2018年04月13日掲載

Point of view - 第108回 岩本友規 ―なぜ知性発達科学者の講演に組織人事コンサルタントが集まるのか

なぜ知性発達科学者の講演に組織人事コンサルタントが集まるのか

岩本友規 いわもと ゆうき
明星大学発達支援研究センター 研究員

中央大学法学部卒業後、3回の転職を経て、携帯通信キャリアに勤務していた33歳のとき発達障害の診断を受ける。翌年からレノボ・ジャパン株式会社のシニアアナリストとしてデータ分析等を行いながら、複業として精神的「自立」や「主体性」獲得プロセスの研究、普及のための執筆、講演活動を行う。2018年から現職。大人の「生き方」研究所 - Hライフラボ代表。日本LD学会正会員。著書に『発達障害の自分の育て方』(主婦の友社)。

成人発達理論を活用した組織開発の可能性

去る3月初旬、ある人事関連のセミナーが行われた。内容は主に「成人発達理論」(発達心理学の一領域で、成人に関するあらゆる発達理論の総称)と、その組織開発への応用についてだ。今年の1月末に出版されたフレデリック・ラルー氏の書籍をきっかけに、にわかにバズワードとなった新組織モデル「ティール組織」のベースにもなっている「成人発達理論」。関連の著書があり、現在も海外でこの分野の研究を重ねている知性発達科学者の加藤洋平氏が、成人発達理論を組織開発や人材開発へ実践的に活用する可能性をひもとく、というのがもともとの触れ込みであった。参加者の半数近くは組織開発コンサルタントだった印象だが、話題の「ティール組織」を開発するためのヒントが得られるのではと期待していた方が多かったのではないだろうか。

しかしこの日の講演では、加藤氏は成人発達理論の枠組みを組織へ安易に適用することについては時期尚早、という慎重なスタンスを取っていた。現状では、組織の発達段階というテーマについて全体的に研究不足、という理由からだ。その一方で、個人の相互作用によって組織が大きく変わったり、組織の重要なポジションによりよく発達した人を配置したりすることで、短期間で組織を大きく変容させることができる可能性について言及するなど、組織の発達においてはまず個人の発達を促すことの有用性が感じられた。私の研究テーマである「個人の精神的『自立』の発達プログラム開発」にとって、非常に有益な講演であった。

精神的な「自立」をベースにした
新しいワークスタイルの普及と開発

私はほんの数年前まで、30歳を過ぎて診断を受けた自身の発達障害の特性と、会社で求められる能力とのギャップに悩んでいた。相手の心情を理解することが困難と言われる自閉症スペクトラムの症状に加え、衝動的な行動や物事の先延ばしが特徴のADHD(注意欠陥・多動性障害)の症状が重なり、一時はひどいうつ症状(発達障害の2次障害)になっていた。しかしさまざまなきっかけから、精神的に「自立」することができたおかげで、仕事だけでなく幅広い社外活動への活力を得ることができた。

この変化の理由を知りたいという強い想いで、この数年間探求を続けてきたが、それによると私が「自立」と呼んでいる精神的な変化は、個人の主体性やクリエイティビティを高めるような、成人発達理論における発達プロセスの一環と言えそうなことが分かってきた。さらにこの精神的「自立」は、成人発達障害のある人のQOL(Quality of life:生活の質)を高めるだけでなく、いま人事労務や人材開発の現場で大きなテーマとなっている「働き方改革」や、それに関連した「共創型人材の育成」に通じることも示唆される(共創型人材の必要性については、中馬[2017]に詳しい)。

残業規制やテレワークなど、さまざまなサブテーマがある「働き方改革」だが、その本質は各所でも指摘されている通り「生き方改革」である。環境や人口構造の変化により、これまで普通とされてきた生き方の前提が崩れた。この大きな流れの中で、自分は会社に依存せずこれからどう生きるのか、何のために働くのかを主体的に選択していかざるを得ない。このとき、新しい生き方に自ら踏み出せるようになるため、精神的な「自立」をサポートする、つまり成人発達理論などの発達研究に基づいた人材育成が必要になる。

そして何らかのきっかけで自立をした人は、自らの知識と経験をベースにして、「本来あるべきものが『ない』状況」に出会ったときに、その空白を埋めるために自ら社内外で活動を始め、似通った指向の人とつながり始めると考えている。こうしてオープンイノベーションを各所でもたらすことになるのである。なお、エドワード・L・デシの研究で有名だが、このような内発的動機は、金銭による報酬のような外発的な動機よりもクリエイティブな問題解決を促すという研究結果がある。このように共創型人材が精神的に「自立」した人であると仮定すると、成人発達理論などの知見を応用しながら社内でも育成できる可能性があるのだ。

ありのままの自分で働き、
お互いに配慮しあえる組織が生き残る時代へ

では、以上のような成人発達理論に基づいた人材育成を社内で進めるには、どうすればいいのだろうか。筆者は基本的には、より発達しメタな視点を持った、さまざまな他者との対話が特に重要と考える。また、成人発達理論研究者の中でも権威とされるロバート・キーガンは、その著書『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』の中で、「会社で働く」ために個人は自分の弱みを隠し不安を隠し、会社に求められる人材として大なり小なり無理をしている、という現状が「無駄」であり、これが解消されたとき人は本質的な力を発揮できる、と言っている。

このとき、私が日々取り組んでいることの一つでもある発達障害者への就労支援と、キーガンが示す強い組織への道筋に深い関連があることに気がつき驚いた。発達障害のある人が安定的に就労を続けるには、職場の上司や関係者の特性理解はもちろん、それを基にした合理的配慮を得ることが欠かせない。しかし自分だけが特別な配慮を得ながら働くのは、私も実感したが、かえってストレスにもなり得るくらい申し訳なさが先に立つことがある。

そこで、配慮を得ても気兼ねなく働くために、他の社員も全員それぞれが自分の弱みや特別な事情をオープンにして認めあい、必要な配慮を得ながら強みを生かして働ける組織が当事者にとって理想の環境と考えていたが、まさにそれはキーガンの言う「弱さを見せあえる組織」ではないだろうか。働きやすく生きやすい組織にすること、つまりは発達障害のある人だけでなく、すべての社員がもっと自分のことをオープンにして、それぞれが必要な配慮を得ながら自身の長所を発揮することは、会社の成長と発展につながるのである。

16年間会社勤めをしてきた身ながら、ご縁によりこの4月から、明星大学発達支援研究センターにて、ヒトの発達研究に多くの時間を割ける機会を得た。これまで関わらせていただいた方々への感謝を忘れずに、これからは新たな環境で、あらゆる人が生きやすい社会を創るためのベースとなるような研究や情報発信を進めたいと考えている。上記のようなヒトの発達の観点からの人材育成や共同研究にご関心のある方は、ぜひご連絡をいただけければ幸甚である。

[参考文献]
中馬宏之(2017)「AI/IoT時代における人的資本理論再考:社会ネットワークとしての人的資本が必須に」(経済産業研究所『ポリシー・ディスカッション・ペーパー』2017年5月)