2017年06月23日掲載

Point of view - 第89回 金子雅臣 ―デキる上司のパワーハラスメント

デキる上司のパワーハラスメント

金子雅臣  かねこ まさおみ 
一般社団法人職場のハラスメント研究所 所長

労働ジャーナリスト

東京都庁にて長年、労働相談に従事。労働ジャーナリストとしての執筆のかたわら、2008年に一般社団法人職場のハラスメント研究所を立ち上げ、講演、指導などを多数手がける。現在は、研究所所長のほか、葛飾区男女苦情処理委員、日本教育心理学会スーパーバイザーなどを務める。主な著書には『壊れる男たち』(岩波新書)、『部下を壊す上司たち』(PHP)、『職場いじめ』(平凡新書)、『ホームレスになった』(ちくま文庫)などがある。

人事を泣かせるパワハラ問題の一つに「デキる上司のパワハラ」というテーマがある。つまり、会社にとっては有能で成績のいい管理職がパワハラをした場合の対応の難しさである。会社の上層部からも、「処分をしたら会社全体の士気にかかわる」とか、「有能な管理職をそんなことで失いたくない」さらには「パワハラごときで優秀な人材を切り捨てて、会社の将来をダメにするのか」などという声も聞こえてくる。

デキる上司の勘違い

部下指導に消極的な管理職に比べれば、いわゆる熱血指導でパワハラを起こしてしまうデキる管理職は、会社にとっては、はるかに優秀で貴重な人材でもある。「問題になると大変だ」とか、「面倒は避けるようにしよう」などという、いわゆる事なかれ主義の管理職が増える傾向といわれることを考えればなおさらである。

しかし、いくら優秀な管理職であっても、自らの怒りのコントロールができずにしょっちゅう暴発したり、部下をいじめる目的のパワハラを何度も繰り返したりする人がそもそも管理職としてふさわしいかどうかはまた別問題である。

そうした極端な管理職はさておき、ここで問題にしたいのは、個人的な資質のことではなく、仕事熱心なあまりにデキる管理職が行ったとされるパワーハラスメントへの対応である。いわゆる熱血指導などといわれる、正しい目的で行ったとされるパワハラをどのように考えたらよいかということである。

こうした上司に共通するのは、確かに仕事はできるのだが、部下を"成績を上げるための手段"、つまり手足としていかにうまく使うかということになりがちな点だ。「黙って俺の言うとおりにやればいい」「余計なことは考えるな」「俺はこれでこれまで結果を出してきた」というやり方になりやすいことである。

その結果、「言われたことはやれて当たり前」「なぜ、言われたとおりにできないのか」「やる気がない」「本気でやっていない」「手を抜いている」などの評価になりがちだ。そして、その結果起きるのがパワハラである。

デキる上司の条件

こうした部下指導で問題とされるべきことは、デキる上司であるがゆえに、部下の努力を正当に評価できずに部下のモチベーションを低下させてしまうことである。そもそも、本当にデキる上司の条件とは、自分が仕事の能力があることはもちろんであるが、部下にモチベーションを与えてやる気にさせることや部下を育てること、などが大切な要素である。

考えるべきは、この部下育てを理解しない管理職に、果たしてデキる上司の称号を与えてよいかということである。確かに、プレイングマネージャーとして結果を出している管理職は、それだけで評価されがちで、組織としても安易に"デキる"と評価してしまいがちだ。しかし、そうした評価を繰り返していると、その上司の評価の陰でパワハラ被害を受けている部下は確実にモチベーションを下げてしまい、組織としての根腐れが起きてしまう。

もう一度考えてほしいことは、デキる上司というのは、プレイングマネージャーとして有能なこと、つまり能力があり結果を出すということだけでなく、部下指導での有能さを含めて与えられる称号であり、パワーハラスメントをするような上司はデキる上司とは言えないということである。

効果的な部下指導

さて、そこですでに挙げた部下育てのマネジメントをいかにやっていくのかが問題になるが、いわゆるデキる上司には、ここでも難問を抱えていることが多い。それは部下をホメることができないという関門である。

部下育ての手法としてよく言われるように、部下はホメて使うことが大切であることは言うまでもない。ところが、デキるパワハラ上司の弱点は、この「ホメる」ができないことである。典型的には期待感を込めた「キミには期待しているよ」、ねぎらいの言葉としての「ご苦労さま、よく頑張ってくれたね」、そして、結果を出した場合には「よくやった。キミならできると思っていたよ」などの言葉が出てこない。

デキる上司は自分がデキるだけに、すでに触れたように「やって当たり前」と思いがちである。そこで、部下が多少頑張っても、それを頑張りとは認められないことになる。その結果「褒めるところのない部下をどのようにすればいいのか」などという反論になってくるのである。

そうした見方の欠陥は結果から部下を評価すること、つまり自分の期待していた結果を出さない部下への評価である場合が多い。確かに、結果を出さないことに意識が行き過ぎていると、部下を褒めることは難しい。

しかし、そうした上司たちは少し視点を変えてほしい。結果だけでなくプロセスに目をやれば、頑張りや、どこが足りないのかが見えてくる。部下の行動に関心をもち、プロセスを見れば「頑張ったね」とか「もう一息だ」というねぎらいや期待の言葉が素直に出てくる。

そして、何よりも大切なことは、叱ることでモチベーションを下げることよりもホメることでモチベーションを高めることが、より効果的な部下指導だということを自身の経験を振り返って再確認することである。