パラレルキャリアが組織文化に与える影響
石山恒貴 いしやま のぶたか 一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。人材育成学会理事。 |
1.パラレルキャリアの定義
本稿では、パラレルキャリアが企業等の組織文化にどのような影響を与えるのか、という観点について考えてみたい。そこで、まずはパラレルキャリアの定義から述べていきたい。昨今、兼業・副業、あるいは複業という言葉が注目を浴びている。これらの用語は、パラレルワークと呼ばれることもあるが、複数の仕事を同時に行っていることを意味する。パラレルキャリアの定義が確立されているわけではないが、筆者はパラレルキャリアの定義は兼業・副業、あるいは複業よりも広いものと考える。
そもそもパラレルキャリアとは、P・F・ドラッカーが『明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命』で紹介した言葉である。ドラッカーは知識労働者が従来の労働者に比べ働く期間が長くなったことを指摘し、それに対処するために、パラレルキャリアが有効だとする。その際ドラッカーは、自分が長く続けた仕事に週40時間、50時間を費やすとするなら、それ以外の非営利組織での活動に週10時間程度を同時に費やしてみてはどうだろう、と提案している。非営利組織とは、ガールスカウトや教会の運営などの例があげられている。つまりドラッカーが考えていたパラレルキャリアとは、「働くこと」と「社会活動」を同時に行うことであった。
筆者の考えるパラレルキャリアの定義は、ドラッカーの提唱に基づくものだ。つまり、複数の仕事を同時に行うことだけを意味するのではなく、働きながらその他の社会活動全般(仕事も含む)を行うことがパラレルキャリアだと考える。「キャリア」という言葉自体、職業キャリアを意味するのか、ライフキャリア(人生全体をキャリアと考える)を意味するのか、という定義の違いがある。それをライフキャリアとして捉えれば、パラレルキャリアとは、働きながらその他の社会活動全般(仕事も含む)を行うことである、と理解しやすいだろう。
2.パラレルキャリアを組織文化に活かす必要性
パラレルキャリアとは、ライフキャリアに関する活動を同時に行うこと、と定義した時に、会社にとっては関係ないこと、と捉えられてしまうかもしれない。あくまで会社としては社員に自社の仕事に専念してもらうことが重要であり、業務時間外にボランティアをしようが何をしようが関係ない、ということになるかもしれない。さらに会社の本音としては、業務時間外にしっかりと休息してもらうのは歓迎だが、仕事以外の活動はなるべく避けてもらいたい、ということがあるかもしれない。平日、休日を問わず、仕事以外の活動を優先されて残業に対応してもらわなくなることは困る、と考えるからだ。あるいは、地域コミュニティの活動に入れ込むことで、転勤命令に従わなくなってもらっては困る、と考えるかもしれない。
ここまでの議論を筆者は、会社が自社の社員を会社人と考えるのか、社会人と考えるのかの違いである、と整理してみたい。「会社人と考える」とは、人生の中で会社の業務だけを優先し、その他の人生の役割は重視しない存在である。そうであれば、平日も休日も残業や会社のイベントへの参加を厭わないであろうし、転勤命令に逆らうこともないだろう。他方、社会人とは、会社の仕事を行うと同時に、その他の人生の役割も積極的にこなす存在である。
一見、会社にとっては会社人であることが望ましく、社会人は会社に忠誠を誓わない面倒な存在と思ってしまうかもしれない。しかしそれはやや単純すぎる考え方だと、筆者は考える。会社は社員を会社人として拘束できるほど、社員の雇用を永久に保障できるのだろうか。また、会社人として会社の内部だけに関心がある人々の中から新しい視点がうまれ、イノベーションを起こすことができるのだろうか。高度経済成長期のように安定している時代ならいざ知らず、昨今のように技術変化が激しい時代においては、社会人としての新しい視点を持ち込んでこそ、会社の競争力につながるのではないだろうか。つまり、社員を社会人として考える組織文化を形成することこそ、企業が持続的に成長する鍵であると筆者は考える。
3.パラレルキャリアを組織文化に活かす実践例
パラレルキャリアを組織文化に活かそうとする実践例としては、さくらインターネット株式会社が挙げられる。同社は2016年12月のプレスリリースで、スキルや経験を活かした社外活動(起業、当社以外での就業、ボランティアなど)のパラレルキャリアを会社として支援すると宣言した。同社の田中社長のインタビュー(2枚目の名刺webマガジン)によれば、パラレルキャリアを行うことで社員の人生の充足感が高まり、各人のクリエイティビティが向上し、それが本業にも還元されることが狙いだという。同様に、兼業解禁として話題に上ったロート製薬の「社外チャレンジワーク」も、社外での経験で培った新しい価値観が会社に還元されることが狙いの一つである。
会社だけでなく、2017年3月には神戸市が、職員の外部での経験を市民サービスの向上につなげるため、社会性や公共性の高い組織における副業の許可基準を定める、という新聞報道もあった。今後ますます、パラレルキャリアを組織文化に活かそうとする組織が多くなっていくものと筆者は予想する。