2017年11月10日掲載

Point of view - 第99回 藤島正人 ―"人材育成監査"のススメ 人材育成策の定期的な検証で改善・向上を図り、効果的な施策を実現する

"人材育成監査"のススメ
人材育成策の定期的な検証で改善・向上を図り、効果的な施策を実現する

藤島正人 ふじしま まさと 
産経通信社人材開発研究所 所長

北海道出身、早稲田大学大学院商学研究科修了後、シャープ㈱入社。国内や中国・マレーシア等海外拠点の人材育成担当、人材開発センター長を経て、産経通信社人材開発研究所を設立。以後、多数の企業・自治体の人事・人材育成のコンサルティングを実施。近年、人材育成監査の必要性に注力し推進。

1.人材育成監査の必要性

企業が永続的に発展し続けるために、その鍵を握る「人材」を育成することは重要であり、組織にとっての永遠の課題ともいえる。実際、各社が工夫を凝らし、さまざまな人材育成策を推進している。

通常、企業が具備すべき機能は、次の3点である。

①目標達成に向けて事業を計画どおり遂行する「業務遂行機能」
②新しい価値を生み出すための「企画・調査・研究機能」
③現状の推進内容を点検・改善する「監査・改善機能」

このうち、企業は人材育成を通じて、付加価値の高い商品・サービスをスピーディかつスムーズに市場投入するために、上記①②に関する取り組みには余念がないが、③が弱いケースをよく見掛ける。筆者がコンサルティング活動を通じて、各社の人材育成策の内容を拝見すると、見直しをしないまま毎年同じ研修が繰り返されていたり、自社の課題を克服するための"求められる人材"の育成とはかけ離れた施策が展開されており、改善すべき点は少なくない。

そこで、筆者は、人材育成策の見直しの方法として「人材育成監査」を推奨している。その目的と期待される効果は[図表1]のとおりである。以下では、その具体的な進め方について紹介する。

[図表1]人材育成監査の目的と期待される効果

[1]目的

①現在取り組んでいる人材育成策の内容を、多角的な視点から検証し、問題・課題を抽出して改善することで、より実効性の高い取り組みを推進していく
②企業では、決算時に売り上げや利益のみならず、すべての推進内容を棚卸し・点検するが、人材育成監査も決算時と軌を一にして行うことで、経営との連動性を高めていく

[2]期待される効果

①会社の経営・成長戦略と人材育成との整合性や現在推進中の人材育成策の的確性や効果が全体的に把握でき、マクロの視点で改善・向上が図れる
②現在推進中の個別施策を点検し、目的・内容・推進方法の的確性と効果性・効率性を確認することで内容の改善・向上が図れる
③人材育成関連の経費を点検することで費用の効果的・効率的な運用改善が図れる
④常に上位方針や企業を取り巻く環境の変化を注視することで、経営方針に整合した迅速な人材育成ニーズの把握とこれに対応した施策が推進できる
⑤決算期に合わせて定期的・継続的に実施することでノウハウが蓄積され、自社に適合した監査が推進できる。また、監査結果のフォローにより、監査結果が今後の人材育成策の「歯止め」として機能し、より的確で効果的な推進が図れる

2.人材育成監査の進め方と内容

[1]マクロとミクロの二つの軸から現状を把握する

では、実際に「人材育成監査」をどのように進めていくのか見ていこう。

「人材育成監査」は、①人材育成施策を経営戦略・人事戦略との連動というマクロの視点で捉える「全体人材育成監査」と、②個々の施策の実効性をミクロの視点で捉える「個別人材育成監査」の二つの軸で構成する。

全体人材育成監査は、企業の戦略や方針と現在推進中の人材育成策が整合しているかを把握し、企業を取り巻く環境変化に迅速に対応した人材育成策が推進できているかを見るものである。

一方、個別人材育成監査は、現在推進中の個別施策が当初の目的や意図(ニーズ・目標・内容・方法・効果・経費)と乖離していないかをチェックし、企業を取り巻く環境変化に対し、現在推進中の人材育成策が効果を上げているか、新たに取り組むべき施策はないかを見るものである。

[2]監査項目と監査内容

(1)全体人材育成監査

全体人材育成監査は、次の①~⑩の項目からなり、それぞれに対して、全社的な視点から人材育成における現状の推進内容を的確性・効果性・効率性の視点からチェックする。

①経営理念で人材育成をどのように位置づけているかをチェックする
②経営方針で人材育成の方向性をどのように明示しているかをチェックする
③事業戦略など重要方針で人材育成をどのように推進していこうとしているかをチェックする
④上位方針からの明示はないが、計画的に取り組まなければならない次世代経営幹部育成や職能別専門能力の育成、新人の早期戦力化などの重要な個別施策や一定の推進費用を要している個別施策を「特記推進項目」として、その進捗や効果をチェックする
⑤人材育成を担う組織の位置づけと役割・人員など推進体制の現状を把握する
⑥現状の人材育成体系(教育・研修面と制度面)と推進概要(目的・内容)の実態を把握する
⑦現状の人材育成施設(研修室・宿舎の収容人員と稼働率・事務室・講師室・図書室・食堂・駐車場等その他施設)と運営管理内容(運営規則・施設の運営・安全・衛生・動力・保守・教材機器・設備備品管理・運営システム管理・施設利用料金)の実態を把握する
⑧現状の人材育成関連規程・規則(人材育成規程・決済基準・経費負担区分や費用管理・法的準拠・秘密保持等)内容を精査する
⑨大学や教育団体・補助金制度・社外講師招聘・社外施設・研修室の利用状況・教材機器等の活用状況など社外リソースの活用実態を把握する
⑩人材育成関連経費予算(教育・研修経費と制度経費)と現状の推進内容との費用対効果を把握する

