2015年06月26日掲載

Point of view - 第44回 平康慶浩 ―実効性のあるセカンドキャリア支援 ―これから人事部にできること

実効性のあるセカンドキャリア支援―これから人事部にできること

平康 慶浩  ひらやす よしひろ
セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役社長
人事コンサルタントとして、大企業から中小企業まで140社以上の人事評価制度改革を実施。大企業や官公庁における昇進アセッサー(面接官)としても活躍。アクセンチュア、日本総合研究所を経て現職。大阪市立大学経済学部卒。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。グロービスマネジメントスクール講師、SMBCコンサルティング講師、大阪市特別参与も兼ねる。
主な著書に、ベストセラーとなった『出世する人は人事評価を気にしない』(日本経済新聞出版社)、『7日でつくる新人事考課』(明日香出版社)、『うっかり一生年収300万円の会社に入ってしまった君へ』(東洋経済新報社)などがある。

 

■シニア社員も人事部も互いに不満を持っている

 50代の"やり手ビジネスパーソン"の本音で多いのが、会社への不満だ。
 「俺はこんなに仕事ができるのに、何でまもなく一丁上がり(役職定年・子会社出向・定年後再雇用)になるんだ」という不満は人事部員なら誰でも聞いたことがあるだろう。
 しかし人事部にしてみれば、彼らに対して不満だって言いたくなる。
 例えば、私が聞く本音の声にはこういう内容のものが多い。

●できる人だったらいくらでも残ってほしいんですけどね。問題になるのはできない人たちです。課長としてなんとかやってこられたとはいえ、なりたての若手課長よりも明らかに劣っている人もいる。さっさと役職から引いてもらわないと効率だって悪くなる一方です

●行ける子会社があるだけマシでしょう。僕たちの時代にはどれだけ残っているんだか

●成長する気のない人を60歳で再雇用したところで、やってもらえる仕事なんてせいぜいルーチンワークかノルマのある営業くらいです。そもそも雇ってもらえるだけ感謝してほしいですよ

●結局彼らの生活費のために雇い続けるわけですけど、それって究極的に言ってしまえば自己責任でしょう。バブルを経験しているんだからその頃にちゃんと貯金していればよかったんだ。キリギリスが暮らせなくなったからといってこつこつ働いている現役世代に頼らないでほしいですよね

 それぞれの言い分は、感情的には理解できる。しかし感情だけで問題は解決しないのだから、人事部としては何らかの答えを出さなくてはいけない。それが「セカンドキャリア支援」だが、はたして十分に機能しているだろうか。

■セカンドキャリア支援はなぜ機能しないのか

 多くの企業で導入されている「セカンドキャリア支援」は、概ね以下のようなものだ。

□ キャリア研修の開催
□ キャリアカウンセリング
□ キャリア選択支援制度/早期退職優遇制度

 セカンドキャリアというからには、それまでのキャリアを修了させる取り組みもセットだ。典型的な例を挙げてみよう。

□ 役職定年
□ 子会社・関連会社出向
□ 定年(その後再雇用)

 しかし、これらの仕組みがうまく機能している例は多くはない。
 例えば、役職定年した元部長や元課長が部署の雰囲気を悪くすることがある。とある商社の営業部で、役職定年した部長が会議に出席しては、あらゆる議題を否定するようになった。「そんなことは前例がない」「分析不足だ」「調整は済んでいるのか」などなど。そして最後には必ず「俺の時代はもっとうまくやった」と言っては、会議をしらけさせた。
 子会社出向では、子会社のプロパー社員のやる気をそいでしまう。「いくら私が結果を出したところで、部長は上から来ますからね」とあきらめている子会社課長は多い。
 定年再雇用された人の中にはまったく生産的な働き方をしない人だっている。「同じ仕事なのに40%も給与を下げられたらやる気なんて出ないでしょう」「やってもやらなくても毎年給与は下がるんだから、どっちを選ぶかと言われればそりゃねぇ」なんていう言葉すら出てくる。
 そんな状態を引き起こさないためにキャリア研修やキャリアカウンセリングを行うわけだが、なぜうまく機能しないのだろう。
 端的に言えば、「食いぶちのために雇ってやっている」という気持ちと処遇がすべての元凶だ。できそうなことを任せようとするけれど、それは本人のプライドを傷つける。シニア社員の中に「愚痴る」「すねる」「邪魔をする」という人が生まれてきてしまうのも、自分が認められていないという思いがそうさせてしまうのだ。
 彼らと言い争っても始まらないのだから、どうすればシニア社員を本当の意味で活性化し、活躍してもらえるようにするかを考えなくてはならない。
 そのための実効性のあるキャリア支援の方法はあるのだろうか?
 ヒントは社外にある。

