ダブルケア時代に求められる就業環境の整備と社員の意識改革
相馬直子 そうま なおこ 東アジアの比較社会政策、比較家族政策研究。最近は、東アジアのダブルケア(育児と介護の同時進行)という社会的リスクの研究に取り組んでいる。世田谷区子ども・子育て会議の委員等をつとめる。 |
社員のマネジメントにも「ダブルケア」(ケアの複合化・多重化)の視点を
晩婚化・晩産化と少子高齢化により、育児と介護の同時進行をはじめとする、「ダブルケア(ケアの複合化・多重化)」に直面する人の増大が予測される。社員のマネジメントにも、ダブルケアの視点がより求められる時代が到来している。
社員は、子育て・介護・看護・自分やパートナーのケアなど、多様なケア関係・ケア責任を抱えながら、働いている。子育てをしている社員も、子育てだけではなく、夫のケアなど、複合的なケア責任を果たしながら仕事をしている人もおり、また、親を介護しながら、孫のサポートもする中高年世代も少なくない。
ワーク・ライフ・バランスの第1段階が「育児と仕事の両立」、第2段階が「介護と仕事の両立」であるとすれば、多くの企業が第1段階から第2段階に入っている。ダブルケアは、さらに「育児・介護、その他、複数のケア(自分のケアも含む)をしながら働くことが当たり前な社会設計・人生設計」を基にした、第3段階としてのワーク・ライフ・バランス問題である。
政府も「介護離職ゼロ」を掲げ、2017年の1月から育児・介護休業法を改正し、1人につき最長93日の介護休暇を分割して取得することを可能にする。その改正の動きに合わせて、中小企業の経営者や人事労務担当者のための研修や勉強会が行われている。ダブルケアというのは子育てと介護の両方に関わる概念なので、今後は社員のマネジメントにおいても、男性と女性が複合的なケア責任を果たしながら働くことが当たり前となるようなダブルケア視点が不可欠になってくる。また、育児も介護も積極的に支援している企業を「包摂的ケア企業」といった形で積極的に表彰していくなど、子育てと介護を別々ではなく、包摂的に複数のケアをとらえて働き方とのバランスを考えることが求められる。
ダブルケア調査結果から
このダブルケアという言葉は、英国ブリストル大学の山下順子氏と概念化し、狭義と広義の意味の二通りで使っている。狭義では、育児と介護の同時進行という意味である。晩婚化・晩産化と少子高齢化により、「ダブルケア(育児しながら介護)」に直面する人の増大が予測される。広義では、「ケアの複合化」、すなわち、「家族や親族等、親密な関係における複数のケア関係と複合的課題」というように、「ケアの複合化・多重化」ととらえられる。例えば、メンタルに問題を抱える夫のケアと子育て、障がいを持つ子どもと障がいを持たない兄弟の複合的ケアなど、多重なケア関係がある。
介護・子育ての縦割り行政や、仕事との両立が困難な状況から、「ダブルケアラー」の孤立や困難な実態がある。ダブルケア人口が一定数いることや、世帯構成、就業状況、 介護・子育ての状況、介護・子育てのサービス利用状況、親子・夫婦関係、友人や近隣ネットワークなどで、多様なダブルケアパターンが調査から明らかになった。なお、量的な調査結果は、横浜市『調査季報』(Vol.178)所収の拙稿「ダブルケアとは何か」(相馬直子・山下順子)をご参照いただきたい。
筆者らによる最新の調査(神奈川ワーカーズ・コレクティブ連合会との合同調査)によれば、自分の子育てと介護のダブルケア[図表1]、孫支援と介護のダブルケア[図表2]ともに、過去経験、現在直面中、数年先直面層を含めると、3割を超えている。
また、ダブルケアの負担感をみると、「体力的にしんどい」「精神的にしんどい」「仕事との両立」が三大負担となっている[図表3]。
[図表1]自分の子どもの育児と介護のダブルケア経験者は約2割、
数年先直面は15%
資料出所:神奈川ワーカーズ・コレクティブ連合会・横浜国大共同ダブルケア
実態調査(2016年、以下図表も同じ)
