多様な社員の活用は、企業の成果とのトレードオフなのか?
木下紫乃 きのした しの 企業向け人材育成プログラムの企画/設計/営業の経験を経て2014年より現職。その他パラレルワークにてダイバーシティ推進に関わるさまざまなプロジェクトに参画中。ダイバーシティ推進を源泉に、新しい働き方、生き方を自身で実験的に実践する日々。2016年5月、40代以上のキャリアデザインをサポートする会社㈱ヒキダシを起業。ベテラン層のインターンシップによる有機的な流動化を促進する仕組みを構築中。 株式会社ヒキダシ http://www.hikidashi.co.jp/ |
女性の活躍は本当に必要なのか?
2016年4月に女性活躍推進法が施行されて以降本格的に、企業における「女性活躍」が花盛りである。実際に少子化による労働力減少の影響が、サービス業はじめさまざまな領域に及び始めたいま、「労働力としての女性の活用」はどのような業態の企業にとっても避けられないテーマであることは周知の事実である。働く女性たちになるべく辞めないで長く働いてもらう、そして管理職になってもらいたい、採用も女性を増やしたい。そのような意図の下、各所でさまざまな施策が講じられている。
昭和女子大学では2016年4月よりダイバーシティ推進機構を立ち上げ、会員企業とともに、まずは女性活躍を中心に、組織における多様性を進めようとしている。
これらの活動に携わる中、一方でひそやかに経営の中枢部や管理職からいまだに、「そこまでして女性を活躍させねばならないのか」「このままで何が問題なのか?」「さまざまな制度も作っているのに結局女性は定着しない」という嘆息にも似た声が漏れ聞こえてくる。そして、当の女性からも「この状態で頑張れと言われても…」という、いわゆる「女性活躍」への嫌悪の情を感じることが増えている。皆、決して差別主義者でも偏狭な人々でもない。しかし、多くの人々には「女性活躍」の、その本質がきちんと理解されていないのではないかと感じるのである。
女性活躍とは一体何なのか?
ここで言う「女性」と「男性」は、一つのメタファー(隠喩)である。
当機構では昨夏、企業の男性管理職の方たちに集まっていただき、『女性活躍施策についてタテマエではなく本音で語ろう』という趣旨のワークショップを開催した。参加者は30代から50代までの男性管理職40名弱で、ここだけの話として「女性と一緒に仕事をする中で困ること」について、偏見を気にせず大小さまざまな意見を出していただいた。
いろいろな発言が出た中で、特筆すべき二つの意見があった。それぞれ異口同音に多くの方が出していたものである。
①女性は多様だからマネジメントしづらい
②女性は仕事を依頼した際に、「なぜこの仕事をするのか」をいちいち聞いてくるので少し面倒
「女性は多様だから」。とんでもない、男性だって多様である。しかし、いままでの職場では男性が多様であることは、建前上は許されなかった。誰もが上司や会社が求めれば夜遅くまで残業をし、あるいは転勤も言われたままする、その通過儀礼を通った人たちのみが昇進という道を約束される。それが会社へ入る上での契約書にない暗黙の了解だった。
しかし女性は違う。子どもを宿せば産休を取りたいと言い、子どもが生まれれば時短で働きたいと言うし、ましてや管理職になりたくないなどと言う。人それぞれ事情も違えば言ってくることも違う。一律のルール、しかも暗黙のルールが通用しない。つまりマネジメントしづらいということである。
そして二つ目。女性は「なぜこの仕事をするのかをいちいち聞いてくる」。男性はそのようなことを上司に聞かない。なぜならばその仕事は上司から降りてきた時点で、理由が何にせよやると決まっていることだからだ。やると決まったことはつべこべ言わずにやらねばならない。たとえ無駄な作業と感じたとしても、それを上司に意見をすることは、やることを自ら決めた上司を困らせたり、メンツをつぶすことにもなりかねない。上司を困らせることは昇進にも影響しかねないので、自分にとってもメリットにはならない。
しかし、女性は違う。無駄なことはしたくない。なぜなら時間がないから。その仕事、業務の目的を知れば、さらに効率的な方法を考えられるかもしれない、あるいはそれをやらずに済む方法があるかもしれないと考える。だから「目的」が知りたいのだ。理由や意見を尋ねることや、自分が意見することに対して上司がどう思うかよりも大事なのは、どうやってこの仕事を効率的に終わらせるかであり、どうすれば短い時間でパフォーマンスが上がるかなのだ。
