2015年11月27日掲載

Point of view - 第54回 山元浩二 ―今いる社員で会社を着実に伸ばす法

今いる社員で会社を着実に伸ばす法

山元浩二  やまもと こうじ
日本人事経営研究室株式会社 代表取締役

日本で随一の人事評価制度運用支援コンサルタント。
会社のビジョンを実現する人材育成を可能にした「ビジョン実現型人事評価制度」を日本で初めて開発、独自の運用理論を確立した。
導入先では社員の評価納得度が9割を超えるなど、経営者と社員双方の満足度が極めて高いコンサルティングを実現。その圧倒的な運用実績を頼りに、人材育成や組織づくりに失敗した企業からオファーが殺到するようになる。
著書に、累計25刷のロングセラーを誇る『小さな会社は人事評価制度で人を育てなさい!』(KADOKAWA中経出版)などがある。

 

 良い人材が来てくれない。優秀な社員ほど、すぐに辞めてしまう。そんな悩みを抱えている中小企業の問題点、それは、社員を成長させる仕組みがないことです。しっかりした仕組みをつくれば、社員の潜在能力が開花します。今いる社員だけで、会社を成長させることができるのです。

今いる社員の力を十分に生かしていますか

●小さな会社ほど人材育成に力を注ぐ必要がある
 会社組織は人で成り立っている「生き物」です。人が成長しなければ、会社の成長もありません。言い換えれば、停滞して伸び悩んでいる会社は、人が伸び悩んでいるのです。
 小さい会社ほど、社員1人が組織全体に与える影響は大きなものになります。1000人の中の1人と10人の中の1人では、全体に与える影響の大きさは100倍違うのです。ですから私は、「小さな会社ほど人材育成に力を注ぐ必要がある」と考えています。

●人材教育をする余裕がない
 交流会などで中小企業の経営者に会うと、私はよくこんな質問をしてみます。
「社長、ヒト・モノ・カネの中で一番大事な経営資源は何だとお考えですか」
すると、誰もがこう答えます。
「ヒトに決まっているじゃないですか」
そこで、私はさらに質問します。
「では御社では、ヒト・モノ・カネの実際の優先順位はどうなっていますか」
すると社長は口ごもり、
「…………ヒトが一番後になってしまっているなあ」
 これが中小企業の現状です。ヒトが最も重要な経営資源だと分かっていても、ヒトへの投資にはなかなか踏み切ることができません。大企業と違って資金力は乏しいし、リーダーは目先の売り上げを伸ばすのに手いっぱい。時間と費用を掛けて社員教育を行うのは難しいのです。
 社員が教育を受けている間、生産活動はストップします。生産性をゼロにしてまで社員教育をする余裕はない、と考える経営者が多いのも致し方ありません。そんな時間を使う暇があるのなら、目の前の商品をもっと売って、少しでも利益を上げるのが先決だと考えている経営者が多いのも事実です。
 その結果、社員教育はせいぜい新入社員研修止まり、あとは「習うより慣れろ」「仕事は盗んで覚えろ」になりがちです。そして何か問題が起きたとき、場当たり的に対応します。

●人を育てる仕組みが必要
 社員が育たないのは、社員教育が行われていないからだけではありません。人事評価制度が整っていないことも、社員を不安にさせ、やる気をそいでいます。
 社員が10人を超えたくらいの段階で、きちんとした評価体系を整えるべきだと私は考えていますが、実態はそうではありません。社員数100人を超える中小企業でも、社長が1人でエンピツをなめなめ人事評価し、給与や賞与を決めているケースが少なくないのです。中間管理職から情報を収集しているにしても、判断の基準はあいまいで、恣意(しい)的なものになりがちです。いきおい、数字を上げている社員、目立つ社員ばかりが評価されます。これでは、真面目にコツコツ努力している社員が浮かばれません。やる気をなくして当然です。
 中小企業は、「今いる社員を育て、業績につなげる」必要があります。いくら小さな会社でも、場当たり的な教育方法や、いい加減な人事評価をしていたら社員は育たず、会社も成長しません。
 では、どうしたら今いる社員を戦力化し、稼げる人材に育てることができるのでしょう。それは継続的、かつ計画的に人材を育成する仕組みをつくることです。

