2018年06月08日掲載

Point of view - 第112回 国保祥子 ―多様化が進む職場における女性活躍の要諦は、上司の適切な「期待」と「サポート」

多様化が進む職場における女性活躍の要諦は、
上司の適切な「期待」と「サポート」

国保祥子 こくぼ あきこ

博士(経営学)。静岡県立大学経営情報学部 講師、株式会社ワークシフト研究所 所長、育休プチMBA代表、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科非常勤講師。早稲田大学WBS研究センター招聘研究員、上智大学非常勤講師。専門は組織マネジメント。Learning Communityを使った意識変革や行動変容を得意分野とする。2011年フューチャーセンターを、2014年育休プチMBA 勉強会を立ち上げ、2015年組織開発プログラム等を手掛ける㈱ワークシフト研究所を共同設立。著書に『働く女子のキャリア格差』(ちくま新書)。

4000人の育休者と接する中で見えてきたもの

私は経営学者として、民間企業や官公庁といった「組織」や、そこで働く「人材」について研究しています。私が学位を取ったのは経営学大学院(いわゆるビジネススクール)です。実務家向けの経営教育を行っているビジネススクールには、さまざまな組織の現場における人材教育の相談が持ち込まれます。そのうちに、私も研究と教育の傍らで、企業の従業員や行政機関の職員といった実務家を対象にした人材育成を手掛けるようになりました。

その中でも、最近よくご相談をいただくのが、「女性の人材育成」の案件です。昨今は育児休業制度や短時間勤務制度など、女性が子どもを産んでも働きやすい職場の制度が整いつつあります。しかし、そうした職場ですら、管理職など責任のある立場を担いたがらない女性が多い、出産後に意欲を失って必要最低限の業務しかしない女性が増えている、という現象があるようです。本稿の読者の中にも、女性のために職場環境を整えてきたにもかかわらず、活躍してくれないことを残念に感じている方もいらっしゃるかもしれません。

私は、ケースメソッド教育で管理職目線を培う「育休プチMBA」という勉強会の代表でもあります。スムーズな復職を支援するために開催しているこの勉強会は、ゼロ歳児の同伴ができるため育休中でも参加しやすく、毎回満席となり、2014年以来延べ4000人以上が参加しています。多くの方は、乳児連れでも気軽に参加できること、働きながら子育てをする同じ立場の人と出会えること、復職に備えて不安を解消できることなどを参加の動機としています。

勉強会を通じて、参加者は組織全体の視座から自らの業務や役割を捉えることができる思考力(「マネジメント思考」と呼んでいます)を獲得していきます。そして「マネジメント思考」を持つことで、時間制約を抱えつつも効率的かつ効果的に業務を遂行することができるようになります。「育休"前"より高い評価を受けるようになった」「仕事が楽しくなった」という声も少なくありません。

この経験から、私は女性の活躍推進は女性の意欲の問題というより、職場環境や学習機会の問題ではないかと考えるようになりました。

働く女性の意欲を左右する職場環境

ではどういった職場環境が、女性の意欲に影響を与えるのでしょうか。

ある研究では、女性の昇進意欲は現在の仕事のやりがいや達成感と強く関連するということが述べられており、このやりがいを高める要因の一つは上司の期待と見守りであるとされています(武石、2014)。一般的に昇進が所与となっている男性に対して、女性管理職比率が1割程度であるわが国において、女性の昇進は「皆が経験するもの」という感覚ではありません。そのため、地位や報酬といった外発的動機付けよりも、やりがいのような内発的動機付けが昇進意欲を左右します。女性の昇進意欲を高めるには、目の前の仕事をやりがいや達成感を得られるような経験にすることが重要であり、そのためには上司が適切な期待をかけ、達成するためのサポートを提供することが求められます。つまり、女性の昇進意欲を左右するキーパーソンは、上司であり管理職なのです。

こうした研究結果は、「育休プチMBA」での実践とも符合します。多くの女性は、育休後は育児と両立しながら働くために長時間労働ができなくなります。制約を抱えることで、本人も上司も、出産前と同じパフォーマンスややりがいは期待できないと考えがちです。しかし「育休プチMBA」に参加することで「マネジメント思考」を獲得した女性は、上司目線でのコミュニケーションができるようになり、制約の中でもパフォーマンスを上げるために必要な期待とサポートを上司から引き出せるようになっていきます。そして適切なサポートの下で成果を出し、評価されたりやりがいを感じたりすることで、組織への貢献意欲や管理業務への関心が高まり、制約に関わらず昇進をはじめとする責任範囲の拡大に積極的になることができます。

これは育休期間を利用して部下(女性)側が上司とのコミュニケーション能力を身に付けるという対症療法的なアプローチですが、上司がこうした期待とサポートを提供することに長けているならば、根本的な解決策となるでしょう。育休後の女性は時間的制約のために昇進意欲にブレーキをかけやすいのですが、そうした部下にも適切な期待とサポートを提供できる上司は、すべての部下の昇進意欲を高めることができる管理職であるといえます。

