LGBT社員対応で生産性向上・離職防止
増原裕子 ますはら ひろこ 慶應義塾大学大学院修士課程、慶應義塾大学文学部卒業。ジュネーブ公館、会計事務所、IT会社勤務を経て起業。2015年渋谷区同性パートナーシップ証明書交付第1号。ダイバーシティ経営の一環としてのLGBT施策推進支援を手掛ける。経営層、管理職、人事担当者等を対象としたLGBT研修の実績多数。著書に『同性婚のリアル』(ポプラ社)等4冊がある。 |
LGBT社員はとても身近な存在だという認識からスタートする
「佐藤・鈴木・高橋・田中の名字を持つ人に、これまでの人生の中で会ったことはありますか?」
企業でLGBT研修や講演を実施する際、冒頭にこんな問い掛けをすると、参加者全員の手が挙がる。同じように「家族、友人や職場など身近にLGBTの人はいますか?」と聞いてみると、ぽつぽつとしか手が挙がらないことは珍しくなく、多くて3割くらいといったところだろうか。LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字を取った言葉で、性的マイノリティの総称)は日本でも7~8%程度いるという複数の調査結果があり、前出の4大名字の合計と同じくらいいてもおかしくない存在だと推計される。にもかかわらず、多くの人にとってLGBTは身近な存在だと認識されていない。周りに「いない」のではなく「言えない」という重い空気が、日本社会の中でLGBTを取り巻く大きな課題だ。
新しい経営課題として、また労務管理のトピックとして、「LGBT社員への対応」という課題を知っている人事担当者は多いだろう。ここ数年で、ビジネス系媒体での記事やニュースも格段に増えてきた。ではその中で、具体的に施策として進めている会社はどのくらいあるだろうか? 経済同友会の「ダイバーシティと働き方に関するアンケート調査」によると、約4割の企業がLGBTに対応する施策を実施しており、大企業を中心に取り組みが進みつつあるが、多くの中小企業では未着手の状態である。何から手を付けていいのか分からないという担当者も多いだろう。
「うちの会社にはLGBT社員はいない」と思っている人は、これを機会に「うちの会社にはカミングアウトしているLGBT社員はいない」と置き換えて考えてみることから、まずはスタートしてみよう。周りに言えていないだけですでに一緒に働いているかもしれない、そんな想像力を働かせてほしい。LGBTはテレビタレントの話なのではなく、自社の社員にも一定の割合でいる可能性がある、とても身近な人たちなのだ。
LGBT社員は実力を100%発揮できていないケースが多い
LGBTの社員が「私はゲイなんです」「トランスジェンダーです」という具合に職場でカミングアウトをしている割合は、現状では極めて低い。LGBTへの揶揄(やゆ)が日常的に飛び交う環境の中で、生活にも直結する職場でのカミングアウトは特にリスクを伴うことから、友人や家族にはカミングアウトをしていても、職場では隠している人が多いのだ。
そうであれば、「わざわざ会社でカミングアウトなんてしなくてもいいんじゃないの?」と言われることもあるが、生まれつきの属性であるセクシュアリティを隠し続けるというのは、相当ストレスの溜まることであるとぜひ知ってほしい。例えばあなたが結婚しているとして、配偶者のことや夫婦の日常生活のことを職場で一切話題に出せず、ひた隠しにしているという状況が想像できるだろうか? 同僚との日常的な会話に、家族の話は頻繁に出てきてはいないだろうか? 長年付き合っている同性パートナーと過ごした週末や休暇の話もできず、職場ではいつまでも結婚しない変わり者として扱われてしまう。私も、以前カミングアウトせずに働いていた職場では、「彼女」を「彼氏」にすり替えて年中作り話をしていた。小さな嘘が積み重なり、同僚とのコミュニケーション自体が大きなストレスに感じられた。
そればかりでなく、「いい年して彼女もいないなんて、おまえ、まさかホモか?(笑)」というようなLGBTを揶揄する言動に対し、カミングアウトしていない社員は毎回背筋が凍りつくような思いでいることも多く、ますます「この職場では言えない」という思いを強めてしまうのだ。LGBTであることがバレないように隠しておこう、ということに頭のリソースの5~10%が常に割かれている状態では、当然のように生産性にも影響が及ぶ。LGBT社員が仕事に完全に集中できない環境は、会社にとっても大きな損失となっている現状に、ぜひ目を向けてほしい。
「からだの性別」と「こころの性別」が一致しないトランスジェンダーの社員は、カミングアウトにまつわるLGBT共通の困難だけでなく、会社のトイレや更衣室、制服といった男女別になっているさまざまなシーンで、さらに具体的な困りごとを抱えていることが多い。
ダイバーシティ経営の一環で、LGBTの社員も働きやすい職場環境づくりを進めている企業があると分かれば、このようにストレスレベルが高い状態にあるLGBTの社員は、真の理由を会社に告げることなくこうした企業に転職していく。会社側としても、本当の転職理由を知らされないままでは対策の打ちようがなく、また同様のことが繰り返されてしまう。
アライ(LGBTの理解者/支援者)を見える化していこう
日本では、カミングアウトして働くLGBT社員がまだまだ少ない。それゆえ、LGBT社員の存在と、彼らが抱える課題の両方が潜在化したまま何も改善されないことから、いつまでも働きづらさを抱え続けている人が多い。そんな状況に風穴を開けることができるのが、アライ(LGBTの理解者/支援者)の存在だ。
アライとは、英語の「alliance(同盟・支援の意)」を語源とする言葉だ。LGBT社員のカミングアウトが起こるまで何も対応が進められないとただ待っているのではなく、先に社内にアライを増やしていく取り組みが、大企業を中心に広がりつつある。アライは、LGBT社員にとって、職場で何か困ったときに頼れる心強い「味方」である。
一緒に働くLGBT社員に寄り添う気持ちを表明する人が少しずつ増えていけば、職場の空気は必ず変わっていくだろう。そうすれば、これまで何も言えずにいたLGBT社員からのカミングアウトが起こるかもしれない。実際にLGBT社員が社内にもいることが分かれば、より具体的な施策として進めやすくなる。そしてさらに、アライの人数は増えていく。こうやってLGBTアライがもたらすポジティブなサイクルを回していくことで、LGBT社員が本来の能力をフルに発揮できる環境も整っていくはずだ。
[図表]アライ(LGBTの理解者/支援者)によるポジティブサイクル
LGBTといっても、もちろん一人ひとりが異なる、多様な存在だ。すべての働くLGBT社員が今すぐに職場でカミングアウトしたいと思っているわけではないが、アライが多い職場というのは、カミングアウトをしてもしなくても安心して自分らしく働ける環境だと言える。これまで見えなかったことへの感度が高くなり、お互いに想像力を持ってコミュニケーションができるようになれば、LGBT社員だけでなくすべての社員にとって働きやすい職場になっていくだろう。
LGBT社員を活かすも逃すも、会社の対応次第。そのためにもまずは、LGBT当事者の話を聴く機会を社内で設けるなどして、LGBT社員を取り巻く職場の課題とは何かを知るところから始めてみよう。