(2)個別人材育成監査

新入社員研修や管理職研修、専門知識習得に向けた選択型研修などの教育・研修面やキャリア開発ローテーション制度、社内資格認定制度、人事申告制度などの制度面の個別施策は、通常、[図表2]に掲げた手順に従って設定・設計される。

[図表2]個別施策の設計手順

個別人材育成監査は、個別施策について当初の目的や狙いと現状とを比較し、当初の狙いどおりの効果を上げているのか、効果が上がっていない場合には、どこに問題があり、改善すべき点は何なのかを突き詰めて、継続的な改善につなげる仕組みである。

①上位方針等からのニーズ把握と個別推進項目の設定

どのようなニーズから個別施策(教育・研修面と制度面)を企画・立案したのか。また、その内容に対し、現状の推進内容の効果を検証する。

②推進目的・目標の設定

どのような目的を設定したか(個別施策の狙いは何だったのか)。また、その目標をどのように設定したか(目的達成のために、どのような到達水準・状態を想定したか)を検証する。なお、この推進目的・目標の設定時には、下記⑤の「効果」に関して、効果目標と測定方法も合わせて決めておくことが重要となる。

③推進内容

どのような内容(対象・人員・期間・日数・内容と構成、カリキュラム等)を設定したか。また、その内容に対して計画どおり進んでいるかを検証する。

④推進方法

どのような方法(集合研修・職場内実習・外部派遣学習・個人学習等の区分や講義・実習・演習・ロールプレイング学習・事例研究・視聴覚学習・eラーニング等の区分、講師、教材[テキスト・OHP・電子黒板・その他教材]の活用、実施施設・場所等)を設定し、それが当初の狙いを実現するために適合していたかを検証する。

⑤効果目標と測定方法

個別施策の実施による効果目標と測定方法をどのように設定したか。その達成状況を把握する。

⑥推進経費

個別施策の予算は、どのように立案したか。その予算の進捗を上記⑤と絡めて検証する。

[3]監査手順

監査は、以下の手順に沿って実施していく。

①開始時点での設定・計画内容と現状の状態を事実や客観的なデータに基づいて把握する
②項目ごとに内容の問題・課題を抽出する
③抽出した問題・課題を分析・検討し、改善すべき問題・課題を絞り込む
④絞り込んだ問題・課題に対して改善策を立案する
⑤立案した改善策は、[図表3]の評価基準で検討し、全体の優先順位づけをした上で決定する
⑥推進責任者は決定した改善策の実行計画書[図表4]を作成し、決裁者の承認を経て実行に移す

[図表3]改善策の検討表

[注]評価基準には、上記以外にも影響度、経費、リスク、適時性、法的準拠、納得性等がある。

[図表4]実行計画書

[4]監査実施時期と結果報告

全体人材育成監査については、人材育成部門の責任者が今期の全体推進項目の監査を実施し、個別施策の特記内容を含め、今期末までに経営トップに結果を報告し、承認を受ける。

一方、個別施策は、その施策を管掌する責任者が、今期の施策の監査を実施し、今期末10日前までに人材育成部門の責任者に報告し、承認を受ける。

なお、監査の実施に当たっては、監査責任者自らの判断のみで行うのではなく、関係者から情報収集や意見を聴取して実施することが重要となる。

[5]監査結果のフォローの実施

人材育成監査の運用上のポイントは、決定した改善策は迅速に実行に移し、以後の進捗管理(報告・連絡・相談の着実な実行)と成果の確認を着実に行うことにある。

また、監査結果のフォローは、毎期決算時に合わせて実施し、確実にPDCAを回していくことで、今期の監査結果を来期へつなげて、より的確で効果的な施策の改善向上に反映させる。

3.まとめ

企業の発展にとって「人材」を育成することは重要であり、そのための人材育成施策を推進することも必要である。しかし、現在取り組まれて人材育成策を拝見すると導入時点では十分時間をかけて検討するものの、以後もきちんと検証し改善・向上を目指し進めている企業が少ないというのが筆者の実感だ。

今回紹介した「人材育成監査」は、現在取り組んでいる内容を検証し、見直す方法である。今回紹介した内容を手掛かりに、まずは実行していただき、実践する中で、自社に適合する効果的仕組みを築いて頂ければ幸いである。

<参考>監査シート概要