藤井 恵
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング・国際事業本部 チーフコンサルタント
〈第1回〉
- Q1 「オバマケア」とは?
- Q2 アメリカは先進国であるのに、これまで国民皆保険制度はなかったのですか?
- Q3 オバマケアの施行により、アメリカではどのような保険加入が求められることになったのですか?
- Q4 オバマケアで定めるMinimum Essential Coverage を満たす保険とはどのようなものですか。また、それらの保険はどこで購入できるのでしょうか?
- Q5 オバマケアで要求される条件を満たす保険に加入しなかった場合、どんな罰則があるのでしょうか?
- Q6 オバマケアはすべてのアメリカ国民に歓迎されるものなのでしょうか?
Q7 日本からアメリカへ赴任している社員について、オバマケアへの対応方法を教えてください。
では、日本企業からアメリカに赴任している社員については、どのように対応すべきだろうか。現在明らかな情報から整理してみよう。
まず、アメリカ国内の現地法人など勤務先で加入している医療保険が、オバマケアの求めるMinimum Essential Coverageを満たしている場合は、言うまでもなく特段の対応は必要とならない。問題となるのは、こうした勤務先の医療保険の適用がない下記のようなケースである
- ①海外旅行保険と日本国内の公的健康保険に加入しているケース
- ②日本国内の公的健康保険のみ加入しているケース
- ③海外旅行保険のみ加入しているケース
- ④上記のいずれにも加入していないケース
日本企業に在籍のまま赴任する場合は国内健康保険の加入資格が継続されるため、上記③④はアメリカ国内の企業に転籍し、かつ勤務先で医療保険の提供がないケースに限定されるが、ここではこれらも併せて考えてみよう。
ただし、①~④のいずれについても考えられる選択肢は、
A:Minimum Essential Coverageを満たす保険に個人加入する
B:保険に加入せず罰金を支払う
――という二通りしか存在しない。海外旅行保険は、事故・病気の場合の療養費はカバーされるが慢性疾患などは保障の対象外となる。このためMinimum Essential Coverageを満たすものとは認められていない。また、日本の公的健康保険がMinimum Essential Coverageを満たすものとアメリカ政府に認定されれば、①②のケースについては別途対応を講じる必要もなくなるが、現時点でこの点についてアメリカ政府からの公式な見解はまだ示されていない。
日本の公的健康保険に加入している場合、海外療養費制度により、帰国後に保険給付を請求することができるが、この場合もアメリカ国内での治療で実際に負担した分の7割が給付されるわけではない。保険給付は、日本国内で同様の治療を行った場合の費用を基準として行われるため、結果的に多額の自己負担が生じるリスクがあることに注意が必要だ。
また、けがや病気の際の高額負担リスクを承知の上で、医療保険に加入せず罰金を支払う選択肢もないわけではないが、先述の通り、罰金そのものも今後は年々引き上げられる見通しとなっているため、将来的な対策の検討を念頭に置く必要があるだろう。
Q8 当社アメリカ赴任者にはこれまで海外旅行保険しか加入していませんでした。ニューヨーク市内に一人駐在のため、会社のグループ保険もありませんので、州政府が運営するマーケットプレイスを通じてアメリカの医療保険に加入させようと思います。この場合、医療保険料は毎月どのくらいかかるのでしょうか。
アメリカの州政府が運営する医療保険に加入する場合、医療費はどのくらいかかるのだろうか。ニューヨーク州が運営するマーケットプレイス(NY State of Health:略称NYSOH)を通じて、医療保険に加入した場合の医療保険料がどのくらいになるか、駐在員の年間所得および赴任形態別(家族帯同・単身)で試算してみた。なお、同じカテゴリーの保険でも、医療機関ネットワークの多寡など、保険会社により実際の保険料は異なる。
なお、以下の試算の表中に示している保険の種類(プラチナ/ゴールド/シルバー/ブロンズ/カタストロフィック)別にみた概要は[図表1]の通り。ちなみに、いずれかの医療保険に加入していても、毎回の通院時にはCo-payとよばれる定額の支払い(一般に1回当たり$15~30程度)が必要となる。詳細については、各保険会社のwebサイトや、前回Q4で紹介した州政府や連邦政府が運営するマーケットプレイスのwebサイトを参照していただきたい。