多様化の進む職場に求められる管理職とは

日本は少子高齢化が進むことで、これから人材不足が深刻化していくでしょう。採用現場では、すでに「人が足りない」「若い人が入ってこない」という実感があろうかと思いますが、この傾向は今後さらに強まる一方です。経済が右肩上がりの時代は、長時間働ける均質な人材を大量に使うことが最も効率よく成果につながりますが、これからの人材不足かつ超高齢化社会では多様な人材をうまく活かすという企業活動にシフトする必要があります。そうした時代においては、時間的制約がある人材を活躍させることができる管理職の存在は、大きな競争優位性となるでしょう。

なお、今の20代は男女問わず、家事や育児を夫婦で分担しながら働くことが当たり前だと考える人が増えているため、優秀な人材を採用したいのであれば、共働き共育てができる職場環境を本格的に整える必要があります。

メンバーシップ型組織である日本の職場には、組織構成員としての役割意識が強い方が多くいます。この意識が強い人材が育児によって時間制約を抱えると、「組織構成員として自分は不十分である」という意識を持ちやすいと考えられます。こうした人材に対して、業務量を軽減したり、欠勤してもインパクトのない業務を任せたりという管理が行われがちですが、こうした配慮はときに「自分は不十分である」という罪悪感を強化し、この罪悪感はパフォーマンスを低下させます。それよりも、達成感ややりがいを感じられる責任ある業務を任せるとともに、目標達成をサポートする体制を組織内に構築する管理が、制約に関わらずパフォーマンスを出せる人材をつくりだします。逆に言うと、こうした管理ができない上司の下では、制約を抱えることイコール低パフォーマーへの転換を意味しており、評価されないために意欲も低くなる、というスパイラルに陥りやすいともいえます。

こうした時間的制約がある人材を活躍させることができる管理職を、どのように育成できるのでしょうか。まず、長時間労働を改めるために職場の働き方改革を進めることは大前提です。同時に、時間的制約の中で成果を出すための思考に管理職の意識改革を図ること、あるいは、育児中や介護中など自らも時間的制約を抱えている(または抱える可能性のある)人材を、管理職として育成することです。時間的制約と共存せねばならない管理職であれば、効率化や働きやすさのための改善を積極的に手掛けるでしょう。そうした人材の際たるものは、女性です。特に女性のリーダーシップ研究では、女性リーダーは組織の成果と部下の高い満足度の両方を実現するリーダーとなりやすいという説があります(Koenig, Eagly, Mitchell and Ristikari、2011)ので、部下の働きやすさと成果を両立させる可能性が高いでしょう。

女性管理職を育成する上での課題

ただし、女性は男性に比べて育成上の配慮が必要です。わが国では、女性は育児という家庭内ケア責任の主担当となる傾向があるため、結婚や出産といったライフイベントの影響を男性よりも大きく受けます。こうした環境の変化に適応できないと、自信を失い自らの就労意欲を下方修正したり、離職したりします。

松尾(2013)は、管理職として成長するために必要な経験を獲得する上で重要な要因として、①過去の経験、②本人の目標志向性、③上司による支援の三つを挙げています。しかし、社会構造的に男性と比べて働き方に制約を受けやすい女性は、出産育児などのブランクで成長に必要な経験を逃しやすいこと、周りに育児と昇進を両立しているロールモデルがいないために低い目標を設定しがちであること、統計的差別(過去の統計から労働者の業績と属性との関係を判断し、特定の属性を持つ労働者を厚遇しようとする行動)によって上司の支援が男性に偏りがちであること、という状況にあります。その結果、仮に本人に昇進する意向があっても育成がなされないケースが多々あるため、人事部による恣意(しい)的な介入が必要となるでしょう。

また日本では欧米諸国と比較して手厚い育休制度が整っている一方で、男性が家事育児に費やす時間は欧米諸国の3分の1程度です(内閣府「6歳未満の子供を持つ夫の家事・育児関連時間(1日当たり・国際比較)」)。日本の女性は、家事育児の家庭内負担が女性に偏っていることから労働時間を調整せざるを得ない状況にあり、その根っこにあるのは「子育ては女性の仕事」という性別役割分担意識ですので、育休制度や短時間勤務制度など育児と両立しやすい制度は女性に限定せず、性別を問わず利用しやすい環境を整えるべきでしょう。

育休期間を能力開発期間に

現在、私は「育休プチMBA」をベースとした復職支援プログラムを受講することで、女性たちにどのような変化が起こるかを研究しています。この研究はまだ途上なのですが、こうした教育を提供することで、育児と両立しながら働くことに対する自信が培われていることが示唆(しさ)される結果が出始めています。もちろんそれぞれの家庭で事情は異なりますので、一律に強要することは避けねばなりませんが、本人が希望をするのならば、育休中に負担のない形での能力開発機会を整えることは従業員にとっても会社にとっても好ましい結果をもたらすのではないかと思います。


引用文献

Koenig, Eagly, Mitchell and Ristikari (2011) "Are leader stereotypes masculine? A meta-analysis of three research paradigms" 『Psychological Bulletin』(Vol. 137, No. 4, 2011年)
武石恵美子 "女性の仕事意欲を高める企業の取り組み"佐藤博樹・武石恵美子編『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(東京大学出版会 2014年)
松尾睦著『成長する管理職』(東洋経済新報社 2013年)