2015年10月09日掲載

Point of view - 第51回 花井 淳 ―部下から上司へのパワハラ

部下から上司へのパワハラ

花井 淳  はない あつし
弁護士 花井綜合法律事務所 代表
京都大学法学部卒業後、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)にて法人向け融資等を担当した後、弁護士登録し、大阪の大手法律事務所での勤務弁護士を経て、名古屋にて花井綜合法律事務所設立。
企業向けのサービスに特化し、労働紛争対応や労務管理の相談、事業承継、事業再生等を中心に取り扱う。

 

特に中小・零細企業で多数発生――部下から上司へのパワハラとは

 通常、「パワハラ」というと、上司から部下へのハラスメントが取り上げられることが多い。
 確かに、パワハラが具体的な問題となり、訴訟等にまで発展するケースとしては、上司から部下への嫌がらせによるものが圧倒的多数を占めると思われる。
 この結果、世間において「パワハラ」とは、上司が自身の業務に関する指示権限、人事権さらには決裁権等を利用・背景して、部下に有形・無形の嫌がらせ(ハラスメント)をする行為であると認識されている。

 しかし、中小企業経営者からの労務相談を受けていると、表立って紛争にまで発展していないが、特に中小・零細企業においては、部下から上司に対するパワハラが多数発生し、上司や経営者にとって、大きな悩みとなっていることが多いことに気づく。

 厚生労働省の定義においても、パワハラとは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されており、決して、上司から部下に対する行為に限定されておらず、部下から上司に対するパワハラや同僚間のパワハラが存在することも前提にしている。

できる部下、評価者としての部下が上司を追い詰めている

 部下から上司へのパワハラが発生する背景として、①上司よりも部下の方が技術的に優れているケースの増加、②360度評価等の実践による部下が上司を評価するケースの増加の2点が挙げられることが多い。
 ①については、IT産業などにおいてよく見られる事象であり、最先端の知識・技術に関しては、若者である部下の方が長(た)けている場合も多く、その場合に部下が上司をばかにする、上司の命令について「技術や知識をわかっていない」人間からの指示として、軽視するという形で現れる。
 ②については、昨今、上司の評価を部下にさせるという人事評価制度を導入する企業が増加したことから、部下が「人事権」を背景に上司に嫌がらせ行為をするという現象が発生している。
 これらのケースは、上司といえども最終的な権限を有していない、いわゆる中間管理職が被害者となることが多く、大企業や中堅企業などでよく見られるパワハラである。

中小・零細企業では経営者が被害者に

 一方、中小・零細企業における部下から上司に対するパワハラは、上記のようなケースとは異なる特徴を持つように感じる。
 中小・零細企業における部下から上司へのパワハラは、「自分が辞めたら仕事が回らなくなって困るだろう?」という当該企業における代替人員不足に乗じて、自己の要求を上司や経営者に承諾させるという形で顕在化することが多く、パワハラの加害者が当該企業における幹部社員であり、被害者が経営者であるというケースが多々見られる。

 中小零細企業における幹部社員は、まさに経営者の右腕として、営業や現場部門等の企業において欠かせない部門の実権を掌握していることも多く、担当部門については、経営者も当該幹部社員を通じてしか状況を把握していないことも多い。
 幹部社員は、このような状況を悪用し、自身の存在の会社における重要性・貢献度を誇張して経営者に伝えることによって、経営者までも自己の都合の良いようにコントロールしようとしだすのである。
 私が実際に相談を受けた事例でも、製造業における工場長のような立場の幹部社員や営業部長が増長した結果、自己の退職を示唆しつつ、給与の大幅増額を求めたり、自身に都合の悪い社員を辞めさせるように経営者に迫ったりするなどの行動を起こしたり、社内で堂々と経営者の悪口(あいつは無能だ。この会社は、俺がいるから存続できているんだ)を言うなどの行動が見られている。

 経営者は、当該幹部社員の行動を問題だと感じていても、退職されることの業務への影響の大きさを恐れ、当該幹部社員を注意することもできず、言われるがまま給与を支払い、さまざまな要求をのむという状況に陥りやすい。

 この時の特徴として、現実的には、当該幹部社員は、自身の部下に対してもパワハラ等を行っていることも少なくない。部下からの信頼が得られていないため、実際には担当部門の実権を掌握できていない、すなわち、当該幹部社員が退職したとしても、業務を回すことが可能であるにも拘らず、過剰な自己PR(自分がどれほど重要な存在か)によって経営者が惑わされ、その社員が退職したら業務が消化できず、顧客に迷惑をかけることとなり、自社の信頼が失墜すると思い込んでいるケースが多いのである。

労働環境だけではなく、経営者の環境にも目を向ける必要が

 このようなケースは、幹部社員に虚言癖があるなどパーソナリティーに問題があるケースが多いように思える(私が実際に遭遇した事例では、ほとんどのケースにおいて、明白なうそを日常的についていることが確認されている)。
 また被害者となる経営者は、幹部社員のうそを信じ込んでしまい、疑うことすらしなくなる結果、さらに幹部社員が増長するという悪循環に陥るのである。

 中小・零細企業においてこのようなパワハラがいったん発生すると、職場環境の悪化や業務の効率性の悪化などが、回復できないほどのレベルで発生することが多く、当該企業は実質的に致命的な損害を被ることも少なくない。
 このようなパワハラの被害に遭わないためにも、幹部に据える従業員の選定や業務の状況の正確な把握に努め、問題が発生した場合には、厳格な対応を心掛けることが必要であろう。

 労働環境の改善は、常々労働者の労働環境の改善という視点から述べられることが多く、現状、当該視点からの課題も多いのも事実だが、経営者側の環境という側面からも議論を行うことが必要なのではないか。