[図表2]孫支援と介護のダブルケア経験者は約3割、数年先直面は7%
[図表3]ダブルケアで何が負担に感じますか(感じましたか)〔複数回答〕
■「共働きダブルケアラー」Aさん
次に、リアルな事例から考えよう。
Aさんは3人の息子を育て、認知症の義父を同居で介護しながら働いている。夫は仕事で不在がち。下の二人の子どもは別々の保育園で、朝夕と二つの保育園を回り帰宅したら、義父の介護をする毎日。勤め先の理解があり何とかなっているが、毎日が綱渡りで先行きに不安を感じている。行政の窓口も介護・子育てと縦割り制度のため、ダブルケアラーにとっては非効率だ。フルタイム就業、フルタイム介護であれば保育園の入所ランクは高くなるが、3人の子育てと介護があるため、就業時間が短くなっているAさんのような場合、保育園の入所ポイントが低い。少子高齢化時代、保育園の入所基準に、ダブルケア加点の必要性が示唆される。また、ダブルケアしながら働くことが当たり前な就業環境の整備が求められる。
■「ひとり親ダブルケアラー」Bさん
脳性まひで全介助が必要な末子を含む3人(8歳、6歳、4歳)の子育てをしながら、認知症の母親を介護し、デイケアセンターで働くシングルマザーのBさん。父親が介護していたが母親の介護拒否があり、Bさんが主に介護している。就業と育児をしながら在宅介護を継続するのは難しく、特別養護老人ホームへの入居を申請したが、夫と娘が同居しているので要介護5でも入所は難しいといわれた。また、障がい児支援策の不足をBさんは強く訴える。就業を調整しながら、ダブル以上のケアをするBさんは休む暇がまったくない。
■「生活困窮ダブルケアラー」Cさん
パート勤務で子供3人を育てるCさんは、父親が脳梗塞の後遺症で失語症となり、身体も不自由だ。要介護度4だが父親の意向で施設に入らず、遠距離介護中。失語症のために、電話も使えないので、ケアマネジャーや郵便局の人から父親の様子を聞いている。もっと父親を支えたいが、ガソリン代もかなりかかるため経済的な負担が大きく、三つのパートを掛け持ちしている。夫との関係も悪化し、離婚を検討中だ。
ケア関係の在り方も多様化する中、市民生活における「介護」も多様化し、「日常生活における入浴・着替え・トイレ・移動・食事の手助け」といった身体的ケア責任だけが、国民生活の「介護」ではもはやない。むしろ、「介護サービスのマネジメント」責任を、多くの娘・息子が担っている実態がある。また、中距離・遠距離に住む息子や娘は、日常生活のケア責任が果たせないかもしれないが、経済的な面から支援したり、電話で愚痴を聞いて精神的支えというケア責任を担っている現状もある。
多様化・複合化するケア責任を担う社員が働きやすい環境を整備するためには、まずは社員一人ひとりのダブルケア実態やニーズを把握した上で、ダブルケア視点をマネジメントに入れていくことが求められる。団塊の世代が75歳以上になる2025年、さらには高齢人口がピークに達する2040~2050年に向けた支援策の開発が急務である。
「ダブルケアをしながら働くこと」が当たり前な社会へ
最後に欠かせないのが、社員一人ひとりの意識改革である。ここでいう意識改革は、「仕事とダブルケアの両立生活をどれだけ自分事として認識できるか」という社員の当事者意識の有無にかかっている。すでにケアをしながら働いている人とともに、いまバリバリに働いている人も例外ではない。子ども、親、パートナー、友人、同僚、そして自分自身のケアも含め、私たちは、すでにだれかのケアをしながら仕事をしている。
「ダブルケアをしながら働くこと」が当たり前な社会へ向け、まず社員一人ひとりが「ケアと仕事」をめぐる状況を理解しようとし、ダブルケア問題を自分事として認識することから始めよう。本稿を題材に、ダブルケアと仕事をめぐる認識をあらためて振り返る機会にしてほしい。
※参考資料:「ダブルケアとオープンイノベーション」(横浜市『調査季報』Vol.178)