HRテクノロジーがもたらす人事の変化
金澤元紀 かなざわ もとき 2003年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、2011年、同大学大学院同研究科博士課程普通退学。インターネットベンチャー企業でのコンサルティング営業、メンタルヘルスサービス提供企業での適性検査の開発、情報サービス企業での人事を経て、2015年8月に株式会社ビズリーチ入社。現在は、採用やHRテクノロジーを中心に人事領域全般について調査・研究を行う。人事・教育ビッグデータ分析コンソーシアム(LeBAC)上席研究員。 |
各種メディアでHRテクノロジーについて取り上げられることが多くなってきた。筆者はHRテクノロジーを「テクノロジーが主体となった、今までにない価値や仕組みによって人事領域の問題を解決する手法」と定義している。HRテクノロジーは、AI(人工知能)やビッグデータ、IoTなど、第4次産業革命の鍵となるテクノロジーだけではなく、デザイン・使いやすさなども含めたテクノロジーでもあり、それによって人事業務の分析支援や効率に大きな価値をもたらす。すでに世界各国、特にアメリカではさまざまなHRテクノロジーに関するサービスが展開されているが、ここ最近は日本でも同様の動きが見られるようになってきた。今回は、HRテクノロジーの概要と人事に与える影響、そして、その恩恵を受けるために必要な備えについて解説する。
HRテクノロジーは人事に何をもたらすのか
HRテクノロジーが人事にもたらす価値には大きく分けて、「効率」「予測・発見」の2種類がある。
「効率」には、自動化や使いやすさの追求によって人事だけでなく従業員や管理職が各種ツールをストレスなく操作することが含まれる。例えば、テクノロジーにより顧客(従業員)からの簡単な問い合わせに自動対応するなどの試みがすでに行われている。近年、オペレーション業務の圧縮など、業務の効率化によって削減できた人的資源・コストを戦略の実現や現場の支援に振り向けるという考え方(HRトランスフォーメーション:人事大変革)が生まれていて、HRテクノロジーはこれに寄与することになる。
一方、「予測・発見」については、HRテクノロジーによって統計の専門知識がなくてもデータに基づいた人材の最適配置や有能な人材(タレント)獲得の支援などが行われるようになってきた。例えば、すでに、採用活動におけるエントリーシートの段階では、自社の採用方針に合致する人材をAIによって分析し、その合否判定を自動で行うといったサービスが開始されている。しかし、それがどの程度正しく行われているか、問題発生時に誰が責任を持つかといった課題は、総務省のAIネットワーク化検討会議などでも議題に取り上げられているとおり、今後も整備を必要とする余地が残っている。
人事の役割モデルからHRテクノロジーの影響を考える
HRテクノロジーがもたらす二つの価値、「効率」「予測・発見」は、人事の仕事や役割にどのような影響を及ぼすのだろうか。ここではUlrich(1997)による人事の役割モデルに照らして分析してみたい。
図に示したように、「効率」は主に「管理のエキスパート」に、「予測・発見」は主に「戦略パートナー」に寄与することになる。
例えば、「予測・発見」には元となるデータが必要となるが、分析に活用するに当たって、まずはどういったデータが存在するのかが問題として挙げられる。データを取得・保有するにはコスト・労力がかかるので、それを最小限にするためにも、各データの因果関係の整理が必要になり、仮に正確なデータを取得できなければ、誤った分析結果が出ることにも留意を要する。また、必要なデータには一定のパターンが存在するが、それに対して各社の状況はさまざまであるため、まずは正しいデータとして、何をどのように取得するべきかを自社として検討していくことが必要になる。すなわち、HRテクノロジーの活用が進むと、こうしたデータの収集と目利きが人事として重要な事柄となってくると言える。
一方、残りの「チェンジ・エージェント」や「従業員のチャンピオン」の役割について、この領域は「人」に関わることが多くなるため、たとえテクノロジーが支援する領域が拡大したとしても、ここに関しては、人間的な対応が重視されることになると考えられる。
人事のプロフェッショナル化が求められる
テクノロジーの活用が比較的進展している採用領域について見ると、アメリカでは、ソーシャルメディアや企業ごとの従業員満足度などを掲載した評価サイトが採用活動に大きな影響を与えており、有能な人材の獲得、そして定着・活躍のために、採用担当者にはHRテクノロジーを活用できることが一つの専門能力として求められるようになってきている。これに関して、国内企業でも、日立製作所などはデータサイエンティストを人事に配置するなどして、データ活用に関する専門化を進めている動きが見られる。
したがって、例えば採用領域では、人材獲得のために採用のプロフェッショナル、いわゆるプロ・リクルーターが人事の新しい役割として存在するようになっており、また同様に、人材育成や組織開発、健康管理などの領域においても、そういったプロフェッショナルが求められるようになっている。HRテクノロジーは、経営そして人事のプロフェッショナルを支えるための手法であり、その活用の有無によって、今後は一層、経営力・人事力に差が出るものと考えられる。
では、そうなった場合、人事に求められるものは、単にテクノロジーの知識やデータ活用のスキルだけだろうか。例えば、HRテクノロジーを通じて期待される人材の最適配置に関して、短期的成果重視か育成重視かは、組織ニーズに応じて人事がその都度判断しなければならない。したがって、HRテクノロジーをうまく活用するには、最終的には人事担当者が何らかの判断を行う必要があり、そのための仮説思考や正しくデータを入手するための調査手法、加えて、テクノロジーでは対処できない、人に関わる活動やそれに必要な人間力も求められることになる。すなわち、人事のプロフェッショナル化に向けて、こうしたテクノロジースキルとヒューマンスキルの両面を高めることが、今後、人事にはより一層求められていくと言えるだろう。