パートタイマーを無期雇用の短時間正社員に転換
同一労働同一賃金を実現し、福利厚生を一本化
先進的な取り組みをしている企業の現場をレポート
[企業ZOOM]IN⇔OUT
会社概要:家具・インテリア・生活用品などの製造・販売で世界トップクラスの売り上げを誇るスウェーデン発祥のホームファニッシングカンパニー、イケアの日本法人。2002年に設立し、2006年に1号店を開店。現在は全国で9店舗を展開している。イケアグループ全体では29カ国で355以上のイケアストアを運営している。
本社:千葉県船橋市浜町2-3-30 5階
資本金:1億1000万円
社員数:3200人
<2017年8月現在>
http://www.ikea.com/jp/ja/
取材対応者:
Compensation & Benefits Manager
Human Resources 柏﨑里香氏
Change and Communication Manager
Corporate Communications 李 ファミ氏
取材・文/滝田誠一郎(ジャーナリスト)
1.注目を集めるイケアの人事制度
[1]イケアの経営ビジョン
家具・インテリア・生活用品などを製造・販売するイケアは、1943年に創業者Ingvar Kamprad(イングヴァル・カンプラード)が17歳の時に設立した会社である。もともとはペンやマッチなどを売る雑貨店だったが、1947年に地元の家具店と契約して家具販売に乗り出して成功を収め、1951年以降、家具販売に専念して急成長を遂げる。2017年8月現在、世界29カ国に355店、従業員数14万9000人を数える世界最大の家具量販店チェーンである。
イケアは創業時より、「より快適な毎日を、より多くの方々に」というビジョンを掲げている。一見すると顧客向けのビジョンのように思えるが、このビジョンは同時にまた従業員に対するイケアの基本的な考え方も示している。すなわち、"より快適な毎日を、より多くの従業員に"という意味も込められているのである。
日本法人イケア・ジャパンが設立されたのは2002年のこと。2006年に1号店を船橋市にオープンし、2017年8月現在で首都圏に4店(東京、千葉、埼玉、神奈川)、関西2店(大阪、神戸)、九州1店(福岡、*熊本にはIKEA Touchpoint熊本1店)、東北1店(宮城県)、2017年10月には記念すべき9店目が愛知県長久手にオープンした。従業員数は2017年8月現在で3238人。実にその99%が正社員である。女性比率は65%、女性マネジャー比率49.5%、外国人マネジャー比率15%。これらの数字を見るだけでイケア・ジャパンの経営ビジョンの一端がうかがえるというものだ。
ちなみに、イケアでは従業員のことを「コワーカー」と呼ぶ。従業員一人ひとりは単に「働く人(worker)」ではなく、「共に働く人(co-worker)」だと考えているからだ。ここにも同社の経営ビジョンがよく表れている。以下、本稿でも従業員ではなく「コワーカー」という言葉を使うことにする。
[2]新人事制度の導入
日本法人の設立から12年が経過した2014年9月、イケア・ジャパンは大幅な人事制度改革を実施した。主な改革ポイントは以下のとおり。
(1)有期雇用を廃止し、全員を無期雇用に
6カ月更新の有期雇用だったパートタイマー雇用を廃止し、全員を無期雇用に転換。全員が65歳定年までの勤務が可能になった。
(2)同一労働同一賃金の実現
同じ職務であれば、すべてのコワーカーに同じ賃金が支給されるべきだという考え方から、同一労働同一賃金を実現。
(3)福利厚生の一本化
従来は有期雇用のパートタイマーと無期雇用のコワーカーでは享受できる福利厚生に格差があったが、パートタイマーを無期雇用としたことに伴い、すべてのコワーカーが同じ福利厚生を受けることができるようにした。また、すべてのコワーカーの社会保険への加入を可能にさせた。
この人事制度改革は、"同一労働同一賃金"という言葉が当時センセーショナルだったこともあって、大いに注目された。政府が推し進める「働き方改革」の一環として同一労働同一賃金が議論されていることから、ここへきてまた同社の人事制度が注目されている。2014年の人事制度改革の背景と狙い、およびその概要について、制度改革でプロジェクトリーダーを務めた李氏と人事担当の柏崎氏に話をうかがった。
2.人事制度改革の根底にあるのは経営ビジョンと人事理念
[1]同社のビジョンと人事理念
