2017年09月11日掲載

変化創出系ミドル「課長 夏川あい」の育て方 - 第7回 終章:新たな人材育成の仕組みづくり


PMIコンサルティング 株式会社
ファウンダー 有田 曉生

■課長 夏川あいの偶然を必然に変える

 序章でも述べたとおり、経営環境は非連続的で加速度的な変化を基調とし、変化の内容も多様化しながら不確実性を高めている。そのような経営環境の下では、自らが積極的に働き掛けて経営環境そのものを変えていくことができる「変化創出力」だ。

 本連載では、夏川あいが「変化創出力」を育んでいく職務経験をなぞってきた。それらの過程では偶然の出来事が重なり、それを活かすことができた彼女の働き掛けもあった。しかしながら多くの企業では、夏川あいのような職務経験をたどることができる社員はまれであり、「変化創出力」を備えているミドルの出現率も低い。

 社員が成長する要因の7割が職務経験によって占められている。「変化創出力」を育む上でも同様で、成功の鍵を握るのは職務経験のデザインだ。それを偶発的な結果に頼っていては、企業全体での変化創出力も低下していく。そのため、偶然を必然に変えるための仕組みが必要になる。

■偶然を必然に変えるための人材育成モデル

 ここでもう一度、序章で紹介した「人材育成のマクロモデル(成長法則)」[図表1]と「人材育成のミクロモデル(育成法則)」[図表2]についておさらいをしたい。

[図表1]人材育成のマクロモデル

 変化創出力の高い人材を育成するためには、「人材育成のマクロモデル(成長法則)」に沿った職務経験のデザインが必要となる。
 重要なのは、各STAGEの育成テーマに沿った"ゼネラリティストレッチ"だ。例えば、STAGE-3の「専門的な思考力の形成期」では、生涯の武器になるような専門性の柱をつくることが育成テーマとなるが、そのゴールは、身に付けた専門性を他の専門分野にも応用が可能な汎用能力に高めていくことだ。そのためには、マーケティングの専門性を人事分野で活用するなど、自身の専門性を他の専門分野で応用する職務経験が求められる。これがヨコ軸の"ゼネラリティストレッチ"だ。
 一方、タテ軸の"スペシャリティストレッチ"とは、担当する職務の反復訓練によって職務の熟練度を高めていくことをいう。これも重要だが、これだけでは「変化創出力」はもちろんのこと、変化に追いつくことも難しくなる。そのため、STAGEごとの育成テーマに沿った"ゼネラリティストレッチ"との適切な組み合わせが必要になり、その全体的な構造をモデル化したのが「人材育成のマクロモデル(成長法則)」だ。

 次に、ステージごとの育成効率を高めるためには、「人材育成のミクロモデル(育成法則)」に沿った職務経験のデザインが有効だ[図表2]
 昇進・昇格によって新たなSTAGEに立った最初のステップでは、上進した要求水準に対するマインドセットを中心とした"ゼネラリティストレッチ"を行う。続いて、要求水準を満たすための反復訓練を行うステップへと進む。さらには、要求水準を上回るレベルを目指した"スペシャリティストレッチ"に取り組み、要求水準を上回るスペシャリティの応用力を高めて行くために、"ゼネラリティストレッチ"に挑戦するステップへと発展していく。
 「人材育成のミクロモデル(育成法則)」を用いると、期初に行う目標設定やOJTにも明確な指針を置くことができる。また、Off-JTによる支援においても、どのタイミングでどのようなプログラムを投入すればよいかを明確にすることができる。

[図表2]人材育成のミクロモデル

■変化創出系ミドルを輩出するための三つの施策を提言する

1.全社共通の判断基準を浸透させること
 「人材育成のマクロモデル(成長法則)」と「人材育成のミクロモデル(育成法則)」を、全社共通の人事マネジメントの判断基準として浸透させることを提言したい。人事マネジメントの判断基準とは、職務配分や目標設定、昇進・昇格や異動の際の判断基準だ。この判断基準を浸透させることで、近視眼的で成り行き的な人事の積み重ねの弊害により、社員の成長機会をつぶしてしまう問題を避けることができ、「変化創出力」を備えたミドルの出現率を高めることも可能になる。

 その際に、この判断基準と既存の人事制度との整合化を図ることが重要になる。弊社のスタディによれば、先に掲げた「人材育成のマクロモデル(成長法則)」は、職能型にせよ職務型にせよ、さまざまな人事制度の階層構造と整合化させることが可能だ。一方、すべての社員が「変化創造力」を備える必要はないと判断する会社も多いだろう。そのような場合は、人事制度の複線化による、「変化創出力育成コース」の導入を検討すればよい。

