定年の後もずっと働けるビジネスパーソンの特徴
田中靖浩 たなか やすひろ 1963年生まれ、三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業。外資系コンサルティング会社勤務などを経て現職。経営セミナー・ビジネススクール講師、書籍・雑誌等への執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントを展開するなど変幻自在に活躍中。主な著書に『値決めの心理作戦 儲かる一言 損する一言』『米軍式 人を動かすマネジメント』『良い値決め 悪い値決め』(以上、日本経済新聞出版社)、『40歳からの"名刺をすてられる"生き方』(講談社)などがある。 |
不安の時代、「起業」を志すビジネスパーソンが増えている
私は「起業家向け」のビジネススクールにて講師をしています。生徒の中心は30~40代ですが、最近50代の生徒が増えてきました。彼らのほとんどは大企業に勤務しています。これまでの時代、「大企業勤務のビジネスパーソン」が起業家スクールに通うことは少なかったと思います。では、どうして彼らは起業家を目指すのでしょう? そこには日本をめぐる、大きな労働環境の変化があります。一言でいえば「大企業といえどもアテにならないぞ」と不安を感じる中高年が増えたことに尽きるでしょう。
シャープそして東芝……まさかの経営危機がニュースで報じられることが増えました。かつてそこに就職するだけでお祝いしてもらえた大企業に暗雲が立ちこめています。「このまま会社勤めでいいのだろうか?」 そう考える人が増えているのは想像に難くありません。
その不安心理に、少子高齢化に伴う国家財政不安が拍車を掛けます。何とか無事に定年まで勤めたとしても、その先の人生はまだまだ長いです。会社人生の終わりが働く人生の終わりではあまりに寂しいし心もとない。だからこそ一念発起して「起業」を志す人が増えているのです。
起業の成否を分けるのは「スキル」ではない!
どこかの会社に雇ってもらうのではなく、自らビジネスを起こすのが起業です。最近のデータによれば、「起業」志望者に占める中高年の割合が少しずつ増えてきているのだとか。まったくもって納得できるデータです。さてここからが重要なところ。起業家スクールに通った中高年はめでたく起業できるのか、それともできないのか? 当然のことながら起業に成功する人と失敗する人がいます。彼らの成否を分けるポイントは、いったい何なのでしょうか?
講師の私が言うのもなんですが、ビジネススクールで学ぶ戦略・会計・マーケティングといった「スキル」の類いは起業の成否を分ける真のポイントではありません。もっと大切なのは本人の「人間性」です。「一緒にやりましょう!」と声を掛けてもらえる人間性を持っているかどうか、ここが一番のポイント。この点、教室で「年下の同級生」と仲良くしているわが生徒は、起業してもうまくいく可能性が高いと思います。しかし、残念ながら世の中にはいらっしゃるのです、「いまさら年下と仲良くできるか!」という雰囲気を身にまとった方が(経験上、大企業勤務者かつ男性に多いです)。
規律と規則が重視される「ピラミッド組織」で長い間働いた人は、「階層に応じた振る舞い」を身に付けるうち、フラットな「ネットワーク組織」で働くことが苦手になってしまうのでしょう。いまや起業といっても、銀行から金を借りて設備投資し、製造業を始めるようなケースは少ないです。起業の多くはアイデア勝負のサービス業。そんなサービス業では、資金は要らない代わりにアイデアや企画を生み出す力が必要です。自分の力で足りないときは、他のパートナーと組めばいい。そこで必要なのはネットワークを組めるだけの人間性=本人の魅力にほかなりません。
シニアに最も必要な「応援される力」とは
ビジネススクールを訪れる人は勤勉で真面目な人ばかりです。「自らに欠けているスキル」を埋めようと勉強するわけです。そんな彼らには、「起業のために欠けている能力を補う」という発想があります。もしかするとこれが根本的な誤りなのかもしれません。「欠けている」のではなく「ありすぎる」のです。ありすぎるものとは「大企業時代に身に付けたクセ」です。例えば年下と仲良くできない「威張りグセ」、その場で決断できず持ち帰って考えたがる「お持ち帰りグセ」、すぐに集まりたがる「会議グセ」……。本人はこれらの「無くて七癖」に気が付きません。しかし、周りの人間はそれにすぐ気付いて、静かに離れていってしまうのです。
シニア起業に最も必要なもの、それは「応援される力」と言い換えてもいいでしょう。これは残念ながら、どこの学校でも教えてもらえないスキルです。日々好奇心を持ちながら楽しく生きること。この積み重ねなくして「応援される力」は身に付きません。
会社を辞めて起業するとき、あるいは定年を迎えて起業するとき、雇ってもらうのでなく自ら起業して成功できるかどうか──その勝負の分岐点は「起業するそのとき」ではなく、もっと早めにやってきます。おそらく起業や定年の10年ほど前に。願わくはあなた自身がそのときに「一緒にやろう」と声を掛けてもらえますことを。そして会社の人事が「飼い殺し」をやめて、シニアの独り立ちを応援する態勢に変化できますことを。そしてこの日本が「定年の後もずっと働ける国」でありますことを。