効率的な人材育成ツール、1on1ミーティング
先進的な取り組みをしている企業の現場をレポート
[企業ZOOM]IN⇔OUT
会社概要:1996年サービス開始。情報技術で人々や社会の課題を解決する「課題解決エンジン」をミッションに掲げ、インターネットを活用したさまざまなサービスを提供。現在は、このサービスから生まれる多種多様なビッグデータを組み合わせることで、ユーザー一人ひとりにより使いやすいサービスを提供する、「マルチビッグデータドリブンカンパニー」への脱皮を進めている。
本社:〒102-8282 東京都千代田区紀尾井町1-3 東京ガーデンテラス紀尾井町紀尾井タワー
資本金:8683百万円
社員数:6174人
<2016年12月末>
https://about.yahoo.co.jp/p/
取材対応者:
上級執行役員 コーポレートグループ長 本間浩輔氏
取材・文/滝田誠一郎(ジャーナリスト)
1.アメリカでは企業文化として根付いている1on1
「1on1ミーティング」の1on1(one on one)は1対1という意味。すなわち1on1ミーティングとは上長と部下が1対1で定期的に行う面談のことである。単に「1on1」ということも多い。効率的な人材育成のツールとしてアメリカ――とりわけシリコンバレーでは1on1が根付いており、企業文化にさえなっているという。
「上長と部下との定期的な面談ならばうちでもやっている」という日本企業はたくさんあるはずだ。目標管理制度を取り入れている企業であれば半期に1度、ないしは4半期に1度は必ず上長と部下との1対1の面談が行われるからだ。しかし、目標管理のための面談と人材育成のための1on1はまったくの別物である。
日本企業で人材育成を目的にした1on1に取り組んでいる会社がどれくらいあるか詳しいことは分からないが、従業員6000人超の規模を誇る大企業の中で、全社を挙げて1on1に取り組んでいるのはヤフーだけだといってもおそらく間違いではないだろう。さすがシリコンバレーにルーツを持つ会社だといえるかもしれない。
ヤフーに1on1を持ち込み、根付かせたのは本間浩輔氏(上級執行役員 コーポレートグループ長)である。『ヤフーの1on1』(ダイヤモンド社)の著書もある本間氏に、なぜ1on1が必要なのか、どのように1on1を行えばいいのか、どうすれば1on1を定着させることができるのかなどについて話を聞いた。
本間氏は1992年に早稲田大学人間科学部スポーツ学科を卒業し、野村総合研究所に就職。9年間コンサルタントとして働いた後、2000年に同社を退職。その後スポーツの総合情報サイト『スポーツナビ』の運営を行うスポーツ・ナビゲーションの創業に参画。同社は2002年にヤフー傘下に入りワイズ・スポーツとして生まれ変わる。以後、本間氏は主に『Yahoo!スポーツ』(2013年に『スポーツナビ』と統合して日本最大級のスポーツの総合情報サイト『スポーツナビ』にリニューアル)のプロデューサーを担当することになる。2012年ヤフーが経営陣を一新し、大幅な若返りを図ったのに合わせて、ヤフーの社長室ピープル・デベロップメント本部長に就任し、2017年4月より現職。
「ワイズ・スポーツのときから1on1をやっていました。私の妻が勤務している外資系企業で1on1をやっていて、妻が『すごくいい制度だよ』と言うので、それならばやってみようと思ったのがきっかけです。制度としてではなく、社内のキーパーソンと私との間で1週間に1回とか、2週間に1回くらいのペースで話をする機会を設けていました」(本間氏。以下、発言はすべて同氏)
大学院でカウンセリングを学び、コーチングの資格も持っている本間氏はしっかりとした応答技術を身に付けており、その知識や技術を生かして1on1を実践していたそうだ。
「上長は上長なりに、部下は部下なりに相手のことをよく知らないと1on1は成立しませんので、1on1を通してコミュニケーションがしっかり取れるようになったということは当時すでに実感していました」
2012年、ヤフーの経営陣が一新され、それまで執行役員コンシューマー事業統括本部長だった宮坂 学氏が代表取締役社長CEOに就任した。時を同じくして、本間氏はヤフーの人事部門の責任者(社長室ピープル・デベロップメント本部長)に就任し、その際に宮坂新社長から「1on1をヤフー全社に広めてほしい」と言われたそうだ。
2.ねらいはきちんとしたコミュニケーションの機会を作ること
1on1は効率的な人材育成のツールであるが、そもそものねらいはきちんとしたコミュニケーションの機会を作ることだと本間氏は言う。"きちんとしたコミュニケーション"とは、すなわち「真面目な話題を、真面目な環境下できちんと話し合うこと」を意味する。ちなみにヤフーが考えるコミュニケーションの定義は「自分の意図が相手に伝わって、相手が意図に沿って動いてくれること」であり、単に仲がよいことではない。
