2017年02月10日掲載

Point of view - 第80回 萩原牧子 ―データでみる、テレワークの企業メリット

データでみる、テレワークの企業メリット

萩原牧子 はぎはら まきこ
株式会社リクルートホールディングス リクルートワークス研究所
主任研究員/主任アナリスト

大阪大学大学院修了、博士(国際公共政策)。株式会社リクルートに入社後、企業の人材採用・育成の営業に従事。2006年より現職。「ワーキングパーソン調査」「Global Career Survey」「全国就業実態パネル調査」など、個人を対象にした調査設計を担当。個人の就業選択やキャリアについて、データに基づく提言を行う。最近の主な論文に「『複業』の実態と企業が認めるようになった背景」(共著、『日本労働研究雑誌』No.676 2016年)などがある。

この原稿を、自宅近くのカフェで書きながら、周りをこっそりと観察している。パソコンに向かって仕事をしている、ビジネスマン風の人たちを。オフィスでなくとも、しっかり仕事に集中できているのか。さぼってはいないか。自分自身のことは脇に置いて、厳しい目で監視を続ける。

テレワークへの期待

働く場所をオフィスに限らず、従業員自ら選んでよしとする「テレワーク」。

労働人口が減少する社会において、ライフイベントを経ても働き続けられる人を増やすという狙いはもちろん、通勤時間やアポイント後に会社に戻る移動時間などの無駄な時間の削減、集中することで作業効率を上げる効果、長時間労働の是正、そして、捻出できた時間を、その人なりに活用すること。例えば、家族との時間を増やしたり、街に出て新しい動きを感じたり、社内にはいないタイプの人と出会ったり、学校に通ったり、地域の活動に参加したり――することで、従業員の人脈や視野、そして多様性が広がり、結果的に、企業にイノベーションをもたらすことを期待する。

とはいっても、これまでは同じ場所に集まって、仕事をしている姿を見る(言い方を換えると監視し合える)という環境に慣れ親しんできた私たち。離れた場所で仕事をするテレワークの効果に疑いを抱かずにはいられない。気が緩んで効率が下がり、労働時間が長くなるのではないか。社外での活動が増えるどころか、内にこもり、社内でのコミュニケーションも減ることで、視野が狭まってしまうのではないか。継続して働きたいと思う人を、本当に増やすことができるのか――など。こういった、テレワークの効果の見えづらさが、多くの企業が実施に踏み切れない背景の一つにあるだろう。

個人への調査で効果検証

これらの企業メリットの有無を、リクルートワークス研究所が全国の4万人強の個人を対象に実施した「全国就業実態パネル調査2016」を活用して検証してみたい。「働く場所を自由に選ぶことができた」という問いに対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」を選択した人たち(以下、「働く場所を選べた」)と、「あてはまらない」「どちらかというとあてはまらない」を選択した人たち(以下、「選べなかった」)について、いくつかの回答を比較していく。なお、労働条件を合わせるために、ここでは、雇用形態を「正社員」で60歳未満の人に限定して集計している。

まず、「仕事満足」「生活満足」について[図表1]。男女ともに「働く場所を選べた」と回答した人のほうが、仕事満足度、生活満足度ともに高い。

[図表1]仕事満足と生活満足

※「仕事そのものに満足していた」という問いに「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した人と、「生活全般」について「満足していた」「まあ満足していた」と回答した人の割合

次に、「週労働時間」を比較してみよう[図表2]。女性の場合には、「働く場所を選べた」(39.2時間)と回答した人のほうが、「選べなかった」(41.5時間)人よりも平均で2時間短く、全体の傾向も労働時間が短いほうに偏っている。一方で、男性の場合は平均に大きな差は見られない。「働く場所を選べた」が44.6時間、「選べなかった」が45.4時間である。全体の傾向も「働く場所を選べた」人のほうが「35時間未満」という短い人の割合が高いだけでなく、「55時間以上」という労働時間が長い人の割合もやや高くなるといった、女性とは異なる傾向が見えてきた。

家事や育児の役割が女性に偏っている現状を考慮すると、男性の場合は、そういった時間制約が少ない環境下でのテレワークの効果を見ているといえるかもしれない。つまり、オフィスから出て誰にも管理されずに働くと、時間制約がない場合には、労働時間を短くする効果と同時に、労働時間を長くするというリスクも生じるということだ。

[図表2]週労働時間

最後に、「自己啓発活動」と「転職意向」を見てみよう。自分の意思で、仕事にかかわる知識や技術の向上のための取り組み(自己啓発活動)を行ったという割合は、男女ともに、「働く場所が選べた」人のほうが、高い傾向が見られる。狙いどおり、働く場所をオフィスから解放することで、外の刺激を受けて自ら学ぶという効果につながっている。一方で、継続して働きたいと思う人が増えるのかを、転職意向の低さで確認しようとしたところ、男性の場合はむしろ、「働く場所を選べる」人のほうが、少しだけ転職意向が高くなるという傾向が見られた。

[図表3]自己啓発と転職意向

※「転職意向あり(計)」は、「現在転職したいと考えていて、転職活動をしている」「現在転職をしたいと考えていて、転職活動はしていない」の合計。

デメリットを乗り越えて

このように見ていくと、テレワークは、企業にメリットだけでなく、デメリットと思われる結果も想起させる。しかしながら、仕事と生活の満足度がともに高く、自ら学んで視野を広げている人材が集まる企業が魅力的でないはずがない。そのようなメリットを享受できるなら、転職意向が高いというデメリットは、うまく対処することで乗り越えられるのではないか。

例えば、離職してしまった人にも自社のビジネス上で価値を発揮してもらうために、業務委託契約などで新しい関係性を継続したり、いつでも戻りたいと思った人を歓迎して受け入れるという環境を整える。そうして、企業をいつでも集まれる場所にしておくことが重要だと思う。もっとも、一人ひとりが充実した働き方をしている企業であれば、それだけで十分に魅力的なのかもしれないが。

多様な人材が生き生きと働き、育つために、そして、彼らが集まりたいと思う場であり続けるために、企業は「働く場所」に限らず、「働く時間」や「働く日」の当たり前も、解放する時代が来るのだろう。そして、その先は「自社だけの人材」として雇用するという当たり前も見直され、複数の企業で働いたり、一つの企業への出入りを繰り返したりする人が増え、新しい企業と個人の関係性に移行するのだと思う。それは、そんなに遠い話ではない。