2015年03月27日掲載

Point of view - 第38回 桐村晋次 ―「現場・現物」重視が仕事の質を高める

「現場・現物」重視が仕事の質を高める

桐村晋次   きりむら しんじ
日本産業カウンセリング学会 特別顧問
古河電工人事部長、常務取締役、古河物流社長を経て、神奈川大学経営学部、法政大学大学院経営学研究科教授、日本産業カウンセリング学会会長などを歴任。
主著に、「吉田松陰 松下村塾 人の育て方」(あさ出版)、「人材育成の進め方」「人事マン入門」(以上、日経文庫)、「日本的経営の何を残すか」(共著、ダイヤモンド社)

 

現場監督たちのキャリアヒストリーを聞く

 古河電気工業に勤めていた1975(昭和50)年6月に、神奈川県の事務所の総務課長になった。それまでは本社の企画部内の課長補佐で、人事管理はやったことがない。総務課は、労働条件や労使関係、人事、厚生、庶務など担当範囲が広く36人の大所帯である。1200人いる工場の社員の人事考課も担当する。企画部門では中期計画や新会社の立ち上げをやっていたので、赴任後2カ月は業務の全体像を把握するのに毎夜12時ごろまで関係書類を読んだ。
 赴任後1週間は、作業者用の独身寮に住んだ。朝・夕の食事や風呂に一緒に入るので積極的に話しかけたこともあって顔見知りが増えていった。転勤前に当時の上司から「工場の作業現場はよく回れ」といわれていたので、事業所内の五つの工場をせっせと回った。
 作業者10~15人で作業組になり、作業長がいる。作業長4~5人を職場長が束ねているから、事業所全体で職場長が17人いた。「職場長で工場は動いている」と先輩に聞いていたので職場長との関係を密にするために、毎月1回「職場長昼食会」を持って私が会社の概況を説明し、職場長も各自の職場の課題など話した。

 1人の中卒を除いて16人の職場長は高等小学校卒(14歳)で入社してきている。戦争体験もあり、勉強の機会に恵まれてこなかったはずなのに知識も相当にあり、判断力や洞察力もある。どうやって職場長たちは能力を習得してきたのか、不思議に思った。そこで17人の職場長に、仕事の帰りに総務課へ寄ってもらって「作業者の教育の参考にしたいので、入社以来の仕事の覚え方、工夫や改善の仕方をどうやって習得したのか話を聞かせてほしい」とお願いして、1人につき1~2時間ヒアリングした。今のキャリア教育でいうと、キャリアヒストリーの聞き取り調査である。
 彼らの話によると、親方は「見てろ」というだけで作業について教えてくれない。親方の作業を見ながら用意した紙にメモし、家で整理してまとめた。分からないところは、小僧(当時そう呼ばれていた)が集まって「ああだ、こうだ」と話し合い、治具・工具や材料の並べ方も効率を考えて工夫した、という。親方の作業をメモしてまとめることは、作業マニュアルを自分たちで作成することであり、小僧同士の議論は改善能力の訓練そのものである。技術スタッフが作業マニュアルを与えて育てるほうが早いかもしれないが、自分で作業手順書を作ると思考力が身に付く。

 職場長や作業長などの監督者研修をやりたいと考えて、2人いた大卒社員に案を作らせたら、「部下指導の進め方」や「社員の定着率の向上」などが出てきた。職場長昼食会で研修テーマを話題に上げたら、「自分より年長の部下の指導法」「50代の社員の心と身体の変化」について専門家の講話を聞きたいという。スタッフと当人たちでは「何を学びたいか」について食い違いが出た。

「君は何を学びたいか」――教育ニーズの階層別調査

 4年後に本社の教育課長になった。着任時上司が「行事屋にならないように」とアドバイスしてくれた。新人受け入れ、新任管理職、販売員研修…と年間行事に流されてはいけない、ということであろう。まず管理者以外のスタッフの能力を高めるにはどこから手をつけるべきか調べようと考えた。教育ニーズの調査である。
 質問紙によるかなり大がかりな調査をした。「あなた自身が学びたい、学ぶべきだと考えている項目三つを選び、○をつけてください」とし、

  • 将来必要となる経営や管理についての知識・技能
  • 現在担当している職務についての知識・技能
  • 対話能力・折衛調整能力
  • 社会、経済、法律、ITなど幅広い基礎能力
  • 文章や起案書の書き方
  • 状況を客観的に把握し、分析する能力
  • 創造性や発想力を高める技法

など、20項目を挙げ、部長、課長、一般社員を対象とした教育ニーズの階層別調査を行った。
 社員(部下)が希望している学習テーマと、管理者が部下に求めているテーマには大きな乖離(かいり)があり、さらにヒアリングによって上司と部下が能力開発についてほとんど話し合ったことがない、ということも明らかになった。これを解消するために、毎年の自己申告書の欄に上司と話し合って「自分はどんな能力を伸ばすことを期待されているか」を記入してもらうことにした。

吉田松陰の「現場・現物」重視の考え

 今年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」に合わせて、松下村塾では人々がいかにして育ったかをまとめてほしいという出版社からの依頼で、昨年12月に「吉田松陰 松下村塾 人の育て方」(あさ出版)を書いた。木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文らの個々の育ち方、キャリアヒストリーを調べて共通項を引き出す作業であり、私の企業と大学でのまとめにしたいと考えた。
 その作業の過程で、吉田松陰が人生8度の大旅行の行く先々で目を凝らして各地の人や町を観察し、ものの値段も克明に書きとめ、京や江戸に赴く弟子にも見聞きしたことを詳しく松陰に書き送らせていることに気づいた。「現場・現物に触れることが最重要」と考えた松陰は、国禁を犯してペリーの艦に乗り込もうとして失敗し、幽閉の身となって「松下村塾」が始まった。切腹を覚悟して渡海を試みた先人を思うと、我々はインターネット、テレビの解説、学者や評論家の書いた二次、三次資料だけに頼るのではなく、現場・現物、一次資料、自分の目、耳、足で実態を把握することを忘れてはなるまい。



吉田松陰 松下村塾 人の育て方
桐村 晋次:著(あさ出版)

内容紹介 

吉田松陰の松下村塾では、2人の総理大臣をはじめ、幕末から明治の激動期において、
国家の体勢を築き上げた多くの逸材を輩出しました。
しかし驚くべきことに、松下村塾で松陰による教育が行われたのは、わずか2年4カ月。では、この短い間に、いったいどのような教育行われたのか?
本書では、その秘密を解き明かし、それをどう現代に応用するかまでに迫ります。