■「出て行かせる」仕組みから「新しく始める」仕組みへ

 セカンドキャリア研修の場で、腕を組んだままテキストすら開かず、ずっと天井を見上げているシニア社員を見ることがある。会社から出席を指示されたから来たけれど、はなから聞く気なんてない。その姿勢を示すためのものだ。
 しかし社外に目を向けてみると、まったく異なる参加姿勢の研修がいくつもある。
 例えば、ある週末に起業セミナーを見学してみると、多くの参加者がテキストにびっしりと書き込みをしながら、前のめりで講師の話を聞いている。質疑応答の場ではどんどん質問が出てくる。
 出版セミナーも活況だ。カリスマ編集者や著名な著者の話を聞けるセミナーでは、高額な参加料金にもかかわらず常に満席が続く。私自身も登壇した経験があるが、積極的な参加姿勢に驚かされた。
 社会人大学院にも40代後半から50代の人たちは多い。そして彼らはやはり、進んで多くのことを学び、実践しようとしている。
 会社が指示するさまざまなセミナーと、社外の独自セミナーとの違いは、身銭を切って自分から参加するか、会社から指示されて出るかという理由で生じるのだろうか。
 そうではない。
 そもそもセミナーの趣旨自体がまったく異なることが原因だ。会社の指示するセミナーは、言ってしまえば「出て行ってもらうため」のセミナーだ。カウンセリングにしても同じ。しかし自分から参加するセミナーは「新しく始めるため」に受講する。会社員から起業家を経て社長になる。あるいは本の著者になる。アカデミックな道へ進む。それらの新しい自分になるための学習はとても楽しいものだ。
 さらに、より具体的な違いがある。それは社外のセミナーでは基本的にその人のキャリアを否定しないということだ。そしてキャリアに埋もれたその人の可能性を探す。例えば、先日TIME誌による「最も影響力のある100人」に選ばれた近藤麻理恵さんは東京女子大からリクルートエージェントに進んだが、子どものころから興味のあった「掃除」に自分自身の強みがあることを気づかされ、出版を経てブレイクした。その背景には彼女のキャリアチェンジを支援した出版コンサルタントの力がある。
 社会人大学院のグロービスでは、そこで知り合ったメンバーによる起業が盛んだ。株式会社i-plugもその一つで、ビジョンと事業計画づくり・WEBエンジニアリング・営業をそれぞれ分担した3人の起業家が立ち上げた。Offer-Boxという新卒向け完全成果報酬型のリクルーティングサイトはその規模を広げ続けているが、彼らの背中を押したのはグロービスの教授陣であり、チャレンジを肯定する人たちだ。
 セカンドキャリアを「出て行ってもらうため」のものとするか「新しく始めるため」とするかが根本的な違いを生んでいる。そのことに人事部のあなた自身も気づいているのではないだろうか。

■シニア層に「成長」への気づきを与える

 どうすれば新しく始めることができるのだろう。年齢とともに、なにかを始めることについて人はおっくうになる。始めてみても三日坊主になると思うかもしれない。始めたところで役に立たないと思うこともあるだろう。
 しかし「続けなくてもよい」「役に立たなくてもよい」と発想を切り替えると、始めることは容易になる。そのための支援を人事部が行うのだ。それは働く目的に対する気づきを与えることから始める。
 私たちが働く目的は、大きく四つに分類できる。自由、お金、成長、そして社会貢献だ。
 若いうちは自由度と引き換えにお金と成長を得ていく。経験とともにやがて自由度を得て社会貢献を考えるようになる。
 シニア層のセカンドキャリアを考える際に、人事部は「お金」の視点から気づきを与えようとすることが多い。老後の生活のための資金をどう確保するか、という視点だ。だから生活のために継続雇用のレールに乗るか、早いうちに転職するかを選択させる。しかし「お金」の視点からの取り組みはどうしても制約を意識させる。年齢、経験、生活のニーズなどが制約となり、その範囲でできることを選ぶ後ろ向きの発想が生まれることになる。

