2017年04月28日掲載

企業ZOOM IN⇔OUT - アステラス ファーマ テック

離れた生産拠点の従業員の相互交流を通して、人的ネットワークの構築と職場の改善を図る

先進的な取り組みをしている企業の現場をレポート

[企業ZOOM]INOUT

会社概要:2011年にアステラス東海株式会社、アステラス富山株式会社、アステラスファーマケミカルズ株式会社の3社が合併し、アステラス ファーマ テック株式会社として設立。アステラスグループの中で開発品、新製品、主力製品の製造を担う。

本社:東京都中央区日本橋本町2-5-1
資本金:100万円
社員数:1450人
<2017年1月1日現在>
https://www.astellas.com/jp/atec/

取材対応者:人事財務部 人事担当 丹羽正輝氏
取材・文/滝田誠一郎(ジャーナリスト)

1.人と触れ合い、刺激を受ける「交流研修」

 山之内製薬と藤沢薬品工業が合併してアステラス製薬が誕生したのは2005年4月1日のこと。その6年後、2011年4月1日、旧山之内製薬と旧藤沢薬品工業の生産会社が合併して誕生したのがアステラス ファーマ テックだ。国内5カ所に生産拠点(高萩技術センター〔茨城県〕、富山技術センター〔富山県〕、焼津技術センター〔静岡県〕、高岡工場〔富山県〕、西根工場〔岩手県〕)を持ち、アステラス製薬の開発段階から商業用までの治験薬および医薬品の製造を担っている。
 同社では、自らがチャレンジし、成長できる環境を整えるべく、2011年合併時に共通の研修体系を新たに導入した[図表1]。職務役割に応じてリーダーシップ、マネジメント能力を高めていく「階層別研修」、専門分野を磨き技術力を身につける「スキル研修」、人と触れ合い刺激を受ける「交流研修」という三つ柱で構成されている。

図表1 研修の全体像

「アステラス製薬の研修体系を参考にしつつ、製造会社として独自にやるべき研修を盛り込んで体系化しました。階層別研修は一部でグループ会社共通の研修がありますが、職務評価(グレード)昇格者研修やスキル研修、交流研修などは我々独自で導入したものです」(丹羽氏。以下、発言はすべて同氏)
 なかでも、同社独自の取り組みが「交流研修」である。交流研修は、主に管理職手前までの社員までを対象とし、以下の四つの研修プログラムからなる。
①人材交流研修、②コア人材育成研修、③グローバル人材育成システム、④研修派遣
 以下では、それぞれの研修メニューの狙いと運用・成果について紹介する。

2.人材交流研修

 先に記したように、同社は国内5カ所に生産拠点を持っているが、それぞれが離れた場所にあるため、従業員同士の交流を図るのは容易ではない。自らが勤務する職場のことは熟知していても、他の生産拠点の職場環境をはじめ、どのような人たちがどのような働き方をしているのか、日々どのような改善・効率化が図られているか――といったことはよく分からないのが実情だ。これは同社に限らず、各地に営業拠点や生産拠点を持っている企業に共通する問題であり、悩みである。
 こうした実情・実態を踏まえ、従業員同士の相互交流を促すことで生産拠点間の交流と融合を図り、互いによいところを学び合い、それぞれの職場の改善につなげていこうという目的から人材交流研修はスタートした。
 人材交流研修は、職種や階層別に実務者交流、スタッフ職交流、責任者交流、課長交流と四つの種類があり、それぞれの研修ごとに毎年8~20人が選抜されている[図表2]

図表2 人材交流研修の種類

名称 対象者 人数(年間)
実務者交流 入社4~5年目の生産実務者(等級グレード6~7) 約20人(10組)
スタッフ職交流 管理部門の若手スタッフ 約4人(2組)
責任者交流 工程・試験責任者 約8人(4組)
課長交流 管理部門の課長職(等級グレード10~11) 約8人(4組)

 この人材交流研修に参加するには、以下の人材要件を満たす必要がある。

①交流により、新たな気づきが得られ、今後の育成において有益と判断できる人材

②コミュニケーション強化により、仕事の円滑化が図られ、協同意識の向上が期待できる人材

 これらの要件を満たす人材を事業所ごとに選出してもらい、人事財務部で検討した上で実際の参加者を選抜する。
「対象者は、各事業所からリストアップしてもらっています。上司からの推薦というケースもあれば、本人が希望するケースもあると思いますが、自薦・他薦は各事業所に任せています」