医療保険料 | 年間自己負担 限度額 |
保険でのカバー率 (被保険者負担率) |
一定額までの 自己負担額(Deductible) |
|
---|---|---|---|---|
プラチナ | 非常に高い | とても低い | 90%(10%) | 非常に低い |
ゴールド | やや高い | 低 い | 80%(20%) | 低 い |
シルバー | 高 い | 高 い | 70%(30%) | 高 い |
ブロンズ | 高 い | 高 い | 60%(40%) | やや高い |
カタストロフィック | 非常に低い | 30歳未満のみ加入できる保険。Deductibleが高く、保険料が低い代わりに保険利用時に制約が設けられている。 |
(1)家族帯同(大人2名・19歳未満の子女2名)のケース
①年間所得が$30000(約300万円)の場合
――医療費が無料の公的医療保険(メディケイド)の適用対象に
家族4人で年間所得が$30000の場合、連邦貧困レベルは127%となり、低所得者対象の公的医療保険であるMedicaidの適用が受けられる。Medicaidの申し込みを行えば、基本的な医療費はかからない。
※メディケイドの概要は、連載第1回 Q3を参照されたい。
②年間所得が$50000(約500万円)の場合
――ゴールドプランの場合、毎月の医療費は約$340~1070
家族4人で年間所得が$50000の場合、連邦貧困レベルは212%となるため、カタストロフィック以外の保険を選択する場合はAPTC(Advanced Premium Tax Credit)の適用される。APTCによる毎月の控除額は$450.10となり、保険種別でみた医療費の試算額は下表の通りとなる。
プラチナ | ゴールド | シルバー | ブロンズ | カタストロ フィック |
|
---|---|---|---|---|---|
最安値 | 581.52 | 341.42 | 268.42 | 164.14 | 372.4 |
最高値 | 1342.68 | 1069.26 | 834.76 | 645.8 | 837.86 |
はAPTCは適用されない。
③年間所得が$100000(約1000万円)の場合
――ゴールドプランの場合、毎月の保険料は約$1130~2170
家族4人で年間所得が$100000の場合、連邦貧困レベルは425%となるため、APTCの適用は受けられず、月額保険料は下記のような水準となる。
プラチナ | ゴールド | シルバー | ブロンズ | カタストロ フィック |
|
---|---|---|---|---|---|
最安値 | 1263.23 | 1127.92 | 1023.89 | 875.29 | 530.67 |
最高値 | 2554.71 | 2165.09 | 1830.93 | 1561.66 | 1193.95 |
(2)単身の場合(大人1名)
①年間所得が$30000(約300万円)の場合
――ゴールドプランの場合、毎月の保険料は約$240~600
単身で年間所得が$30000の場合、連邦貧困レベルは261%となるため、保険の種類がカタストロフィック以外の場合は、APTCが適用される。APTCによる毎月の控除額は$155.98となり、保険種別にみた試算額は下記の通りとなる
プラチナ | ゴールド | シルバー | ブロンズ | カタストロ フィック |
|
---|---|---|---|---|---|
最安値 | 287.26 | 239.78 | 203.28 | 151.14 | 186.2 |
最高値 | 740.41 | 603.7 | 486.45 | 391.97 | 418.93 |
はAPTCは適用されない。
②年間所得が$50000(約500万円)の場合
――ゴールドプランの場合、毎月の保険料は約$400~760
単身で年間所得が$50000の場合、連邦貧困レベルは435%となるため、APTCは適用されず、月額保険料は下記の水準となる(なお、単身・年間所得$100000の場合でも、APTCの適用はなく試算額は同額となる)。
プラチナ | ゴールド | シルバー | ブロンズ | カタストロ フィック |
|
---|---|---|---|---|---|
最安値 | 443.24 | 395.76 | 359.26 | 307.12 | 186.2 |
