多様な人財を活かす組織が未来をつくる
アキレス美知子 あきれす みちこ SAPジャパン株式会社 常務執行役員人事本部長 横浜市男女共同参画推進担当参与 NPO法人GEWEL理事 上智大学比較文化学部経営学科卒業。米国Fielding大学院組織マネジメント修士課程修了。富士ゼロックス総合教育研究所で異文化コミュニケーションのコンサルタントを始め、モルガンスタンレー証券、メリルリンチ証券、住友スリーエムなどで人事・人材開発の要職を歴任。あおぞら銀行執行役員人事担当、資生堂執行役員広報・CSR・お客さまセンター・風土改革担当を経て、現在に至る。APEC女性と経済サミットなどにも日本代表メンバーとして参加。 |
ダイバーシティは浸透したか
日本でもダイバーシティ(多様性)という言葉が聞かれるようになって久しい。ダイバーシティはどのくらい浸透したのだろうか。企業の人事部から聞こえてくるのは次のような声である。
● そもそも「なぜダイバーシティが必要なのか」が腹落ちしていない
● 頭ではわかるが、具体的にどう進めるのかわからない
● 取り組むとなると、人事制度や企業文化の変革など多岐にわたる作業が発生する。とてもその余裕はない
確かにここ数年、短時間勤務制度の導入や子の看護休暇制度の拡充など働く女性を支援する制度などは整備された。一方、"ダイバーシティ"という視点に立てば、その価値を実感できていない企業も多い。そこで、ダイバーシティがもたらす価値についてあらためて考えてみたい。
あらゆる次元の多様化が進む
ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授は著書「ワーク・シフト」(プレシデント社、2012年)の中で、未来を形づくる要因として、①テクノロジーの進化、②グローバル化の進展、③人口構成の変化と長寿化、④社会の変化、⑤エネルギー・環境問題の深刻化という五つを挙げている。
未来学者でもあるグラットン教授は、これらの要因が2025年における私たちの価値観、働き方、ライフスタイルから家族・友人関係に至るまで、大きな影響を及ぼすと主張する。例えば、私たちはすでにグローバル競争、少子高齢化社会の到来、原発に象徴される深刻なエネルギー問題など、さまざまな変化を経験している。一つ確かなことは、「未来においてはあらゆる次元の多様化が進んでいく」ということ。五つの要因から派生する複雑かつ複合的な問題を解決していくには、柔軟な発想をもって、多様な人財を受け入れ、個々の強みを活かし、成果を出していく能力が不可欠になる。これがダイバーシティ&インクルージョン(略してD&I)という考え方だ。早くからダイバーシティを推進してきたグローバル企業では、ダイバーシティ(多様性を受け入れる)だけでなくインクルージョン(個々の力を活かして成果を出す)に力を入れている。
日本の現状
日本においてもようやく一番身近なダイバーシティ、女性活躍推進が今までないスケールで動き出してきた。アベノミクスの後押しもあり、官民挙げて取り組みが始まっている。賛否両論あると思うが、今まで十分活用できなかった女性の能力を発揮してもらおうというのは、とても良いことだと思う。日本の労働人口は減少しており、このままいくと2050年には現在の半分になる。一方で、経済産業省「男女共同参画会議 基本問題・影響調査専門調査会 報告書(2012年)」によれば、342万人の女性の潜在労働力が加わると、雇用者報酬の総額が約7兆円増えるとの試算がある。女性が仕事を通じて能力を発揮していくと、収入が増え、経済や社会保障のしくみを支えることになる。
ただ、「経済や社会のプラスになる」と言われてもピンとこない女性も多い。むしろ、企業側がそのような意図を強調しすぎると、自発的なキャリア形成への意欲を阻害してしまうこともある。最も大事な点は、女性が企業や社会で活躍すると自信につながり、新しいことにチャレンジする意欲が高まることだろう。チャレンジする女性が増えると、周りも刺激され、職場の活力も高まる。
加えて、企業がダイバーシティを進める上では、D&Iの意味を正しく捉えておく必要がある。D&Iの基本である「異質なモノを受け入れ、活かす」ことが苦手な日本人が多いように感じる。女性、外国人、中途採用者、雇用形態が違う従業員などさまざまな人たちが職場にいても、「はやくウチのやり方になじんでほしい」と思う人が大半で「それぞれの強みを活かそう、彼らから学ぼう」という人は少ない。悪気はないが、「自分たちがプロパー、自分たちのやり方が一番」と思い込んで、それに合わない人たちを受け入れることができない。そこが変わらないとD&Iは進んでいかない。
未来への投資として
企業がD&Iを進める際の基本ポイントをまとめてみよう。
● 「異質なモノを受け入れ、活かす」というD&Iの意味を正しく捉え、多様な人財を活かしていくことを企業理念や方針に盛り込む
● 社内人財の多様性をデータ化する。多様な人財が部門や役職にどのくらいいるのか等、社員の全体像を把握し、D&Iビジョンと戦略を決める
● 社長をスポンサーとして、有能人財をD&Iリーダーに任命し、各部門からもリーダーを選出する。D&Iチームは、
対象(女性、外国人、中途入社社員、シニア等)の優先度、組み合わせなどを決め、計画を立てる
全従業員に対し、D&I方針と人財の多様性状況を知らせる
採用、研修、評価、昇進などにD&Iの考え方・方針を反映させる
D&Iを活かしたチームの成功例を共有する
各部署のD&I浸透状況を定期的にレビューし、経営層に報告する
部門長・役員候補の要件にD&Iに関わる経験、貢献を入れる
国内市場には限りがあり、企業は海外に活路を求めている。グローバルに事業展開するには、D&Iの理解と実践が不可欠になる。そしてD&Iが企業文化として定着していくためには、長期的視野を持って経営層と人事部が取り組みを継続していくことが重要だ。先見性のある企業は、未来への投資として「多様な人財を活かす組織づくり」を20年以上前から始めていた。その成果はすでにグローバル競争力として表れている。