[1]異なる職場の従業員がペアを組んで相互交流

 同社の人材交流研修の特徴の一つが、参加者が2人1組のペアとなり、相互の事業所を訪問して現場の働きぶりを学ぶ"相互交流"だ。例えば、焼津技術センターのAさんが高岡工場のBさんとペアを組み、Aさんが高岡工場へ交流研修に行く場合には、時を経ずしてBさんが焼津技術センターへ交流研修に行くといった具合である。富山技術センターのC課長が西根工場へ交流研修に行った場合には、次に西根工場のD課長が富山技術センターへ交流研修に行く。このように同じ職種、同じ階層の従業員がペアになって相互に交流研修を行うことになっている。つまり、実務者交流が年間約20人というのは、10組のペアが相互に交流研修することを意味する。
「各事業所から上がってきたリストを見ながら、人事担当のほうで誰と誰を相互に交流させるかのマッチングを行います。例えば新任の課長同士をマッチングさせることもあれば、あえて新任の課長にベテランの課長をマッチングさせるなど、ケースバイケースでさまざまなパターンがあります」
 ペアを組んだ社員同士は研修終了後も必要に応じて連絡を取り合い、情報交換をしたり、アドバイスをしたりされたりの関係が続き、「その効果が実際には非常に大きい」という。
 実際の人材交流研修は1泊2日で行われるが、参加者は事前に上司ならびにペアを組む相手と話し合って「交流テーマ」を設定し、所定の「交流研修実施レポート」に記入、提出することが求められる。レポートには、業務の効率化や作業の手順など、自らの職場の課題を挙げた上で、研修先での着眼ポイントを具体的に書き込む[図表3]。1泊2日の研修はこの実施レポートに沿った形で行われる。

図表3 人材交流研修実施レポートのイメージ図

「事前に提出してもらった実施レポートで研修の着眼ポイントは分かっていますので、それを実際に目で見る、体験する、議論することが中心になります。具体的なスケジュールおよび内容については、人事としては特に口出しはしません。職場によっても職種によっても、階層によっても着眼ポイントは違いますので、それぞれの現場に任せています」
 ちなみに"1泊2日"となれば、研修後に工場の近くで懇親会などが開かれ、そこでまた議論が白熱することも多い。そのため、同社では闊達な議論と相互融和を支援する目的で、人材交流研修に関しては懇親会の補助を制度化している。

[2]人材交流研修から半年間で職場の改善に取り組む

 研修らしい研修はこれで終わるものの、実は人材交流研修は終わってからが本番だといえる。
 1泊2日の人材交流研修を終えた参加者は、職場に戻ってからすぐに「職場訪問後の結果報告」「職場訪問後に気づいたこと・感心したこと・見習いたいこと・取り入れたいこと」を交流研修実施レポートに記入し、それらを踏まえた上で、交流テーマや気づきから自社の職場で展開する「課題テーマ」を書いて提出しなければならない。さらに、参加者は半年後をめどにその成果を上司ならびに人事財務部に報告することになっている。つまり、1泊2日の研修を終えて自分の職場に戻ってからの半年間が、実際の"研修"ということもできる。しかも、この半年間の"研修"は、従業員自らが自分に課すOJTであり、半年後には具体的な成果を上司や人事財務部に報告することが義務づけられている厳しいものでもある。
 研修の実施期間はペアによって異なり、人事考課のタイミングと必ずしも一致するわけではない。そのため、研修で取り組む課題テーマは直接人事評価に関わるものではないが、場合によっては課題テーマが人事考課の対象になることもある。
「当社では半年ごとに目標を立てて、その達成度を評価する目標管理制度を導入しています。課題テーマ自体が評価の対象になることはありませんが、人材交流研修を通して気づき、設定した課題テーマがその目標の中に組み込まれることもあります。仮に組み込まれたとすれば、その課題テーマを達成できたかどうかが評価の対象になることもあり得ます」

3.管理職の早期育成を目指すコア人材育成研修

 同社では、人材交流研修のほかに「コア人材育成研修」も行っている。経営幹部候補を選抜し、本社の人事財務部主導で確実にコア人材を育成する研修制度のことだ。一言でいえば「タレントマネジメント」であると丹羽氏は言う。
 職務等級制度を採用する同社では、等級グレード4~9までが一般職で、等級グレード10以上が経営基幹職となる[図表4]。コア人材育成研修は、等級グレード7~9の一般職を対象に募集を行い、選考を通過した者は、まずはマネジメント系列の課長職に上がることを目標に研修を行っていく。

図表4 同社の等級制度

 募集方法は自薦・他薦にて毎年6月に行い、この研修にチャレンジしたい従業員は所定の応募票を上司に提出し、課題論文、業績評価、面接試験により選考が行われる。課題論文はその年々の課題に応じたものを提出することが求められ、業績評価は過去4期において一定以上の評価を得ていることが条件になっている。これらの条件を満たしている応募者に対して面接試験が実施される。面接には人事財務部長や経営企画部長らと共に社長も同席するという力の入れようだ。面接は1人につき40~50分ほどかけて行い、主にコミュニケーション力とスキル・素養の確認に重点を置いている。
 選抜された社員に対しては課長になるまでの個別育成計画書が策定され、それに基づき計画的にローテーションを行い、管理職になるために必要なさまざまな経験を積んでもらう。
「本人の描いているキャリアデザインや能力、適性なども考慮した上で、人事財務部のほうで一人ひとりにあった個別の育成計画を策定します。個別育成計画書自体を本人に見せることはありませんが、それに沿って計画的にローテーションを行ったり、経営管理研修を受講したりということで早期育成を図っています」
 これらのプログラムは、選抜された社員が課長になるまで続けられるという、非常に手厚い育成制度になっている。ただし、コア人材育成研修に選抜され、育成プログラムに沿って研鑽に励んだからといって、課長に登用されることが保証されているわけではない。課長に登用されるためには他の社員同様、経営基幹職登用試験に合格する必要がある。その意味では研修と試験の両方をクリアしなくてはならない厳しい制度ともいえる。
 上司からの推薦もあるが、コア人材育成研修は基本的に自ら手を挙げる立候補方式を採用している。やる気のある人にどんどん手を挙げてもらい、それによって通常の人事では埋もれてしまっていたかもしれない人材の発掘に同社では期待を寄せている。
「2011年に始めたときは何十人もの応募がありました。その後は年によってバラつきはありますが、この1、2年は10人弱の応募となっています。今までに30人ほどが研修を行っており、そのうち半数以上は既に課長に登用されています」