2014年の人事制度改革の根底にあるもの、それはイケアの経営ビジョンであり、人事の理念だと李氏はいう。
「今後10年、20年と会社が持続的に成長していくために、新しい人事制度の準備に着手したのが2012年ごろです。会社としてのビジョンと人事の理念を具現化することを目的に人事制度改革に取り組みました」(李氏)
前述したとおり、同社は「より快適な毎日を、より多くの方々に」という経営ビジョンを掲げているが、この経営ビジョンを支えているのがイケアのビジネス理念と人事理念だ[図表1]。
[図表1]イケアのビジョンと理念
創業以来変わらない経営ビジョンの下、イケアならではの文化や価値観が醸成されてきた。同社でよく使う、"We Believe in People!"(イケアは人の力を信じます!)という言葉もその一つで、この価値観こそが、業務の基盤であり、誰でも受け入れるオープンで正直な企業文化の基盤になっていると李氏は語る。
[2]人事制度改革の三つの柱
経営ビジョン、人事理念、そして"人の力を信じる"という価値観。これらがイケアの考え方として根付いており、その考え方に基づき、同社の人事制度では大きく三つの柱を掲げている[図表2]。
(1)Diversity & Inclusion(多様な人材の受容と活用)
「自分らしく」いることを同社では重視しており、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(抱合、一体性)が同社のビジネスの成功には不可欠だという。コワーカー一人ひとりが、学びたいという好奇心を持ち、成長・発展の可能性を秘めた存在であり、コワーカーの成長が顧客満足につながると考えている。また、さまざまなライフステージにいるコワーカーがワーク・ライフ・バランスをうまく保てるようにしたいと考えている。
企業におけるダイバーシティは、一般的には多様な年齢、性別、人種、宗教を差別することなく受け入れることを意味するが、同社におけるダイバーシティはひと味違う。例えば、学歴や職歴といったバックグラウンドの違い、あるいはコミュニケーションスタイルの違い、さらには喫煙者であるか否かといったことなども含めてダイバーシティだと認識し、その違いを理解した上で受け入れるのが同社の考え方だ。
さらに、多様な人材が組織にいるというダイバーシティをさらに進めて、それぞれの違いを心から受容し、活用できる土壌をつくるインクルージョンも大切にしている。ダイバーシティが個々人の違いを意識した言葉であり、多様な人が働くことのできる環境を整えることに重点を置いた考え方であるのに対し、インクルージョンは多様な個々人が自分らしく組織に参加できる機会を創出する。一人ひとりが歓迎され、尊重され、支えられ、評価されていると感じることで個人が組織に貢献していることを実感する。つまり、イケアでは一人ひとりの異なる個性を最大限に活用している。
(2)Security(長期的な関係構築の保障)
コワーカーとの長期的な関係を保つために重要なのは、コワーカーを尊重し、互いに信頼し合える平等で公平な関係を築くこと。コワーカー一人ひとりとの対話に惜しみなく時間を費やし、率直な意見交換ができる職場環境を醸成して長期的な関係構築を保障していく。
(3)Equality(平等な機会創出)
『より快適な毎日を、より多くの方々に』という経営ビジョンに沿って、すべてのコワーカーに同じ福利厚生を、同じ職務には労働時間に関係なく同じ給与レンジを適用している。また、無期雇用契約(期間に定めのない雇用)で雇用の安定を図り、より柔軟な職場環境を提供する。
以上の3本柱の具体化を目標に、人事インフラの整備に着手し始めたのが、会社設立から10年の節目を迎えた2012年のことである。そこから約2年の歳月をかけて、2014年9月に新たな人事制度を導入した。世界各地で事業展開しているグローバル企業の日本法人であるため、本国スウェーデンで採用されている制度をそのまま導入したのかと思いきや、「日本的な雇用慣習などを尊重し、その長所は長所として生かしつつ、グローカル(Global + Local)な視点で制度を構築した」(李氏)そうだ。
以下では、2014年に導入した人事制度について具体的に見ていくことにする。
[図表2]人事制度の3本柱
3.有期雇用のパートタイマーから無期雇用のコワーカーへ
