人事で活かすビッグデータ分析
本田宏文 ほんだ ひろふみ 慶應義塾大学 理工学修士課程修了。(株)野村総合研究所入社。以後、15年間、人材と組織に関する診断・コンサルティングに従事。2006年に、人材と組織のアセスメント、各種コンサルティングを専門とする(株)マネジメントベースを設立。採用・育成・活性化に関する支援先は数百社に上る。 |
■想定される人事分野のビッグデータ分析・活用
昨今、ビッグデータ分析により、事業に役立つ知見を見いだそうとする試みが盛んである。多くは顧客や営業マンに関するマーケティング分野での活用事例であるが、ここでは人事で活かすビッグデータ分析について考えてみたい。
人事分野で想定されるビッグデータ分析・活用には、どのような切り口が考えられるだろうか。まず人事が保有しているデータには、人事考課、採用時の適性検査、従業員満足度調査、360度多面評価、各種研修受講履歴、異動履歴、勤怠データ、昇格試験成績――等がある。また、メールの受信・送信履歴、ソーシャルメディアでの活動履歴、サーバーアクセス履歴、健康関連データ(健康診断、ストレスチェック面談履歴)等も取得できるかもしれない。
では、ここからどのような示唆が得られるだろうか。
「採用すべきポテンシャルの高い人材像」「自社と適合度が高い人材像」「リテンション(定着・離職対策)」「組織の活性化策」「力を発揮するチーム編成方法」「職場の生産性向上法」「メンタルヘルスの向上策」「不祥事の未然予防法」などが考えられ、人に関わる適用範囲は広い。また、今後得られるデータの幅は、各種センター技術やIoTの活用によってさらに広がるほか、AI技術など、より高度な分析手法の活用が進むだろう。
■人事分野のビッグデータ分析に、どう取り組むべきか?
このようにみると、人事もこれらの進化を取り入れなければ、といった焦りも出てくる。この分野のベンダーやコンサルタントは、今後、いろいろな提案をしてくるだろう。プレゼンを聴くとワクワクし、この波に今、乗らなければと感じるはずだ。
では、この人事分野のビッグデータ分析という波に、企業は、どう取り組むべきだろうか?
私は、9割方の企業にとって、この2~3年は静観するのが投資対効果面で賢いと考える。理由は二つ。
一つ目は、人事分野を分析するには構造が複雑であるため、明確な示唆=成果にたどり着くことが難しいからである。例えば、採用時の性格検査等と入社後のパフォーマンスに関する研究によると、最も有意な指標であっても7~8割の要因は説明できないらしい。先天的な要素よりも後天的な育成・人間関係・環境要素が利いているのか、業種・職種等の条件により異なるのか、評価方法の妥当性の問題なのか――とさまざまな仮説が考えられるが明確ではない。
同じ制度・仕組みにある社内であっても、業務内容や上司、メンバー構成などにより、従業員満足度の意識も変わってくる。また、個人の捉え方・性格のほか、置かれた状況や条件の違いなどにより、影響を及ぼす要素が変わってくるのかもしれない。その構造を理論的に明らかにして、再現性の高い施策を得ることは現状、そうそう容易ではない。このような中でさんざん分析した結果、「モチベーションの高い組織は、上司のコミュニケーション時間が平均値よりも5%長かった」では、「そんなことは分かっている」と経営トップに言われて終わりになりかねない。
二つ目は、現状のままビッグデータ分析を行わずとも、ある程度の恩恵を受けることができるからである。例えば採用に当たり、学生のソーシャルメディアのネットワークや活動履歴と入社後のパフォーマンスや適職との関係性にすごい発見がされれば、学生のソーシャルメディアの活動履歴を指標化した機能が就職ナビに、オプションもしくは標準搭載されるはずである。あるいは、先進的な企業が、職場と人材に関するすごい発見をすれば、必ずそれらは専門誌や書籍等でレポートされる。そうであれば、後からそれを自社流にアレンジして取り込めば十分だろう。
■取り組むべき企業は? 取り組みの鍵は何か?
では、残り1割に満たない、人事ビッグデータ分析に取り組んだほうがよい企業とは、どのようなところだろうか。それは、人事上の課題が経営課題としても挙げられている企業である。
例えば、離職率が高すぎて、ビジネスモデルの維持が困難な企業等であれば、分析からヒントを探ることは有効であろう。逼迫する問題を少しでも改善できれば、投資対効果も明確になるし、要因の何割かが特定され、改善効果の予測ができれば、経営としても取り組みやすい。経営課題であるならデータ収集・分析への協力体制もとりやすいし、改善においても本気の取り組みが期待できる。
そこで重要なことは何か。それは人事データの整備やシステム投資でも、分析力の向上、データサイエンティストの養成でもない。先述したように、構造が複雑で明確な示唆(=成果)への到達が難しい人事分野の分析において重要なことは、「仮説検証力」だと考える。分析がうまくいかない場合、再度、仮説を立てて検証する。他に隠れた要因があるのではないか、間接的に影響を及ぼす条件があるのではないか、もしくはデータの測定方法が正しくないのか等々を愚直に繰り返し進める力こそが、示唆をもたらす。
今後、AI技術が進んだとしても、与えられたデータの範囲でしか、機械は分析してくれない。物事を解決するには、やはり人が、広い視野をもって根気強く検証を繰り返すしかない。そうした仮説検証力を強化し磨くことが、何よりも重要である。