女性活躍推進は女性活躍のみのためならず
「女性活躍推進」というアクションは、単純に女性をもっと働かせるということではない。女性が働きやすくなるということは、日本の会社組織の在り方、管理方法そのものを変えるアクションであり、ひいては日本社会の価値観そのものを変えるアクションである。ここで言う「女性」とは、勤務時間や家族環境などさまざまな条件を個別に背負っている従業員であり、いままでの日本型雇用の中で一律のルール、暗黙の了解の下でマネジメントができなくなってきている個人の存在の象徴なのである。
いま、「働き方改革」「リモートワーク・在宅勤務」「副業解禁」「一括採用の是非」「雇われない働き方」などの言葉が踊る中、働き方、雇用スタイルの多様性、柔軟性についての議論が始まっている。それらは、とかく別々テーマとして語られることが多いが、すべては根本でつながっている。
それは経済の高度成長を前提とし、企業はその規模を拡大していくことを命題とし、そのために1社で長期にわたって働く従業員が求められ、従業員側もそれを前提に就職活動をし、生活設計を立てていた共依存としての「日本型雇用形態」、その変容に関する議論なのである。
社会の大きな変化に伴い、企業は優秀な人材を獲得し、付加価値を上げ続けるために、その姿を柔軟にスピーディに変えていくことが求められている。そんな時代の中で、日本企業はいままでの成功体験の源泉であった、同質性の高い社員の長期雇い込みを前提とする「日本型雇用形態」が足かせとなり前に進めないでいる。
1社で長く働くためには、仕事で成果を出すよりも周囲のメンバー、とりわけ自分の評価者である上司との関係性が重要である。意見を言って混乱させるよりも、言われたように聞いておくことのほうが得策なのである。メンバーにはそうした「暗黙の了解」を共有できる同質性が求められる。そのような環境の中で、新しくて付加価値の高いアイデアが生まれるだろうか。多様な観点から議論されるだろうか。それを変えていく「きっかけ」が女性なのだ。時間を捻出するために、あるいは時間を無駄にしないために、そして成果を出すために、仕事の意味の「そもそも」を問い、上司にも意見をしてやり方を変えたいと願う、「多様な」女性たちなのだ。
すべてを「そもそも」から見直せる機会
いま企業は、「女性」という過去のパラダイムが通用しない存在をどう活躍させるかを一つのケーススタディとして、マネジメントの「そもそも」から考え直すときがきている。
成果を上げるために、そもそも9時に全員オフィスにいなければいけないのか、そもそも会社のオフィスでないとできない仕事なのか、そもそもこの業務は必要なのか等々。ここで言う「女性」は、「若者」や「病気を抱えた社員」「外国人社員」「多様な雇用形態の人たち」「シニア」等とすべて置き換えられる。日本はこれから、いまそこにいる人を活かすしかないのだ。
多様な社員による多様な働き方を認める組織に
必要なリテラシーとは
多様な社員による多様な働き方を取り入れていくためには、会社側にも従業員側にも一定の成熟度と覚悟が求められる。いままでのようにすべてを一律にルール化しない、そうした職場で求められるのは、①想定外のケースに対する複数の対応策、そして②各人が成果へ本気のコミットメントを持つこと、そして、③働く人たちのお互いの信頼感である。
会社と個人がお互いに依存し合う時代が終焉を迎えつつあるいま、会社と個人の新しい関係をどう築いていくか、優秀な人材をどのように巻き込めるかに会社の発展はかかっている。そしてそのときキーワードになるのは、安心して働ける、自由で、働きがいのある「場」としての会社と、信頼関係のある仲間である。これから増えるであろう、一つの会社に依存なくてもよい優秀な人材たちは、そういう「場」に集まるたとえ彼らに、何らか「多様な」制限や条件があったとしても、優秀な彼らを活かすことができれば、会社は成果を上げることができる。
女性活躍をはじめとした、多様な社員を活用していくことと、生産性を高めて成果を上げることは決してトレードオフの関係ではない。むしろ多様な社員を活用していくことは、日本企業が生き残り、成果を上げ続けるための最後の手段とさえ言えるのである。日本の経営者たちが一刻も早くそれに気付いてくれることを願う。