の研究を進めている。リクルートワークス研究所の「提言 女性リーダーをめぐる日本企業の宿題」作成に当たってプロジェクトリーダーを務めた。

 

2013年は日本における女性の躍進「元年」

 50年ほど先の未来から過去を振り返ったとき、2013年は日本における女性の躍進「元年」と呼ぶにふさわしい年になるのかもしれない。同年4月の安倍首相による「女性の活躍こそが日本の成長の原動力」であるという成長戦略スピーチを皮切りに、さまざまな企業が、それまで遅々として進まなかった女性の活躍推進にエンジンをかけ始めた。
 例えば、イオンでは2020年に女性管理職比率を50%にするという宣言が行われたし、日立製作所では2020年度までに女性管理職を1000人にするという目標が掲げられた。そして年が明けた2014年3月には、これまで女性の上級管理職登用にあまり積極的ではなかった金融などの業界でも、女性の取締役や執行役員が誕生するという報道が相次いだ。

最近の女性活躍推進ムーブメントの特徴

 2013年から現在にかけての女性活躍推進ムーブメントの特徴は、管理職等の「女性リーダーを増やす」施策の充実が中心になっていることと、これまで繰り返されてきた「なぜ、女性リーダーを増やさなければならないのか」に関する堂々巡りの議論を超越していることだと、筆者は考える。
 女性管理職の増加は企業経営にプラスに働くという調査結果も、意思決定レベルの多様性が企業のサステナビリティ(持続可能性)を高めるという論理も、製品のユーザーやサービスの受け手が女性であるから女性による事業開発が有効であるという考え方も、今のところ完全に証明されたわけではない。
 これらの議論に決着がつくのを待っていたら、日本に女性リーダーが当たり前にそれなりのボリュームで存在する日がくるのは20年、いや30年先になるかもしれない。このたび、安倍政権の掛け声が後押しとなり、待ったなし、議論の余地なしで、「なんとかして女性リーダーの数を増やす」という方向に産業界の姿勢が定まりつつあることを、まずは素直に喜びたいと思うのである。
 しかし、この機運が、リーダーになる能力や経験が不足している女性であっても「ゲタを履かせて」管理職やリーダーに登用する、という動きになってはならない。それでは、企業経営に支障をきたすことになりかねない。登用される女性人材にとってもプラスにならないばかりでなく、能力のないマネジャーの下で働く人々のモチベーションをひどく低下させることになる。
 また、こうした恣意(しい)的な登用の失敗は長く人々の記憶に残り、後に続く女性陣に余計な苦労をかけることにもつながるだろう。能力と経験を持った女性が、正しく評価され、その能力を活かせる正しいポジションに就く、というかたちで曇りのない人材登用が行われなければならない。

女性のリーダーシップ・パイプラインの構築

 ここで問題になるのが、女性のリーダーシップ・パイプラインが構築されているかどうかということだ。現時点の日本企業で取締役や執行役員などの上級管理職に登用された女性の多くは、企業の育成努力の賜物(たまもの)としてここまで成長したというよりは、偶発的な成長機会と非常にパーソナルな努力によって、いわば「奇跡的に」誕生したというのに近い。そういう稀有(けう)な女性人材を1人や2人見つけ出して登用することはできても、その後に続く女性陣がまだ育っていないというのが、多くの企業の課題であるはずだ。
 これは、女性活躍推進で一歩も二歩も先んじている欧米の企業でも、いまだに大きな課題である。いわく「女性の課長は、今や珍しくもなんともない。もっとシニアなポジション、エグゼクティブポジションになる女性の数が少なすぎることが問題なのだ」と。
 1人の取締役を出そうと思ったら、候補者としての事業部長クラス人材は、3~5人は必要だろう。5人の事業部長を出そうと思ったら、候補者としては20人以上の部長が必要ではないだろうか。では、課長は何人いればよいのだろうか。課長候補になる管理職一歩手前の人材群は。
 安倍首相が経済三団体に要請したとおりに、「少なくとも取締役のうち1人は女性を」という状態を継続的に担保しようとするならば、その下の階層、さらにその下の階層、とカスケード(連滝)状に能力と経験を兼ね備えた女性の数が増えていなくてはならない。
 こうした状態のことを、「パイプラインが構築されている」と表現することができる。
 パイプラインという用語は、非常に奥が深い。一つには、下から上まで貫通しているという条件を内包しているからだ。どこかで通り道が急に細くなっていたり、目詰まりを起こしていては、それはもはやパイプではない。入社時レベルから企業内の最上位の意思決定ボードレベルまで、どの階層にも一定比率で女性が存在している状態を目指さなければならない。
 もう一つ、パイプラインという用語が含意するのは、「常時流れていること」である。女性の管理職が誕生したとして、その人を以降10年そのポジションに「張り付け」にしていてはいけない。新たな成長を求め、より高い職責にチャレンジさせ、次のポジションに移っていってもらうというダイナミクスを働かせなければならない。パイプの中の液体が流れなくなれば、そこにはよどみが発生し、それはそのうち周りを浸食することになる。

 女性の管理職を増やすということに、多くの企業が舵(かじ)を定めた今、これを一過性のブームで終わらせないためにも、豊かで堅牢なパイプラインの構築に着手する必要があるのだ。