2014年の人事制度改定前は6カ月更新のパートタイマーを雇用していたが、人事制度改定を機に有期雇用だったパートタイマーを廃止し、パートタイマー全員を無期雇用に転換した。これによって全員が65歳までの勤務が可能な正規のコワーカーという扱いになった。また、2015年1月以降に入社したコワーカーは、全員が無期雇用契約となっている。
ただし、無期雇用のコワーカーだからといって、全員がフルタイムで働いているわけではない。コワーカーに適用される所定労働時間は①39時間/週(フルタイム)、②25~38時間/週(週平均30時間)、③12~24時間/週(週平均20時間)という三つの区分に分かれており、コワーカーは自身のライフステージに合わせた労働時間を柔軟に選択できるようになっている。週39時間のフルタイム以外を選択したコワーカーは短時間正社員と呼んでいる。
従来パートタイマーとして働いていたコワーカーの多くは週12~19時間の労働契約で働いていた。しかし、パートタイマーの無期雇用化に伴い、イケアで働くメンバーの一人として、イケアとともに成長・発展していける働き方をしてほしいという思いから、労働時間を延長し、週20時間か30時間のいずれかを選択できるようにした。
現在、無期雇用の短時間正社員になったコワーカーは週約20時間前後勤務する人と週約30時間前後勤務する人で構成されている。
ちなみに2017年7月現在の正社員比率は99%。うち短時間正社員が66%を占めている。残りの1%は定年後も1年の有期雇用で働いている65歳以上のコワーカーである。
「短時間正社員からフルタイム正社員になることも可能ですし、本人が希望すればフルタイム正社員から短時間正社員になることも可能です。実際、育児に専念したいという理由や、ボランティア活動にも精力的に取り組みたいという理由で週20時間契約の短時間正社員になった男性社員もいます。また、当社では短時間正社員であっても管理職になることが可能で、実際に短時間正社員のマネジャーも存在します」(柏崎氏)
4.同一労働同一賃金の実現
有期雇用のパートタイマーを無期雇用に転換したのに伴い、それまでパートタイマーとフルタイム正社員とで異なっていた給与体系を一本化した。もともと同社では、無期雇用のコワーカーの賃金には同一労働同一賃金を前提にした職務給が適用されていた。職務ごとにジョブ・ディスクリプション(職務記述書)があり、それに対応して賃金レベルが決まり、賃金レベルごとに給与レンジ(評価に応じた給与幅)が決まる仕組みである。これはグローバル共通のものを適用している。
以前のパートタイマーはというと、職務を基準とはしていたが、フルタイムのコワーカーと同じ仕事をしていても職務期待水準が異なっていた。また、給与面では時給制を適用しており、評価によって昇給するものの、フルタイム正社員との賃金格差が存在した。そこで、2014年の制度改正でパートタイマーから無期雇用に転換した際に、同一労働同一賃金を実現し、同じ職務であれば短時間正社員を含むすべてのコワーカーが同じ賃金レベルに位置づけるようにした。具体的にいえば、短時間正社員もフルタイムのコワーカーも同じ職務であれば時間給で同じ額になるよう、一律1300円に引き上げた。
同じ職務に就くフルタイムのコワーカーと短時間正社員が、賃金レベルに関しては同じ土俵に立ったということだ。だからといって同じ職務を担当する全員が同じ賃金かといえば、そうではない。同じ賃金レベルではあっても評価によって給与レンジが異なるからだ。その点を加味するならば同一労働同一賃金ではなく、"同一労働同一賃金幅"というほうが正確かもしれない。
職務ごとの時間給をそろえるのと同時に、職務期待水準の統一も図っている。前述のとおり、職務記述書は従来から正社員かパートタイマーかに関係なく共通のものを使用していたが、職務期待水準には明確な差があった。そのため、管理する側には「パートタイマーだから、この程度やってくれれば」という気持ちがあり、一方のパートタイマー自身も「パートタイマーなんだから、この程度やっておけば」という気持ちがあり、結果としてパートタイマーの職務期待水準はフルタイム正社員に比べて低かった。そこで、パートタイマーから無期雇用に転換する社員、その社員を受け入れる側の意識改革に多くの時間が割かれた。
「当社は店舗で働くパートタイマーが2000人ほどいましたが、マネジャークラスの社員がほぼ1年かけてその一人ひとりと2~3時間ずつ面談をし、短時間正社員になった場合には会社としてはこれだけの職務水準を期待していることを丁寧に説明しました。福利厚生や社会保険についてもその際に細かく説明し、ライフステージが変わっても会社としては長期にわたっていい関係を築いていきたいと思っていることを理解してもらえるよう努力しました。幸いなことに、ほとんどのコワーカーに会社の方向性を理解してもらうことができました」(柏崎氏)
