2015年11月13日掲載

Point of view - 第53回 酒井 穣 ―2025年、介護問題があなたの会社を破壊する!

2025年、介護問題があなたの会社を破壊する!

酒井 穣  さかい じょう
株式会社BOLBOP代表取締役会長 事業構想大学院大学・特任教授
フリービット株式会社(東証マザーズ)取締役 認定NPO法人カタリバ 理事
慶應義塾大学理工学部卒、オランダTilburg大学経営学修士号(MBA)首席。人事コンサルティングを中心とした業務の中で「仕事と介護の両立」というテーマに取り組む。介護情報サイト「KAIGO LAB」編集長。年間50本程度の講演をこなしつつ、毎年3冊程度の書籍も執筆している。
KAIGO LABホームページ: 
http://kaigolab.com/

 

■介護をしている事実は、会社に知られたくない

 日本で、介護をしながら仕事をしているのは、公式には240万人と言われる(総務省統計局「平成24年就業構造基本調査」)。しかし、この結果は企業が把握している数字にすぎない。日経ビジネス(2014年9月号)による調査では、会社が把握していない、介護をしながら仕事をこなしている「隠れ介護」は1300万人にもなるという。これは、日本の労働力人口の5人に1人(20%)という数字である。自分が介護をしているという事実を、会社に知られたくない(または、知らせる必要がない)と考えている人が非常に多いということだ。
 その本当の理由は、分からない。ただ、20年以上親の介護をしている私自身も、過去に所属していた会社に、介護のことを伝えたことはない。私自身が「隠れ介護」であった。私の場合は、介護を会社にカミングアウトしたところで、会社が助けてくれるわけではないし、むしろ、昇進のチャンスを失う可能性を恐怖していた。介護というのは、被介護者の老化が進むと、その負担が重くなる。
 1300万人の「隠れ介護」が、介護を理由に会社を辞める決断をする日は、近づいてきている。「将来は、仕事を続けられない」と考えている介護者は、3割程度というデータ(平成24年度厚生労働省委託調査)もある。近く、ここが爆発する。

■介護の「2025年問題」

 75歳を超えると、介護が必要になる人が急に増える(要介護出現率=約14%)。人数が極端に多い団塊世代が75歳に到達するのは2025年ごろである。悪いことに、団塊世代の介護をすることになる団塊ジュニア世代は、今の介護世代(主に50代)よりも兄弟姉妹の数が少ない。未婚率も高い。結婚していたとしても、共働きが多い。団塊ジュニア世代は、1人当たりの介護負担が大きいのだ。
 老人ホームを利用すれば、介護と仕事の両立も可能と考えるのは安易である。既に現時点で、自治体が運営する割安の特別養護老人ホームは、入居待ちだけで50万人を超えている。この状況は、国の財政難を考えれば改善を見込めない。比較的入居しやすい民間の老人ホームは、平均で月額25万程度と、一般には踏み切れない価格設定になっている。このままでは、団塊ジュニア世代の介護が本格化する2025年以降、介護を理由とした退職の増加は避けられない。

■育児と介護は似ていない

 介護に対する理解が浅い会社の場合、介護の必要な従業員には、育児休業と同様に、介護休業を与えればそれでよいと考えてしまうかもしれない。しかし、従業員という立場から見たとき、育児と介護はまったく似ていない。
 まず、育児というのは、自分も過去に子供として経験してきた道を、子供にも(より高いレベルで)通過させるということであり、その全容をイメージしやすい。しかし介護は、まったく経験したことのない事件であり、その全容の把握が難しい。また、子育てをしていることはカミングアウトしやすく、職場には子育ての先輩も多くいるため、相談に乗ってもらえるし、手のかかる時期には同情されたりもする。しかし介護はカミングアウトしにくいだけでなく、職場に介護の経験者がいるのかも分からない。
 育児は、大変ではあるものの、仕事をがんばるモチベーションの源泉にもなる。しかし介護は、ただどこまでも大変なだけで、それが仕事をがんばるモチベーションになりはしない。育児と仕事の両立は、妊娠中~育児休暇終了までを準備期間として、いろいろと考えることができる。しかし介護と仕事の両立は、一切の準備期間なしに、いきなり、多くはパニック状態で幕をあける。そして育児には、20代前半くらい、子供の独立というある程度明確な「終わり」がある。しかし介護の「終わり」とは被介護者の死であり、それがいつになるかはまったく見えない。医療技術の向上が、この問題をより難しくさせる。

■企業が行うべき具体的な対策

 何も対策を打たなければ、あと数年で、ベテラン/管理職になっている団塊ジュニア世代が介護を理由に会社を辞めて行く。ここに、労働力人口の減少による採用コスト上昇(ここ5年だけでも2倍になったといわれる)が重なる。介護問題は、もはや経営の最重要課題である。しかし今、法定の介護休業を上回る制度を整えて、なんらかの対策を行っている企業は全体の3割にも満たない。
 佐藤博樹教授(中央大学大学院戦略経営研究科)の提言によれば、①事前の心構えや準備のための情報提供(→本人40歳、本人50歳、親65歳の時点で行うべき)、②従業員が介護の課題に直面した時点での対応(→(a)相談できる環境整備、(b)離職するリスクと仕事との両立の重要性の喚起、(c)多様な介護ニーズに対応できる情報提供、(d)柔軟な働き方ができる環境の整備)などが重要になるという。
 これを受けて、私は、仕事と介護の両立という視点での情報提供を行う「KAIGO LAB」を立ち上げた。ぜひ、参考にしていただきたいと思う。