「はたらきたい展。」から学んだこと。
奥野武範 おくの たけのり 出版社に勤務後、2005年に東京糸井重里事務所に入社。創刊16年、毎日更新を続けるウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で読み物をつくるチームに所属。東京・大阪・福岡で開催された、「はたらく」「就職」「仕事」がテーマの展覧会「はたらきたい展。」担当。コンテンツ『東北の仕事論。』『21世紀の「仕事!」論。』や書籍『はたらきたい。』の編集など。 「ほぼ日刊イトイ新聞」 http://www.1101.com/home.html 「はたらきたい展。」特設ページ http://www.1101.com/parco2013/index.html |
渋谷で「はたらく」がテーマの展覧会をやる。それは、僕たち「ほぼ日刊イトイ新聞(以下、ほぼ日)」にとって、ちょっとドキドキする挑戦だった。ふだん毎日更新のウェブサイトを運営している自分たちが、展覧会という「人の集まる場所」をつくる。それも「はたらく」という、渋谷パルコでやる企画展としては、少々「地味め」な素材で…。立ち止まったりひっくり返ったりしながら、どうにか中身をつくり会期を終えると、集まってくれた人の数は「1万1000人」を超えていた。その後、大阪や福岡へも巡回展で呼ばれていった。その過程で学んだことはたくさんあるが、強く心に残ったのは「はたらくってことについて、みんな、こんなにも真剣に考えているんだ!」ということだった。
専門家でない僕らに、何がつくれるのか?
渋谷パルコ3階の「パルコミュージアム」で展覧会をやることになったのは、2013年6月のこと。テーマは、「はたらく」。そのことについて、朝から晩まで考えているというわけではない自分が、展示内容をまとめる役を仰せつかった。6年ほど前、就職問題の専門家だけでなく「矢沢永吉」や「みうらじゅん」といった人たちも登場する、ちょっと変わった就職の本『はたらきたい。』を編集したことがあったからだ。また、植木職人・受付嬢・郵便配達夫・溶接工・モデル・洗面所係…など113人の「無名の職業人」にインタビューした、スタッズ・ターケルの名著『仕事!』が好きで、その21世紀版のような連載(「21世紀の『仕事!』論。」 )を担当しているということもある。
が、言ってみればそれくらいで、決して「仕事」や「就職」問題の専門家ではない。自慢げに言うことでもないが、ビジネス書なんて滅多に読まないし、昨今の就職事情や景気動向についてもニュース以上の知識はない。チームの他のメンバーも、まあ、似たようなものだ。そんな自分たちが、来てくれた人に満足してもらえるような「はたらく」の展覧会を、つくれるのだろうか…? 下見で入った「パルコミュージアム」は、ゾッとするほど広かった。
役に立つ展覧会にしなければならない…?
案の定、展覧会の中身をどうするかについては、ずいぶん迷走した。おそらく「はたらく」や「仕事」「就職」がテーマだということで、「少しでも役に立つ展覧会にしなければ」と意識しすぎたのだと思う。もっと言えば「説得力」を持たせようと躍起になりすぎたのかもしれない。「はたらく」の専門家ではない自分たちが、あの「ゾッとするほど広い会場」を「説得力」や「役に立つ展示」で埋めようと必死になっていた。開催2カ月前の時点で、具体的な内容はほとんど決まっていなかった。名前だけは「はたらきたい展。」でいこうと決めていた。
ひとつ、幸運だったのは「ほぼ」と言いつつ16年以上1日も休まず更新し続けている「ほぼ日」のアーカイブを、いくらでも利用できるということだった。試しに数えてみると、これまでのコンテンツの数は「2000」を超えていた。なかでも「はたらく」や「仕事」関連のコンテンツには、昔から、たくさんのアクセスが集まる。読者のうちの大きな部分が「はたらく世代」であることに加え、おもしろいなあ、元気だなあと思わせる人には、やはり「いま興味のあること=仕事の話」を聞きたくなるからだ。一貫性はないし、それぞれバラバラではあるけれど、たくさんのキラキラした「はたらく」のことを、僕たちは「たくさん見て知って」いる。そのことに、あらためて気づいた。1998年6月6日。広告の仕事から徐々に離れ、釣りばかりしていた糸井重里が「ほぼ日」を立ち上げた日。その日の「ほぼ日」には、「働くのが流行っている」 という糸井のコラムが載っている。そうか、「はたらく」って、自分たちがずっと取り組んできたテーマのひとつ、だったんだ。「得意」と言ってはおこがましいけど、立ってきた「打席」の数なら、けっこう多いのかもしれない。
いろんな人の「はたらく」を並べよう。