最高値 | 896.39 | 759.68 | 642.43 | 547.95 | 418.93 |
結び
これまで説明した通り、日本企業の駐在員がアメリカ国内の勤務先の医療保険に加入している場合は、これまでの医療保険を継続することになるため、オバマケア施行による影響は実質的には少ないといえる。しかし、アメリカの勤務先で加入する医療保険がなく、駐在員の医療費を海外旅行保険で賄ってきた企業や個人にとっては、オバマケアの要件を満たすアメリカの民間医療保険に加入することが必要となる。
保障が一定限られるリスクを踏まえて、引き続き海外旅行保険にのみ加入し、アメリカの医療保険に加入しないという方法もないわけではない。しかし、前回Q5で触れたように、未加入者に対する罰金額も年々大きくなるため(海外旅行保険の継続の有無にかかわらず)、最終的にはアメリカの医療保険に加入するという流れにならざるを得ないだろう。
海外人事の担当者としては、オバマケアが定める罰金が所得税申告の際に課される点に留意することが必要だ。多くの例にみられるように、海外赴任者の給与を手取り保障方式とし、アメリカの税金は全額会社負担としている状況では、赴任者本人が罰金について真剣に考える余地はおそらく少ない。罰金支払いによるコスト増に対処する上では、国内の本社主導で対応策を検討する必要がある。また、同じ医療サービスを受ける場合でも、アメリカでは医療費そのものが高額である上、民間保険に加入する場合も海外旅行保険のみの場合と比べて3倍以上の保険料負担が見込まれる[図表6]。こうしたコスト増にどう対応していくか、引き続き頭の痛い問題となることは避けられないだろう。
区 分 | 保険料 | 持病の場合の治療費 | 持病以外の治療費 | 歯科治療 | 備 考 |
---|---|---|---|---|---|
海外旅行保険 | 年間20万~30万円/人程度 | 対象外 ※日本の健康保 険に海外療養 費の請求を行 う |
付保額の範囲内であれば、全額保険会社が支払うため、自己負担は発生しない。 | 対象外 ※日本の健康保 険に海外療養 費の請求を行 う。 |
・アメリカ以外 でも利用可能 ・基本的に旅行 保険なので、 突発的な事 故・病気への 対応が原則 (使いすぎると 更新できなく なる可能性も ある) |
一般的なアメリカの医療保険 | 年間100万円/人程度(プラチナプランの場合) | 対象(ただし一部自己負担あり) | 自己負担あり。 | 対象外 ※デンタルの保 険も別途加入 可能。 |
・アメリカ国内 のみ |
一方、日本とアメリカの間では、2005年に社会保障協定が発効しており、アメリカへの赴任が短期間(5年以内と見込まれる)の場合、日本の公的年金および健康保険の加入を条件として、アメリカの年金・健康保険制度へのが免除されることとなっている。この社会保障協定の取り決めの解釈次第では、日本の健康保険に加入していれば、アメリカの医療保険制度への加入が免除されるとも取れるが、オバマケアがスタートして以来、アメリカ当局の側からこれを認める意思表示(日本の公的保険がオバマケアの要件を満たすか否か)はいまだなされていない。
※参考:「米国医療制度改革法の在留邦人への適用について」(在米日本大使館)
このように、両国間で公の取り扱いが明確に定まっていないことから、現時点において罰金を避けるためには、アメリカの医療保険に加入する必要が生じる。当面、企業の立場としては、在米日本大使館からの情報発信など今後の展開を見守りつつ、都度、適切な対応を考えるしかないといえるだろう。
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藤井 恵 ふじい めぐみ 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 コンサルティング・国際事業本部 チーフコンサルタント 大手証券系シンクタンク勤務の後、三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社。海外勤務者の社会保険や税務、海外給与や赴任者規程、租税条約、契約書作成に関するコンサルティング業務に携わる。著書に『海外赴任者の税務と社会保険・給与Q&A』『タイ・シンガポール・インドネシア・ベトナム駐在員の専任・赴任から帰任まで完全ガイド』『台湾・韓国・マレーシア・インド・フィリピン駐在員の選任・赴任から帰任まで完全ガイド』(いずれも清文社)など。 |