なぜ、そのような機会を作る必要があるのかといえば、ヤフーに限らず今の職場にはきちんとしたコミュニケーションが取りづらい状況があるからだ。多くの管理職がマネジメントのみに専念していられるわけではなく、管理職自身も目標管理制度の下でプレイングマネージャーとして目標数値の達成を求められるのが現状。そのため部下の仕事ぶりに目配りしたり、声を掛けたりする機会はどうしても少なくならざるを得ない。ヤフーのようにフリーアドレス制が導入されている職場などではなおさらである。一方、部下の側からすれば、上司に相談したくても上司がめったに席にいないため、なかなか相談するチャンスがない。席にいても、難しい顔をして何やら作業をしているのでは相談するのもはばかられる。
かつて腹を割ったコミュニケーションの場として多く活用されていた飲みニケーションも、プライベートな時間を優先する若い社員からは煙たがられ、無理やり「一杯飲みに行こう!」と誘えば、パワハラ・アルハラだと言われる時代。社員同士の親睦を図ることを目的にした社員旅行や運動会などの行事も、子育てや介護などで参加しづらい人が存在し、コミュニケーションの機会は減る一方で、「もはや昭和のコミュニケーションは通じない」と本間氏。
ダイバーシティが進み、"男の職場"と思われていた職場にも女性が進出し、国籍や宗教の異なる人たちが増えてきたこともコミュニケーションを難しいものにしている。かたや、携帯電話やメール、SNSなどを使うことで、いつでもどこでも指示を出したり、報告をしたりすることが可能になった反面、フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーション機会は減る一方だ。
だからこそ、真面目な話題を、真面目な環境下できちんと話し合う機会を作ることが必要なのだと本間氏は力説する。
「上長も部下も、そういう機会が必要だと思っているにもかかわらず、仕事が忙しくてきちんとしたコミュニケーションが取れていません。ですから、仕事の手を少し休めるための口実というか免罪符として、会社のルールとして1on1をやる意味があるのです」
1on1を実施するねらいとは別に、1on1を実施すべき大きな理由がある。それは「人は一人では成長できない」という真理とでもいうべきものである。
「人は一人では成長できないから組織にジョインする必要があるのだと思います。上長や同僚、部下からの視点で見てもらい、フィードバックしてもらったり、助けられたりして成長することができます。ヤフーでは上長であれ部下であれ、年齢や役職に関係なく、仲間の成長に関わり合うことを大切にしています」
1on1の場で、上司とのコミュニケーションを通して社員は自らの経験を振り返って学びに換え、その学びを試す場を見つけて実際に試し、学びが生かせたかどうかをチェックすることができる。すなわち1on1を実施することで上長が部下の経験学習の促進に積極的に働き掛けることができる。これが1on1を行う大きな目的である[図表]。
社員一人ひとりが仕事や仲間からの支援をきっかけにして自らの才能に気づいて、自らのエネルギーがあふれ出すような仕事をする会社にしたい。これがヤフーの人材育成の基本方針「社員の才能と情熱を解き放つ」だが、1on1はこの基本方針を実現するためのツールとしても位置づけられている。
図表 1on1ミーティングを通じた「経験学習システム」
3.1on1で話すテーマは部下が決めるのがルール
1on1が効率的な人材育成のツールとして機能するためには、その実施に当たって最低限守られるべき約束事がいくつかある。ヤフーの場合は以下のようなことをルール化している。)
▼1on1を行う際の心構えを上長に一通り説明する
なぜ1on1が必要なのか、どのような心構えで1on1に臨むべきか、どのように1on1を行えばいいのかといった基礎的なことを管理職に説明する。ヤフーでは、新任管理職研修などの場でそうした説明を行っているという。「そんなに難しいことではないので、ごく基本的なことについて触れる程度です」
ちなみに、本間氏の著書『ヤフーの1on1』では1on1に臨む上長の心構えとして以下のようなことが記されている。
・1on1では、部下に十分に話をしてもらうことが大事である。きちんと部下と向き合って話す。
・部下の言葉を先取りしたり、途中で遮って自分の考えを話さない。それでは部下の学びは深まらない。
・1on1は部下の成長のために行うものであり、上司が状況把握するためのものではない。
・否定はつねにNGではないが、上手に否定しないと上司依存、つまり部下は上司の指示を待つようになる。それでは部下は考えなくなり、学びは深まらない。
・次の行動=問題への対処法について、部下より先に上司が示してはならない。
▼週に1回、1回30分ほどかけて1on1を行う