そう思えた時点で、展覧会の大きな方針が固まった。これまで「ほぼ日」に掲載してきたさまざまな「はたらく論」を、できるだけ多く並べるということ。そこへ、展覧会のために新しく集めた「これからの、はたらく論」をプラスしていく。それらは有名無名問わず、さまざまな「はたらく人たち」の言葉や考え、職業哲学だから、関連性や一貫性に乏しい。それどころか、互いに「矛盾」さえしているかもしれない。でも、それでいいと思った。ガツンとした「説得力」はないだろうけど、やわらかな「浸透力」みたいなものが出るなら、そっちのほうが「ほぼ日」らしいとも思った。
- 「アイデアとは、複数の問題を一気に解決するものである」
…宮本 茂(任天堂 代表取締役専務) - 「やりはじめないと、やる気は出ません。
脳の側坐核(そくざかく)が活動するとやる気が出るのですが、
側坐核は、
何かをやりはじめないと活動しないので」
…池谷裕二(脳科学者) - 「誰でもできるような仕事を与えられたら
そのときこそ、
誰にもできない仕事にしてやろうと思いなさい」
…ジョージさん(新宿二丁目のほがらかな人) - 「こうだと思ったら、思い切ってやりなさい。
それで間違えたって構わない。
大丈夫。どんどんやりなさい。
きみの失敗くらいで、経営は揺るがないから」
…木川 眞(ヤマトホールディングス株式会社 代表取締役社長) - 「自転車とは何かって? そりゃあワッパ(タイヤ)だよ。
パンク直し? 飽きないねえ、ちっとも」
…鈴木金太郎(キャリア80年以上、93歳の自転車修理職人) - 「この船は、これから、どんどんちいさくなっていく。
自分の手足みたいに操れるようになったら、
船はちいさく感じるもんだ」
…熊谷善之(震災後、新造船した大船渡の漁師)
たとえば、このような言葉や考えを、テキストや写真やカードや動画にして敷き詰めるように展示した。東北の被災企業のリーダーたちには、あらためて「ゼロから立ち上がる仕事論」を語り下ろしてもらった。一見して「文字だらけの展覧会」となったのに加え、人気を博した「みうらじゅんの、はたらく論」ムービーが40分を超す「大作」だったため、来場者の滞留時間はいきおい長くなった。会場に「2~3時間いた」という来場者のツイートも、たびたび見かけた。長く各地の展覧会を取材しているという新聞記者の人に「見た目がこんな展覧会は初めてですねえ」と、妙な感心のされかたをした。そして、まったく予想できなかったことだが、展覧会の「主役」は、それら僕たちが苦労してつくりあげたコンテンツではなかった。
多数の来場者で賑わった「はたらきたい展。」
みんな、こんなにも真剣に考えていたんだ。
主役は、明らかに、来場者が残していった無数の「感想」だった。それらは、据え付けのノートやテーブルに書き込まれ、日に日にその数を増していき、ひとつの「素晴らしいコンテンツ」として育てられていった。展覧会の場で思ったこと感じたことから仕事上の悩み、はたらくについての自分の考えや疑問。書き込まれる内容は、まさに十人十色。ときには「独り言」のようなものでさえあったけれど、共通していたのは「はたらくということを真剣に考えた結果」の書き込みであるということだった。その、静かだけれど体温を感じる筆致に、展覧会をつくった僕らのほうが感動させられてしまった。言葉尻に不安をにじませる就活生、70歳までははたらきたいという65歳の男性。まさに、老若男女。みんな、はたらくということについて、こんなにも真剣に考えているんだ! そう思うと、大げさでなく、涙が出そうになった。
たびたび目にした感想に「答えが見つかったとは思えないけれど、ヒントはたくさんもらったと思う」という趣旨のものがある。すごく正直な感想だと思う。そして、僕らにとって嬉しい感想でもある。なぜなら「はたらきたい展。」では、はたらくについての明確な回答や、就職試験に受かるためのメソッドなどは、たぶん手に入らない。でも、会場に来てくれた人たちが、いろんな「はたらく」に触れたうえで自分の「はたらく」を考える、そのきっかけになったらいいなと思っていたからだ。
来場者から寄せられた「感想」の数々(クリックして拡大)
「はたらく」をふつうに表現しただけの、展覧会。
福岡での巡回展のとき、ひとりの大学生に「一般的な就職の催し物とは、ぜんぜん様子がちがう。こういう場で『感動する』って、すごく新鮮だった」という感想をもらった。たしかに、就職の申込窓口もなければ、会社案内のパンフレットも置いてはいない。学生が企業を知る、あるいは企業が人材を得るために開かれる催しとは、根本的にちがうものだ。
でも…と思った。はたらいていると「泣くほど感動する」ことがある。同僚のがんばりだとか、先輩の励ましだとか、取引先の心意気だとか、大きな仕事をやり遂げたときの達成感だとか。もちろん、しょっちゅうあることではないけれど、それは、たしかにある。その感動を味わいたいから、はたらいているってところもある。だから、そういう意味では、それほど「新鮮」なものでもないような気がする。みんなの「はたらく場面」に「たまーにだけど、あること」を集めた展覧会。「はたらく」をふつうに表現しただけの、当たり前の展覧会だったんじゃないかなあと、いまでは思う。