2015年08月28日掲載

Point of view - 第48回 西村孝史 ―職場のソーシャル・キャピタルをつくる人事

職場のソーシャル・キャピタルをつくる人事

西村 孝史  にしむら たかし
首都大学東京大学院 社会科学研究科経営学専攻 准教授
メーカーにて人事に従事後、大学院に進学。2008年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。商学博士(一橋大学)。徳島大学、東京理科大学を経て2013年より現職。専門は、人的資源管理論、組織行動論。主な研究テーマは、戦略人材マネジメント、ソーシャル・キャピタル、人事施策の柔軟性に関する研究など。最近では、『人事の潮流』(経団連出版編・2015年)の中で「『職場』機能の再認識と現場人事」という章を執筆している。

 

■職場の非公式な関係へのまなざし

 「職場の非公式な関係に人事が関わる」。一見すると矛盾した表現に思うかもしれない。なぜなら職場が持つ固有の人間関係に人事部門が関わったら、それはもはや非公式な関係ではないからである。しかし、少し考えてみると、人事部門はほとんど意識していないけれども、人事の諸施策は職場の人間関係に影響を与えている。そこでこのコラムでは、職場の持つソーシャル・キャピタル(=社会関係資本)という観点から人事の在り方を考えてみたい。
 職場の非公式な関係とは、文字通り、公式上の組織図では現れない職場での人間関係である。職場の非公式な関係に注目した研究として有名なのは、1920年代半ばから1930年代初頭の約7年半にわたって行われた「ホーソン工場実験」であろう。ホーソン工場実験では、リレー(継電器)組立実験や照明実験が行われ、生産性向上に重要なのは、物理的な作業環境や経済的条件ではなく、社会的要因や心理的要因であることを明らかにした。つまり、職場の生産性に重要なのは、職場の仲間意識や監督者(管理職)との友好関係なのである。
 翻って現代の日本企業をみると、職場の力が衰退していると言われている。理由はさまざまあるが、成果主義の導入により職場がギクシャクしたであるとか、若年層の意識の変化、グローバル化による一体感の低下などが挙げられている。真偽のほどは分からないが、皆が何となく職場の持つ強みが弱体化していると感じている。ただし、このコラムでは、古き良き日本企業に立ち戻れと言っているわけではないことを強調しておきたい。多様な背景を持った従業員や多様な雇用形態の従業員による異質性に富んだ職場では、これまでの同質的な職場とは違う新しい職場の連結方法が求められるからである。
 そこで職場の衰退や変容を踏まえて、ここ数年、人事の役割として組織開発が主張されている。簡単に言えば、組織の強み、いわゆる組織力をどのように開発するか、という話であるが、「では何をすればよいか」という話になると、途端に飲み会の補助であるとか、運動会などのイベントに落とし込まれてしまう。もちろんそれ自体も一つの組織開発の姿ではあるが、組織力を高めるという観点から考えると「風が吹けば桶屋がもうかる」のように距離がある。

■ソーシャル・キャピタルという概念

 人事管理の研究という文脈で職場を捉え直したとき、注目されている概念が「ソーシャル・キャピタル」である。
 ソーシャル・キャピタルとは、「関係性の中で得られる資源」であり、「この人のために一肌脱ぎたいと思わせる力」である。よく言われるヒューマン・キャピタル(=人的資本)は、本人に備わっている能力であるが、ソーシャル・キャピタル(=社会関係資本)は、他者の存在があってこそ成立する概念であるため、組織的な資本として扱われている。元々ソーシャル・キャピタルは、政治学や開発経済学などで用いられてきた概念だが、最近では経営学でも企業内における関係性や企業の提携関係の成否に関わる要因としてソーシャル・キャピタルを用いるようになってきている。
 ソーシャル・キャピタルを個人の集合体として捉えるのか、一つの組織単位として捉えるのか、研究によって見解は分かれているが、個人レベルでソーシャル・キャピタルが高い人は、アドバイスや助言が得られたり、昇進が早い、離職意思が低いといったことが言われている。また、組織レベルで見た場合、ソーシャル・キャピタルが高い職場では、生産性が向上したり、研究開発の成果が向上するといった結果が主張されている。つまり、ソーシャル・キャピタルとは、組織力を捉える一つの見方なのである。

■人事はソーシャル・キャピタルをどのように使うか

 では、人事がソーシャル・キャピタルを高めるために何を考えたらよいのであろうか。ここでは二つの点にだけ触れておく。
 一つは、人事異動を今一度考えてみることである。もし皆さんの会社がジョブローテーションや定期人事異動を実施しているとしたら、なぜそれらの施策を行うのかを丁寧に考え、検討したことがあるだろうか。ある調査では、最初の配属がその後のキャリアを大きく規定するという。つまり、初任配置は本人からしてみれば「社内のつながりをどこで構築するのか」ということであり、人事部門が本人に大きな影響を与えている。また、同じ職種内での異動は、同じ職種でのつながりをより深化させることになり、いわば同質性を強化する方向に作用する。最後に、職能間の異動は、職能の異なる人を結びつけることに他ならない。一口に人事異動と言っても、それぞれの異動が持つ本質的な意味は異なり、「誰と何をつなげる」のかという発想が求められている。
 もう一つが評価である。評価は、単に会社の中で人をランクづけするだけでなく、戦略達成のために従業員の行動を水路付ける役割もある。例えば、成果が重視される評価体系の下で仕事を頼む相手が複数いるのであれば、私達は仕事ができる特定に人にお願いするだろう。人事は、何が評価されるのかを変えることによって社内の人のつながり方に間接的に影響を与えることができるのである。
 今、組織力を高めるために人事がすべきことは、表層的な組織開発ではなく、より本質的な組織開発なのである。