迫るパート・アルバイトへの社会保険の適用拡大
古橋孝美 ふるはし たかみ 2007年、株式会社アイデム入社。求人広告の営業職として、人事・採用担当者に採用活動の提案を行う。2008年、同社 人と仕事研究所に異動し、主にアンケート調査企画を担当。20年の発行を誇る『パートタイマー白書』の企画・編集に従事する。その他、就職活動・新卒採用関連調査の立ち上げや自社サイトのコラム執筆を行う。2015年出産に伴い休職、翌2016年復職し現在に至る。 |
気になる他社の状況は
パート・アルバイトを雇用する理由で多く挙がるのが、「人件費の抑制」である。社会保険料は企業側と労働者が折半して納めているため、負担感を抱く企業も多いだろう。よって、社会保険の適用となるパート・アルバイトが"増える"ことに、後ろ向きな企業は多い。事実、弊社が毎年発行している『パートタイマー白書』の平成22年版、平成24年版では、社会保険の適用拡大時の対応について、「保険料負担が増えないよう、パート・アルバイトの労働時間を適用基準未満に設定する」が36.4%(平成22年版)、38.2%(平成24年版)でトップとなっていた。
しかし、最近は、その風向きが変わりつつある。前述の「保険料負担が増えないよう、パート・アルバイトの労働時間を適用基準未満に設定する」企業の割合は、年々減少傾向にあり、『パートタイマー白書』平成25年版ではついに1位ではなくなったのだ。代わりに台頭してきたのが、「保険料負担が増えても、特にパート・アルバイト※の労働時間の調整は行わない」という意見。その割合は、39.2%(平成25年版)、43.8%(平成27年版)と徐々に伸び、ついに「保険料負担が増えないよう、パート・アルバイト※の労働時間を適用基準未満に設定する」(20.5%/平成27年版)とした企業の割合に2倍以上の差をつけるほどになった。
※平成27年版は「パート・アルバイト」ではなく、「非正規雇用従業員」として尋ねた。
パート・アルバイト雇用に見える変化
企業側の意識が変化した要因は、幾つかある。まずは、近年の急激な最低賃金の上昇。特にここ数年は大幅な増額が目立ち、10年前と比較して100円以上高くなった都道府県も少なくない(東京、神奈川では188円もアップ!)。そのため最近は、最低賃金が改定されるたびにその額に合わせて時給を見直さなければならない企業も増えているようだ。
また、平成20年、27年の改正パートタイム労働法施行によって、職務内容と人材活用の仕組み(人事異動等の有無や範囲)が正社員と同一のパートタイム労働者に対し、たとえ有期契約の者であったとしても、正社員との差別的待遇が禁止となった。つまり、正社員とパート・アルバイトにおける労働者間の均等・均衡処遇が求められるようになってきたのだ。
さらに、平成25年に改正労働契約法が施行された(有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申し込みにより、期間の定めのない労働契約[無期労働契約]に転換できる)こともあり、企業側は契約更新をいたずらに重ねることはできなくなった。一定期間勤務し業務に習熟した人材を5年で手放すのか、それとも無期雇用として自社で抱えるのか、企業は判断を迫られている。
加えて、今は人員不足時代である。パートの有効求人倍率(季節調整値)は、平成28年5月1.71倍、6月1.73倍。有効求人倍率が1.7倍を超えるのは、平成4年7月(1.72倍)以来である。今後、もし、パート・アルバイトの社会保険の適用を避けるのであれば、適用基準に満たない労働時間・収入を想定すると細切れのシフトとなり、同じ分量の仕事を行うにも、より多くの人員が必要になってしまう。保険料負担を避けるためにパート・アルバイトの労働時間を調整しようとしても、そうしてしまうことでより深刻な人員不足に陥る可能性は十分にある。
こうした法改正や人員不足のあおりを受けて、パート・アルバイトという働き手を、自社の中でどのような戦力と位置づけるのか、あらためて考えた企業も多いのではないか。企業の中で、以前はあったパート・アルバイトを雇用する"割安感"は失われつつあり、"どうせ雇用するのなら、生産性を高め、戦力化したほうが有効である"という認識が芽生えてきているようだ。
主婦パートの働き方は変わるか?
では、肝心の主婦パートの気持ちはどうなのだろうか。弊社の調査※によれば、主婦パートの1週間の所定労働時間は「週20時間以下」が最も多く48.6%、次いで「週20時間超~30時間以下」が33.7%となった。年収は「103万円以下」61.2%、「103万円超~130万円未満」20.8%、残りの2割弱は「130万円以上」である。働ける時間や賃金の関係で、結果的にその年収帯に収まっている人もいるだろうが、やはり「103万円の壁」「130万円の壁」を意識している人は多そうだ。
実際、もし配偶者控除や第3号被保険者などの税・社会保険制度が廃止となったら、働く時間をどのように変えるかと問うと、「働く時間を増やす」45.5%、「働く時間は変えない」27.8%、「働く時間を減らす」5.3%という回答になった。「103万円の壁」「130万円の壁」が、まさしく"壁"として作用していることが見て取れる。一方、「わからない」という回答も20.2%に上り、対応に迷う様子もうかがえる。
※「主婦パートの働き方に関する調査」(株式会社アイデム 人と仕事研究所)
20代~40代のパート・アルバイトで働く既婚子持ち女性を対象に、平成28年5月実施。
有効回答356人。https://apj.aidem.co.jp/enquete/192/
自社の従業員の意向は把握しているか
ただ、これは、あくまでも主婦パート全体で見た傾向である。企業は、自社で働くパート・アルバイトの意向が、自社の方針と一致するか把握しているだろうか。自社が今回の社会保険の適用拡大対象企業で、かつパート・アルバイトの社会保険加入をいとわないのであれば、社会保険に加入したくない主婦パートは退職してしまうかもしれない。実際に、ある企業では、パート・アルバイト向けに説明会を行ったところ、「今の働き方で社会保険が適用になるのなら」とぞろぞろ退職者が出てしまい、募集を考えているという。逆もしかりで、もっと働きたい、社会保険に加入したいと考えるパート・アルバイトがいても、企業が就労調整を行う意向なのであれば、その労働力は活かされず、要望に応えてくれる企業へと流出してしまうだろう。
労働者目線では「手取りが減る」など目先の収入減に焦点を当てている解説が多く、「よくわからないが、とにかく"損"になるのでは?」「これ以上収入が減るのは困るから…」と、なんとなく社会保険に加入することに否定的な人もいる。しかし、そういったデメリットだけではなく、社会保険に加入することで、将来もらえる年金が増えること、傷病時や出産時には手当金等が受給できることなど、まさに"保険"としてのメリットがあることを、従業員にきちんと説明し、その上で自身の働き方を考えてもらう必要がある。
また、パート・アルバイトをひとくくりで扱うのではなく、さまざまな環境・志向の人がいることを踏まえて雇用管理を行うことで、主婦パートの力を取りこぼすことなく企業経営に活かすことができるだろう。長時間/短時間働きたい主婦パート、意欲のある/ない主婦パート、昇進したい/したくない主婦パート…、それぞれにどのような仕事と責任を与え、どのように評価するのか。自社の業務を棚卸しし、振り分けていく必要がある。今は、採用難であると同時に、パート・アルバイト雇用の在り方も変化している時代だ。より柔軟な雇用管理を実現させることで、企業力アップにもつながるのではないだろうか。