4.グローバル人材の育成を目指す3コース

 世界各地に拠点を構えるアステラス製薬は、今では全体の売上高の65%を海外拠点で占めており、グローバルに活躍できる人材を育成する重要性は高まっている。日本国内の生産を手掛ける同社においても、海外の生産工場に対して"日本品質"を指導することができる人材や、海外から国内生産拠点の視察等に訪れてくる外国人に対応できる人材のニーズが高まる一方だ。そうしたニーズに応えられる人材育成を目標にして実施しているのが、グローバル人材育成システムである。
 同制度では、①グローバル人材交流研修、②海外短期留学、③海外研修派遣の三つのプログラムを用意している。
 ①グローバル人材交流研修は、これまでの学習で身につけた英語力に磨きをかけるため、海外の生産工場に1週間滞在する。海外拠点の社員とのコミュニケーションを図ると同時に、グローバルな人的ネットワークづくりに役立ててもらうことを目的とする。
 ②海外短期留学は、日本人がまったくいないイギリスの地方都市を選び、1カ月間ホームステイをして語学学校へ通い、さまざまな国の人と触れ合いながら、さらなる語学力の向上とグローバルな感覚の習得を目指す。コミュニケーションの取り方、レスポンスの取り方の違いなど、海外との文化の違いを知る機会となっているという。
 ③海外研修派遣は、三つのプログラムのうち一番長期の研修で、海外の生産工場などに半年間から1年間派遣し、現地で実際に業務に携わりながら実戦的な語学力の習得と海外経験を積むことを目的としている。
 グローバル人材育成システムは、各プログラムともに毎年若干名の募集を行い、選考を行った上で対象者を決める。
 募集対象は一般職のグレード6~9に当たる社員で、入社4年目以降(キャリア入社者を除く)としている。所定のエントリーシートに記入し、毎年作成している「学習計画書」とともに人事財務部に提出する。この「学習計画書」とは、グローバル人材育成システムに選抜された場合、英語力向上のために毎年度どのような学習を行い、TOEICのスコアで何点を目指すかという計画を書き込むものであり、同時に計画どおりの学習ができたかどうか、結果としてTOEICで何点取れたかという実績を毎年度記録していくものである。

5.研修派遣

 通常、製薬品は工場での大量生産が始まる前に試験薬の開発、臨床試験(治験)などを経て、大量生産に向けた開発が行われる。治験で試用される薬品は少量生産のため、その薬品を実際に工場のラインで生産するとなると、さまざまな調整が必要になる。その際には、生産現場の知識だけでなく、研究・開発段階の現場の知識も非常に重要となる。そこで、同社では研究・開発と生産の円滑な連携を図ると同時に研究・開発の現場で学んだことをフィードバックして生産に活かすことを目的に研修派遣を行っている。
 対象者は入社3~8年目までの社員で、アステラス製薬の研究・開発部門に派遣される。人事と上司が話し合って、適任者を年に3~4人選んで派遣している。派遣期間は2年間と長い。
「研究・開発部門の人たちと同じ土俵で議論できるようになることを一つの目標にしていますので、どうしても2年くらいはかかります。実際にプロジェクトのメンバーになって一緒に研究・開発を行う、極めて実戦的な研修です」

6.今後の展望

 2011年の制度導入から丸6年が経ち、人材交流研修、コア人材育成研修、グローバル人材育成システム、研修派遣については、それぞれに期待どおりの成果が現れているという。
 また、今後の展望について丹羽氏は以下のように語る。
「通常、転勤などで職場を移らない限り他の事業所を知る機会はありません。しかし、交流研修を行うことによって普段とは違う職場を経験することができます。研修を通じて新たな気づきや発見が生まれることも多く、そこで得た気づきを現場に持ち込み、業務の改善や現場力の向上に還元しています。また、コア人材育成研修を経て管理職に登用された従業員も既に誕生しており、着実に成果を出しています。これからも交流研修を通じて、従業員の成長支援とともに社内のコミュニケーション促進による組織力強化を促していきたいと考えています」