社員の力を引き出す人事評価制度をつくろう

●ビジョン実現型人事評価制度のすすめ
 人材育成の分野では昨今、グローバル人材の育成や、多様な人材を活用するダイバーシティー・マネジメントの必要性が叫ばれています。しかし、中小企業にとってこうした取り組みが本当に必要なのでしょうか。
 それ以前にやるべきことがあります。それは、今いる社員の潜在能力を引き出し、生かし切ることです。
 優秀な人材は大手企業に行ってしまい、中小企業には集まらないのが現実です。ですから、優秀な人材を獲得しようと悪戦苦闘するより、今いる社員を「稼げる人材」に育てることが、最優先課題なのです。そのためには、人を育てる仕組みが必要です。それがなければ、仮に優秀な人材を採用できたとしても、短期間で辞めてしまうでしょう。
 そこで私が提案したいのは、「ビジョン実現型人事評価制度」の導入です。これは、人材育成を通じて会社の経営目標を達成する仕組みです。この会社は何を目指しているのか、ビジョン実現のためにはどのような人材が必要なのかを考えて、人事評価制度をつくります。会社のビジョンと人事評価制度が連動しているのが、この制度のポイントです。

ビジョン実現型人事評価制度とは

●社員と会社の自動成長装置
 [図表1]は、ビジョン実現型人事評価制度の全体像を示したものです。
 ビジョンと人事評価制度は連動しています。経営計画書にまとめられたビジョンや行動理念に基づいて社員は行動し、評価されます。
 上司は、部下に評価結果を伝えて終わり、ではありません。「評価」「課題の明確化」「育成面談」「目標設定」「達成度確認」そしてまた「評価」というプロセスを繰り返していくのです。このサイクルがきちんと継続できれば、社員は必ず成長します。

[図表1]ビジョン実現型人事評価制度

 社員一人ひとりの目標達成は、会社のビジョンの実現につながっています。ビジョン実現型人事評価制度は、継続的、自動的に人材教育を行い、会社を成長させます。社員を育て、業績を伸ばし、社員の幸福と会社の発展を両立させる制度なのです。
 そのために必要なのが、「ビジョン実現シート」と「評価制度」です。

●ビジョン実現シートをつくる
 ビジョン実現シートとは、1枚の紙に「経営計画書」と「人材育成計画」をまとめたものです。
 繰り返しますが、人事評価制度の最大の目的は、人材育成を通して経営目標を達成し、全社員が幸せになることです。どういうプロセスでこれを実現し、そのために解決すべき課題は何なのかを1枚のシートに落とし込みます。まず、これを明確にして評価制度に落とし込むのです。
 [図表2]に、その作成手順とそれぞれの項目の内容とポイントを示したので参照ください。

[図表2]ビジョン実現シートの作成手順とポイント(クリックして拡大)

人事評価制度のポイントは、制度の運用にある

●サイクルに従って運用する
 [図表3]は、人事評価制度を現場で運用する際のプロセスを示しています。この6つのステップに従って運用できるかどうかが、評価制度の成否を握る鍵になります。

[図表3]ビジョン実現型人事評価制度運用6つのステップ

 最初のステップは❶「評価の実施」です。評価は「直属の上司」「その上の立場の上司」「本人」の三者で行います。あらかじめ各人に「評価シート」を配布して、評価項目について「A・B・C」のいずれかに「○」をつけてもらいます。判断理由も必ず記入してもらいます。評価するときのポイントは、次の3つです。
[1]事実のみを評価する
 評価者がはっきりと認識できる結果や、事実のみを評価します。「行っていただろう」「発揮されていただろう」などと想像で評価してはなりません。
[2]評価基準の項目についてのみ評価する
 例えば「英語が堪能」など評価項目以外のスキルや、人柄、性格などは評価の対象外です。
[3]自分の判断基準で判断しない
 「俺が若いころはもっとできていた」などと、自分の判断基準で評価してはなりません。

●育成面談で部下の成長を支援する
 ステップ❺の育成面談こそ、「成長支援の場」です。これをないがしろにすると人事評価制度は必ず失敗するといってよいほど、重要なものです。
 上司は評価期間を振り返り、「各評価項目の判断理由」や「次の成長に向けた課題、目標」などをまとめた「育成面談シート」を用意しておきます[図表4]。実際の面談では、このシートを基に、本人の意見を引き出しながら一緒に考え、次期に向けての改善課題、目標を明確に伝えます。

[図表4]育成面談シート(クリックして拡大)

 また、面談後のフォローも大切です。次の評価までの期間、上司は部下の目標や役割がどこまで進捗(しんちょく)、達成しているかを毎月定期的にチェックし、必要とあれば支援やアドバイスをします。

 社員を育てる評価基準の運用の仕方について重要なポイントをお話ししましたが、ご理解いただけたでしょうか。
 即戦力にと、管理職や幹部候補生を中途採用しても、なかなかうまくはいきません。手間は掛かりますが、今いる社員を着実に育てるほうが賢いやり方です。改革のために新しい制度を取り入れるのですから、これまでのやり方や考え方を思い切って変える覚悟も必要です。社員全員が主体的にチャレンジしながら成長できる人材となるまで、諦めずに徹底して実行してください。