原則として週1回行うことが望ましいが、必ずしも毎週行わなければならないというものではない。ヤフーの場合は1~2週間に1回の割合で8~9割の社員が1on1を行っているという。1回の時間は30分が一つの目安。1時間、1時間半かけて行っても構わないが、それがルーティンになると時間的な負担が大きくなり、長続きしなくなる。
「仮に部下が5人いたとすると1人30分として計2時間半。1週間に2時間半くらいの面談で部下のコンディションや目標の進捗具合が分かり、必要に応じてアドバイスもできる。そう考えれば1週間に2時間半くらいならば、さほど負担に感じることはないですし、むしろ有意義な時間だと言えます」
▼1on1の実施日時は相談の上で決定
1on1の実施日の決め方は二通りある。毎週決まった曜日、決まった時間を1on1に割り当てるやり方と、週ごとに上長と部下が相談して都合のよい日時に行うやり方の二通りだ。
日時を固定してしまえば、都度実施日を相談する手間が省けるメリットがあるが、それによってスケジュールが縛られるデメリットもあり、どちらも一長一短だ。ヤフーでは上長と部下が相談していつ実施するか決めるやり方を取っている。「あまりルール化してしまうと窮屈になりますので、現場に任せています。上長と部下との話し合いで、毎週決まった時間でやりましょうということであれば、それでも構いません」
▼話し合うテーマは部下が決める
1on1においては上長が話すことを決めるのではなく、部下がその日その時に何を話したいかを決める。部下が話し、上長はアクティブ・ラーニング(積極的傾聴)に徹するのが基本だ。
「1on1で何を話そうかと部下は考えます。1週間を振り返って、その中で特筆すべきことは何だったのか、そこから自分が学ぶべきことは何だったのか。何か話せば上長に『どうして?』『なぜ?』と聞かれるから、そうしたらどう答えようかとか。そうやって1週間を振り返ってあれこれ考えることがすでに経験学習になっています。ですから部下が話し合うテーマを決めることが大事なのです」
▼話した内容を最後の5分でまとめる
1on1を通してその日何を感じたか、何を学べたか、何を反省したか、次の1週間の課題は何かといったことをきちんとまとめるようにする。まとめたものをメモにして残しておくのもよいが、特にそれを義務づける必要はない。
▼1on1は必ずしも面談でなくてもいい
面と向かって話し合う機会を設けることが大事であることはいうまでもないが、面談でなければ意味がないというものでもない。ヤフーでは電話ですませたり、テレビ会議で1on1を行ったりするケースもあるという。
「上長と部下の双方がそれでよければ必ずしも面談にこだわる必要はありません」
4.「1on1チェック」と「管理職の役割定義」の変更
先に触れたとおり、ヤフーでは1~2週間に1回の割合で8~9割の社員が1on1を行っているが、本間氏は「1on1を制度化しているわけではなく、推奨というスタンスを取っています」と言う。制度ではないので、何が何でも全員が1on1をやらなければいけないわけではないし、1on1をやらないからといって罰則もない。あえて制度化していないのは、無理やりやらせても、嫌々やっても効率的な人材育成にはならないというのがその理由だ。
「制度化はしていませんが、放っておくとどうしても仕事にかまけて1on1が定着しないと思い、組織に浸透させる仕組みづくりを行いました」
1on1を定着させるために本間氏が講じた策は大きく二つある。一つは「1on1チェック」という仕組みを作り、1on1の実施状況を可視化したこと。もう一つは「管理職の役割定義」の変更である。
「1on1チェック」とは、1on1を受けた部下に1on1の内容、成果などを3カ月に1回評価(点数化)してもらい、そのアセスメント結果を上長にフィードバックする仕組みのことだ。アセスメントの項目は『内省効果』『有効な気づき』『キャリア自律』『目標達成・評価』などである。これらはオンライン上で記入するようになっているので、記入状況を見れば社内でどれくらい1on1が行われているか、また、記入内容を見れば1on1がどれだけ機能しているかを把握することができるというわけだ。
そして、1on1の導入に併せて、「管理職の役割定義」を「自分が活躍するのではなく、部下が活躍する舞台を作るのが管理職の仕事である」と改めた。同時に、それができない管理職はマネジメント職でない別の役割を担ってもらうというメッセージを発した。実際にそうした観点から、これまで大規模な人事異動も実施しているという。
以上二つの1on1推進策と同時に、社内コーチの養成にも取り組んだ。同社では現在、社内のコーチング研修ならびに社外のコーチング研修を受けて養成・認定された社内コーチが100人近くになり、1on1の実施方法に問題を抱えている管理職たちの相談役として活躍している。
これらの策が1on1の定着、浸透に寄与したことはいうまでもないが、「本当にいいものであれば、強制したり啓発したりということは案外必要ないものです」というのが本間氏の実感であるようだ。