求める人材像を社会に積極的に発信し、雇用習慣変容のソフトランディングを
西田亮介 にしだ りょうすけ 立命館大学大学院先端総合学術研究科 特別招聘准教授 1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。(独)中小企業基盤整備機構リサーチャー、東洋大学非常勤講師等を経て現職。専門は情報社会論と公共政策。 著書に『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版)。共著に『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(朝日新聞出版)ほか多数。 |
就職活動の後ろ倒しや、新卒一括採用の見直し、非正規雇用の増大など、少なくとも昭和後期以後の日本社会において、自明視されてきた雇用習慣が、変容している。そして、そのしわ寄せは、若年世代にとって特に厳しいものになろうとしている。
日本の失業率は、世界的には相対的に、低い水準で推移していることが知られている。OECD加盟国の2012年と2013年の平均失業率は、7.9% 、7.8%であった。それに比べて、日本の場合は、どうだろうか。2014年10月末に公開された『労働力調査(基本集計) 平成26年(2014年)9月分』によると、2011年、2012年、2013年の日本の完全失業率は、4.6%、4.3%、4.0%で推移していた。2011年の日本社会が東日本大震災に見舞われた年であることを考慮しても、日本の失業率の低さは際立っている。
ただし、若年世代は、異なった状況に直面している。例えば20代に限っていえば、景気変動にかかわらず、近年の失業率は6%を上回る水準で推移している。また、失業のみならず、無業に目を向けてみると、内閣府は「平成25年版 子ども・子育て白書」 の中で、15~34歳の若年無業者数を約60万人と見積もっている。
若年世代の人口は減少しているにもかかわらず、若年無業者の数は近年こうした水準で推移しているため、労働市場の質や雇用習慣が変容し、世代間で雇用や就労に関して直面する「現実」は異なったものになっていると考えることができる。
しかしながら、若年世代の「認識」はそれらに対応したものに変化しているようには思えない。
それどころか既に失われた過去を希求しているようにさえ見えてしまう。例えば、日本生産性本部の『2014年度 新入社員 春の意識調査』によれば、「あなたは、転職についてどう考えますか?」という問いに対して「しないにこしたことはない」という回答が31.5%となり、2004年と比較して、約10%上昇している。
また、「今の会社に一生勤めようと思っている」という回答が54.2%で、こちらは2004年の29.8%と比較して、約25%上昇している。この他にも「将来への自分のキャリアプランを考える上では社内で出世するより自分で起業して独立したい」 とする回答が過去最低になり、「海外勤務のチャンスがあれば応じたい」に対し「そう思う」とする回答も過去最低になるなど、新入社員という限定はつくものの、若年世代の就労や雇用に対する認識は、新しい状況と正面からぶつかって超克しようというものになっているようには見えない。
このような「現実」と「認識」のねじれは、なぜ生じているのだろうか。
一つに、現実の変化の速度に比べて、これに対応するための、就労や雇用の習慣や意志決定の変化・見直しの速度が圧倒的に遅いという点を指摘することができる。実際、10年前も、現在も、学生たちは、相変わらず大手就職ナビサイトに登録し、先輩の口コミで希望の就職先を選択している。確かにナビサイトは、スマートフォンに対応し、ダブルブッキングを防ぐ機能など、細部はやけに高機能になったが、学生たちが主体的に業界や希望を選択し、十分にその準備をして備えるような環境になっているとはとてもいえない。
その背景には、各企業の求める人材像がいまだに漠としていて、明確に見えてこないことが指摘できる。学生にとっては、目標が見えないままに、メディアを通して不安感だけが煽(あお)られているのが現状である。もちろん、企業の側では、近年採用活動を多様化させたり、人材サービス系企業への依存から内製化に向かっているという実態はある。終身雇用制や、年功序列型賃金も、急速に見直しが始まっている。だが、大学、社会、何より学生たちが目につく場所に、そのような情報が十分に提供されているとはいえない。人材や採用に対する理念となればなおさらである。
このような状況が継続することは、企業にとっても、求職者にとっても望ましい状況とはいえまい。企業は求める人材を求めて血まなこにならなければならないし、求職者にとっては最適なアプローチが把握できないままに、採用されない理由が分からないことに起因した疑心暗鬼と不信感にさいなまれる求職活動を続けることになりかねない。
求職者が最も気にするのは、当該主体からのアナウンスメントである。その情報発信があまりに少なく、また明確でもない。それが、まことしやかなうわさや先輩の口コミなど、根拠に乏しい情報に基づいて、キャリアの選択や準備を行う一因になっているように見える。それに対して、目指すべき方向性が適切に提示されれば、健全な切磋琢磨を促進できる可能性もある。
付け加えていえば、従来型の就労システムを維持できないのであれば、いち早くその旨をアナウンスするほうが倫理的である。維持できないシステムならば、さも維持できるかのように喧伝(けんでん)すべきではない。その先にあるのは、現在の延長線上にある、企業のニーズを満たす人材の不足と、誤った方向に最適化するよう促された人材が残されるというハードランディングかもしれない。
若年世代の誤った最適化行動を維持し続けるとすれば、これほどの無駄はない。大卒人材はおおむね4年サイクルで人が入れ替わる。したがって、5年という期間は、現在の在学生含めて十分、準備をする時間があるといえる。踏み込んでいえば、企業や経済団体による「5年後に、新卒一括採用を辞める」という宣言さえも、だらだらと変容していくよりは、多くの人材に明示的に準備を促すという意味で倫理的と考えられる。事実、終身雇用制にせよ、年功序列制にせよ、離脱する企業も増えている。だが、そのような変容に、当事者や教育機関が対応できているとは思えない。その現実を考慮し変化を促すという意味では、少なくとも企業、人材双方にとって、ベストとはいえないまでも、ベターな解なのではないか。
5年後、どのような人材が必要なのか。現在の就労システムはそのままであり続けるのか、そうでないとすれば、どのような基準の下で、どのような人材を採用したいのか。求める人材像を、社会に積極的かつ具体的に発信するとともに、雇用習慣変容のソフトランディングについて、真剣に考えるべき時期に差し掛かっている。