過労死等防止対策推進法の成立を機に考える
~過労死を防ぐには、労使の関係構築力がカギを握る
佐久間大輔 さくま だいすけ つまこい法律事務所 弁護士 1970年生まれ、1993年中央大学法学部卒業、1997年東京弁護士会にて弁護士登録、2013年つまこい法律事務所開設。労災・過労死事件を中心に、労働事件、一般民事事件を扱う。日本労働法学会所属。2014年の著作に、「過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方」(労働開発研究会、9月発刊予定)、「2013年の労災に関する判例分析と実務上の留意点」(『労務事情』1269号)、「業務上外認定と安全配慮義務」(ジュリスト増刊『実務に効く労働判例精選』)、「労災をめぐる最新判例動向解説-長時間労働による過労死、精神障害事例の分析から対策を学ぶ」(『労働法学研究会報』2569号)などがある。 つまこい法律事務所 http://tsumakoi-law.com/keieisenryaku/ |
過労死等防止対策推進法の成立と企業への影響
本年の通常国会において、過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号)が衆参両院で全会一致により可決・成立した。公布の日である6月27日から起算して6カ月以内に施行される。
この法律は、過労死の防止のための対策を推進し、もって過労死がなく、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に寄与することを目的としている(1条)。過労死防止対策について、国、地方公共団体、事業主等関係者の相互の密接な連携の下に行われなければならず(3条2項)、事業主は、国および地方公共団体が実施する過労死防止対策に協力するよう努めなければならない(4条3項)。
同法は、まず、過労死等の防止のための対策を効果的に推進する責務を有する国が調査研究、啓発、相談体制の整備等を実施していこうというものであり、いわゆる「啓蒙法」であるから、事業主が直ちに何らかの法的義務を負うというわけではない。
しかし、国の調査研究が進行し、過労死等防止対策推進協議会(12条)の意見を聴いて過労死等の防止のための対策に関する大綱(7条)が定められたとき、人事労務担当者が座して傍観しているわけにはいかない。裁判例には、人事管理部部長が「残業時間が1か月当たり100時間を超えると過労死の危険性が高くなり、精神疾患の発症も早まるとの知見や、時間外労働を1か月当たり45時間以下にするよう求める厚生労働省の通達等の存在を認識して」いたと認定し、自殺した従業員の遺族から訴えられた企業の損害賠償責任が認められたものがある(フォーカスシステムズ事件 東京地裁 平23.3.7判決、東京高裁 平24.3.22判決)。人事労務担当者は、労働時間や安全衛生に関する法令や行政通達、健康障害に関する医学知見を知り得るのであり、法令等の不知が企業を免責させることにはならないからだ。
また、国の啓発活動や相談活動が奏功すれば、知識を得た労働者もしくは遺族が訴えを起こし、紛争が増加することも否定できない。
危機管理的な対応で足りるか
過労死が社会問題化して四半世紀を超えた。近年、メンタルヘルス不全や自殺が労働問題の重要な柱の一つになっていると言っても過言ではない。ここ最近では、裁判例の蓄積により、労災認定基準が緩和され、認定件数が増加した。それに伴い、労働者やその家族から企業が訴えられるケースも増えてきている。
いったん紛争が起こると、経営者としては、企業防衛や危機管理という観点から対応せざるを得ないだろう。しかし、労働紛争を解決するには、労使双方がエネルギーを消耗し、コストや時間もかかる。この消耗を避けるため、また長時間労働防止やメンタルヘルスケアはそれよりも少ない費用で可能となることから、過労死をリスクと捉え、最小の費用で危険を防止することは、リスクマネジメントとして肯定されるし、営利を目的とする企業経営の視点からも必要だろう。
「信頼」を基礎とした戦略的労使関係
ただ、それだけでは足りないように思う。経営資源を動かして利潤を生み出している最大の資源は「ヒト」である。労働者を危険視することは、「ヒト」ではなく、「モノ」として扱っていることになりかねない。
ヒトを雇うということは、企業と労働者との継続的な信頼関係が基礎となる。日本的経営では、家庭や親族関係に例えられるほど、信頼関係が重視されてきた。家族的経営を礼賛するわけではないが、労働契約が人的な信頼関係に基づくのであれば、「信頼」を基礎とした予防策が必要ではないだろうか。
企業と労働者との関係も千差万別である。マニュアルどおりにいかないことが多い。とはいえ、「信頼」を基礎に労働者の健康を守るという経営理念を打ち立てて、そこから具体的なケースにおける対処法を考えていけば、労働紛争の発生や長期化をより減らすことができるだろう。
そもそも、経営資源の一つである「ヒト」は、労働者の事務処理能力や営業能力、取引先・顧客との関係構築などが重要な要素となる。労働者が健康でなければ、その能力は低下するだろうし、取引先や顧客との信頼関係も築けない。これが内部環境における自社の「弱み」となる。逆に、労働者が健康で生き生きと仕事をし、職場内の意思疎通ができていれば、労働生産性が向上するので、それが自社の「強み」となり、市場や顧客に対して攻勢を掛けられようになる。
人材流出や残業代を減らせば低コストとなり、また労働者の健康を保持して職場が活性化すれば、自社の製品やサービスが高品質化するとともに、顧客や取引先との関係を良好にして企業のイメージや信用が向上するだろう。
一見遠回りとも思えるが、「信頼」を基礎に労働者の健康を守ることが、結局は顧客や取引先といったステークホルダーにも幸福をもたらし、ひいては企業の収益にも貢献することとなる。