 セカンドキャリア支援を実効性のあるものにするためには、シニア層に別の視点を与えなくてはならない。それは制約を生まずに「新しく始めるため」のものだ。
 「成長」の視点が最も適していることはすぐに分かるだろう

 成長は経験によって得ることができる。そのために新しく始めることはとても有効だが、そのためにはまず、自分が何者なのかを理解してもらう必要がある。それは自分というブランドを確立するきっかけでもある。

■パーソナルブランドを意識させる

 自分というブランドを確立するということは、典型的には自己紹介の言葉が変わるということだ。「〇〇株式会社の△△です」から「△△です。□□という仕事をしています」と変化する。
 しかし、現在のシニア層の多くは就社意識とともに歩んできた人たちが大半だ。
 固定観念に縛られた彼らの意識を変えることはとても難しいが、パーソナルブランディングの手法を取り入れることで可能になる。
 パーソナルブランディングは二つのステップから実現できる。
 第一に、ブランディングしたい自分自身の特徴を明確にすること。これは強みでなくても構わない。他者と差別化できる特徴をクローズアップする。その人が他人からどう見られたいのかということでも構わない。
 自分自身の特徴を正しく自分自身で定義することはなかなか難しい。そこで「人的資本棚卸し」という手段を紹介する。拙著『出世する人は人事評価を気にしない』(日本経済新聞出版社)で紹介したこの手法は、自分自身の経歴を「経験」と「つながり」の二軸で整理するものだ。その上で、整理した経験とつながりから、その人の人生のストーリーを紡ぎ出す。そしてそれらの新しい使い道を探すという作業だ。
 いきなり専門性を探そうとするのではない。分かりやすい専門性を探そうとすると、どうしても今の部署で実際に担当している職務が中心となってしまう。それでは他者と異なるブランドが生み出せない。ブランドにはストーリーが必要であり、それは人生を振り返ることでのみ明確になる。

 第二に、情報発信すること。最初は社内ネットワークの社員自己紹介でも構わない。社内規程が許すのなら、LinkedInやFacebookもいいだろう。ブログを始めることもお勧めできる。一橋大学イノベーション研究センターの米倉誠一郎教授が提起する「2枚目の名刺」という手段も有効だ。抽出したストーリーから見いだせるその人の特徴は、パーソナルブランドとして成熟していくことになる。

■「新しく始めるため」のつながりを支援する

 新しく始めることは、新しく誰かとつながり、そこで新たな行動を始めるということだ。
 そのために自分の特徴を明確にし、情報発信するわけだが、すぐに結果が出ないことも多い。そこで次に人事部として支援できることがある。例えば、以下のものだ。

社内向け
□ 社内研修講師
□ 人事交流(希望制での人事異動)
□ 部門間プロジェクト配属
社外向け
□ 社外派遣(ジョイントベンチャーなど)
□ 社外向け講師

 新しく始めることを、本人任せにしているだけでは効果は生まれない。
 棚卸ししてあらためて気づいた自分の特徴を活かせる場を与える。それは人事部にしかできないことだ。

■働く意識を変革していく

 セカンドキャリア支援の本質は、固定観念の変革であり、働く意識の変革だ。激しい環境変化の中で、30年前に就職した人たちに求められる働き方も変化している。だからこそ人事部は変化を意識し、変化を肯定し、成長に結びつけていかなくてはならない。
 「食いぶち」意識の人たちに、自分たちがまだ成長できることを知らしめる。そのための支援をしていく。それこそがこれからの人事部に求められる役割の一つではないだろうか。