2.職務経験を"見える化"すること
 それぞれの階層に応じて「人材育成のマクロモデル(成長法則)」と「人材育成のミクロモデル(育成法則)」をベースに、社員の職務経験情報をレコードして"見える化"する仕組みも必要になる。これがあれば、それまでと異なるストレッチが必要になるタイミングとストレッチの方法を知ることができ、期初の目標面談や、昇進・昇格や異動の判断を行う際に有益な情報を得られる。少なくとも、特定の職務経験に塩漬け状態になっている人材がいれば、有効なアラート情報となるだろう。

 問題は運用面にある。異動によって"職務経験の幅出し"が必要な部下がいても、自部門の目先の都合で、その部下を手放そうとしない管理職者が多くを占めるようであれば、この仕組みは機能しない。このような会社では、全社共通の判断基準の浸透を徹底するための教育が必要になる。また、職務経験を昇進・昇格の条件に加えるなど、ルール面での工夫も必要になるだろう。

3.人工的な職務経験を仕組み化すること
 各階層で必要になる"ゼネラリティストレッチ"、すなわち"職務経験の幅出し"には、異動をさせることが有効だ。また、新たな職務開発を行う方法や、全社横断的なプロジェクトに投入する方法もある。しかしながら、現実には機会は限られており、難しいケースが多い。そのため、人工的に"職務経験の幅出し"ができるような仕組みが必要になる。
 例えば、STAGE-2の「多面的な思考力の形成期」であれば、同じ組織に所属していながら、これまで一緒に仕事をしたことがない、異なる職務の従事者とチームを組んで、自組織の課題形成に多面的な視点から取り組むことができるプログラムの導入が挙げられる。ここで取り扱う課題は、自組織の中でも後回しにされるような、重要度は高いが緊急度は低い課題がよい。期間は半年もあれば、十分に育成効果を得ることができる。

 この仕組みは、「GE式ワークアウト」の概念と同様だが、重要なのは、"ゼネラリティストレッチ"を仕掛けるべきタイミングの人材を適時適切に見いだして参加させることだ。この仕組みを適切に運用するためにも、先に提言した二つの施策の導入が前提となる。

■人材育成改革に向けたメッセージ

 ある時期に急成長を遂げて、強固なビジネスモデルを確立した企業ほど、社員の職務経験は限定的になり、社員もまた小粒化していく。そして、気が付けば既存のビジネスモデルの延命策にのみ傾倒して、グローバルなビジネスフィールドの変化から取り残され、変化を自創することができなくなる。危機感を抱いて、事業のポートフォリオと人材のポートフォリオを見直しても、既に「変化創造力」を備えた人材が決定的に不足している現実に直面する。
 このような企業は、決して少なくない。人材育成には時間がかかるため、致命的ともいえる現象だ。中途採用で何とかしようとしても、採用は困難を極める。そもそも、「変化創出力」を備えた人材が育たない組織の中では、中途採用した人材の活用もおぼつかないだろう。変化創造力の高いパートナーや、パートナー企業とのアライアンスで対応しようする企業もあるが、アライアンスを進める自社の人材に「変化創出力」がなければ機能しない。
 今日の経営環境を鑑みれば、ミドル人材の中の20~25%は、「変化創出系ミドル」が占めている状態が求められる。そのための改革は急務だ。経営者は、人材戦略をもっと経営戦略の上位に位置付けて経営のかじ取りをしなければならない。事業組織や機能組織の組織長にも、今まで以上に人材戦略を重視した組織運営が求められる。また、人事部門も、もっとイノベーションを志向する組織としての機能を強化しなければならない。

【連載全7回のテーマ】

[第1回]序章 人材育成への問題提起

[第2回]営業先で仕事の考え方が変わった日 STAGE-1 ビジネスOSの導入期

[第3回]実務を通じて汎用能力の土台をつくる STAGE-2 多面的な思考力の形成期

[第4回]再び営業現場で専門能力の柱をつくる STAGE-3 専門的な思考力の形成期

[第5回]異動先で専門能力を拡張する STAGE-4 多角的な専門性の形成期

[第6回]職場改革をリードする STAGE-5 夏川あいの後日談

[第7回]終章 新たな人材育成の仕組みづくり

有田 曉生 ありた あきお
PMIコンサルティング株式会社 ファウンダー
人事、組織、マーケティングなど、多岐にわたる分野で、多くの企業に対するコンサルテーションの実績を持つ。PMIコンサルティングを設立し、ソリューション提供側の論理によってのみ構成されていたコンサルティング・ソリューションを、すべて「人」の学習と成長の観点から見直す。企業の競争力の源泉である「人」を徹底的に洞察する独自のアプローチは、多くの企業から注目されている。
http://www.pmi-c.co.jp/