さらに、賞与に関しては「ワン・イケア・ボーナスプログラム」に基づいて、短時間正社員を含むすべてのコワーカーに同様の仕組みで支給されるようになっている。
5.すべてのコワーカーに同じ福利厚生を適用
2014年以前は、有期雇用のパートタイマーと無期雇用のコワーカーとで福利厚生面での格差があったが、パートタイマーの無期雇用化、短時間正社員制度の導入に合わせて、労働時間に関係なくすべてのコワーカーに同じ福利厚生を適用するように改めた。また、コワーカーに対するアンケートでニーズが低かったものを廃止したり、新たに制度を設けたりと、福利厚生の見直しも行っている。例えば、私傷病休暇は、以前はフルタイムのコワーカーだけを対象としていたが、短時間正社員を含むすべてのコワーカーに適用するように改め、さらに日数の見直しも行っている。これにより、短時間正社員の場合は週の契約労働時間に応じて年間の付与日数は按分されるものの、短時間正社員も私傷病休暇を取ることができるようになった。
このほか、子の看護休暇、家族介護休暇、ボランティア休暇などもすべてのコワーカーが取得可能となった。
イケアにはスウェーデン語で「ありがとう」の意味である"Tack(タック)!"と名付けられた確定拠出年金が存在する。"Tack!"はイケアグループの全コワーカー向けの制度で、部門・地位・給与レベルにかかわらず、同じ国内で働くフルタイムのコワーカーは、全員同じ額を受け取ることができ、短時間正社員も、働いた時間に比例した額を受け取ることができる。
また、従来のパートタイマーは社会保険に加入していなかったが、短時間正社員に転換した全コワーカー社会保険に加入できるように改めている。これについて、社内では「社会保険の扶養範囲内で働きたいというニーズが強い日本で、人材の確保が難しくなるのではないか」との意見もあった。しかし、同社の「個人が自分で責任を持って人生を作る」という方針を受け、プロジェクトの中でも扶養範囲内の働き方でよいのかという問題意識があった。そのため、制度改定に際して、短時間正社員には短期的な損得を考えるのではなく、長期的な視点で考えてもらうように話している。
6.人件費の増加は、未来に向けた投資と考える
有期雇用のパートタイマーを全員無期雇用の短時間正社員にし、同一労働同一賃金を実現し、福利厚生を一本化したこと伴い人件費は増加している。しかし、「Diversity & Inclusion」「Security」「Equality」の三つの柱を具現化するには、処遇を変えずに雇用を無期化するだけではだめだと考えた。そのため、"コスト増"と捉えるのではなく、これを未来に向けた長期的な投資と捉え、人材の定着や質の向上、生産性向上などが実現できると説得し、各マネジャーが積極的に話を進めていった。
「今回のアクションは今後10年、20年と継続して成長していくための投資だと考えています。すばらしい職場環境の中で一人ひとりが成長し、短時間で効率よく働くことでコスト増を上回る企業成長を遂げていく。それがこれからの私たちのチャレンジだと思っています」(李氏)
7.効果と課題
制度の導入から3年ほどが経った今、社内を見てみると、コワーカーの働き方に関する意識に変化が現れているという。例えば、同一労働同一賃金の実現のために職務期待水準を見直し、従来パートタイマーとして働いていたコワーカーの責任が重くなった部分がある一方で、長期でのキャリアやライフプランを前向きに考えていく風土ができている。また、休暇制度をはじめとした福利厚生を全コワーカー共通にしたことにより、育児や介護を抱えるコワーカーでも働き続けやすい環境が整備されたことで、女性の活躍も進んでいる。冒頭でも紹介したとおり、女性マネジャー比率は49.5%と、非常に高い水準だ。
さらに、同社の人事制度改定がメディアに取り上げられた結果、同社の理念や考え方に共感する応募者が増加し、結果として優秀な人材の獲得にもつながっている。
「制度導入によって、さまざまなプラスの効果が出ていると実感しています。一方、ビジネスへの寄与については、長期的な視点で成果を測っていく予定です。制度導入段階から、2017年、2020年のKPI(重要業績評価指標)に照準を合わせているため、現在振り返りを行っているところです」(李氏)