2016年01月29日掲載

Point of view - 第56回 ニールセン北村朋子 ―デンマーク・北欧における生き方、働き方、考え方

デンマーク・北欧における生き方、働き方、考え方

ニールセン北村朋子  にーるせん きたむら ともこ
デンマーク在住ジャーナリスト

2001年よりデンマーク、ロラン島在住。ジャーナリスト、コンサルタント、コーディネーター。デンマーク・インターナショナル・プレスセンター・メディア代表メンバー。
2012年デンマーク・ジャーナリスト協会Kreds2賞受賞。関心領域は持続可能な社会づくり、気候変動適応、再生可能エネルギー、農業、食、教育。著書に『ロラン島のエコ・チャレンジ~デンマーク発、自然エネルギー100%の島』。神奈川県茅ヶ崎市出身。

 

デンマークのワーク・ライフ・バランス

 日本でも男女共同参画社会、ワーク・ライフ・バランス、イクメンなどの言葉に、多くのメディアが注目にするようになって久しい。安倍政権が掲げるアベノミクスの『3本の矢』 の中でも「民間投資を喚起する成長戦略」として、全員参加の成長戦略、女性が輝く日本などの項目で政策を示しており、さまざまな試みが行われているようだ。

 高度成長期に生まれ、バブル経済の時代を謳歌(おうか)した私は、会社員時代、実によく働いた。仕事で徹夜したり、午前さまになったりしたことが何度もあったし、仕事の後に同僚と食事をして終電近くになることもよく経験した。前日、どんなに遅くなっても、翌朝はまた9時にはオフィスで仕事を始めなければならないし、そのためにはすし詰め状態の電車に乗るという苦行にも耐えなければならない。
 これまでにしたどの仕事も楽しかったし、いい上司や同僚にも恵まれ、学んだことも多かった。昔の同僚にたまに会うと、つらかったこと、大変だったこともたくさんあった、という話になることもあるが、私の場合、振り返ると、楽しかったことばかりが思い出されるので、得な性格なのかもしれない。
 それでも、会社員を辞めてフリーランス(当時は映像翻訳家)になったのは、毎日、どんな仕事の状況でも、必ず毎日9時に出勤するために、あの満員電車に乗らなければならないことや、なかなか定時で帰れない仕事のリズムに疑問を抱くことが度々あったからだと思う。

 そんな私がデンマークに暮らし、仕事をするようになって驚いたのは、この国では共働きが多いこと、残業をしないこと、金曜日が半日勤務であること、休みや休暇をしっかり取って自分の時間、家族との時間、友達との時間を楽しんでいること――である。ほとんどの家庭が共働きなので、幼稚園やフォルケスコーレ(デンマークの義務教育を担う一般的な小中一貫校)では、日本の学校にあるような父母参観はない。その代わりに、毎日皆がそろって夕食を食べられるので、そこで、その日一日にあったことを、子供も親もワイワイ話しながら共有することができる。

 デンマークで、なぜこのようにほどよいワーク・ライフ・バランスを保つことができるのか、そこには、以下に挙げるようないくつかの理由がある。

【法制度】

● 労使協定により、労働時間は週37時間である→労働組合や労使関係が成熟しているがデンマークでは、企業別ではなく産業別に充実しており、労使交渉も対等に行われている

● 労働時間は、平均的に朝6時~夕方6時までの間の8時間勤務、金曜日は午後1~3時までに仕事を終える人が大半

● 土日祝日は休み。年次有給休暇は年間5週間

● その日の労働後、次の労働時間まで最低11時間は空けなければならない

● 4カ月平均の週の労働時間は48時間以内でなければならない

● 7日間のうち、最低1日は休まなければならない

● 主休暇(メイン休暇)は5月1日~9月30日までの間に、3週間連続で取る

● 残りの2週間の休暇は、できる限り2週間連続、もしくは5日ごとの休暇とする

● 夫婦合わせて52週間の出産・育児休暇

● 通常、残業は最初の3時間が基本時間給の50%増、それ以降は100%増

● 日曜・祭日出勤は基本時間給の100%増

【社会の仕組み】

● 短い労働時間

● フレキシブルな労働時間

● 在宅勤務

● 社員間の信頼

● 安価な幼児保育

● 子供の病気の1日目に親の休暇取得が可能

● 待機児童なし

● 義務教育、公立高校、国公立大学が機能し、十分にその役目を果たしている

● 介護制度の充実

"信頼に基づく裁量"が仕事の基本、残業発生は上司の責任

 デンマークの仕事の世界は成果主義が基本であり、結果さえ出せば、仕事の配分や仕方などは各人の裁量に任されているといっていい。担当者ごとにある程度の裁量権も持たされているため、会議や報連相も必要最低限で済む。各人の裁量に任せることができるのは、上述の通り社員同士の信頼関係があるからで、それを担保しているのが、実社会に生かせるPBL(Problem Based Learning =問題解決型学習)教育の充実である。
 また、チームや部下に残業が発生するのは、目標設定や仕事の配分、適材適所の人材登用などに不備があるということで、管理者=上司の責任も問われることになる。前述のような高い残業代が多く発生するような状況は、企業や組織の経営には大きな負担となる。部下やチームスタッフが定時で仕事を終われるようにするために、上司にも大いに責任があるのだ。

働き方、生き方、考え方を進化させるとき

 冒頭、会社員時代には実によく働いた、と書いたが、現在、フリーランスとしても、その頃以上によく働いている。ただ、「よく」の意味合いがかなり変わってきたかもしれない。よく働き、よく休み、よく楽しみ、よく学ぶ。社会に生きる自分、自然の中の一部としての自分の役割とは何かを考え、自覚しながら暮らしているという実感と心地よさがある。

 最近、お隣のスウェーデンでは1日6時間労働へとシフトしつつある。週55時間働く人は、週35~40時間の人に比べ脳卒中になるリスクが33%上昇するとの調査結果などを踏まえて、労働時間短縮に踏み切ったわけだが、1日の労働時間が凝縮されることで集中力が高まり、モチベーションも上がって、短時間で仕事を仕上げるエネルギーが湧き上がるので、生産性も落ちることはなく、その上、社員はハッピーで休みも十分に取っているため、社員間の対立も少ないという調査結果が出ている。

※University College Londonの調査による

 デンマークでも、労働時間のさらなる短縮が議論になっており、質の良い従業員の確保や生産性の向上、公害を抑える効果、より公平、平等な社会の確立、民主主義の強化に効果があると考えられる――とメディアも指摘している。

 一方、総務省統計局の調査によると、正規雇用者の中で週60時間以上働いている人の割合は、男性で16.7%、女性で6.4%に上っている。日本に来るたびに、朝早くから夜遅くまで開いている商店や企業、サービスを便利だと感じる一方で、本当にこれほどまでのサービスが必要だろうか、働く人が疲弊していないだろうか、と切ない気持ちにもなる。
 20世紀も遠い昔に感じるようになった今日、人口、経済、社会など、前世紀からこれまでにない領域へと大きく変貌を遂げようとしている日本は、働き方、生き方、考え方も進化させる時にきているのではないだろうか。