昇格における著しい男女格差は違法とした
男女昇格・賃金差別事件として第一級の事件
君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長
《編集部より》
本連載は「判例温故知新 精選―女性労働判例」と題して、長く女性労働をめぐる問題に携わってきた筆者の視点から、男女格差について争われた裁判例の変遷を振り返り、その意義と女性活躍推進に取り組む企業が留意すべきポイントをあらためて再確認する解説シリーズです。全11回・隔週連載にてお届けする予定です。
第1審 東京地裁 平8.11.27判決 労判704号21ページ
控訴審 東京高裁 平12.12.22判決 労判796号5ページ
[1]事件の概要と第1審の要旨
信用金庫(被告)に勤務する女性職員13名(原告)が、昇進・昇格において男性と差別されているとして、昇進・昇格における男性との同等の取り扱い、すなわち、課長職の資格および課長の職位にあることの確認、男性と同等の昇進・昇格をしていたならば得られたであろう賃金と現実に支払われた賃金(退職金を含む)との差額支給、慰謝料等の支払いを求めた。
第1審では、女性職員を副参事(課長級)への昇格の埒外に置いていることは許されないとして、原告らは同期同年齢の男性職員と同時期に昇格したことを請求することができると判断し、原告13名中11名については課長職の地位にあることを確認したほか、一定の範囲で差額賃金の支払いを認めた。他方、職員の職務配置については被告の人事政策事項であり、希望どおりの職務を担当することができないのが常態であって、これは人事政策上やむを得ないとして、この点についての原告らの請求は斥けられた。そこで、原告、被告双方が判決を不服として控訴に及んだ。
[2]控訴審判決要旨
(1)職務ローテーションにおける男女間格差
1審被告(被告)は、男性職員に対しては、管理職になるための必修というべき職務ローテーションを実施していたのに対し、女性職員に対してはこれらの対象外としていたのであるから、男性職員と女性職員との間における差別的取り扱いをしていたとの疑義を生じさせ、このことは、被告には女性職員を管理職に登用する意思がなかったことを推認させるものである。もっとも、このような人事政策は、女性職員の一般的な勤続年数の短さに由来するもので、各時代の下で経済的・社会的諸事情を背景としてなされたことも否定できず、このような諸事情を考慮の対象外として判断することは相当ではないが、一方、男女雇用機会均等法施行後においても改善の形跡がうかがえないのは、女性職員に対する人事政策上の対応の適切さに欠けると評価されてもやむを得ない。
(2)基幹的業務からの排除
1審原告(原告)らは、基幹的業務から排除されたと主張したが、これについては、①得意先係や融資受付のような基幹的業務は、内勤業務とは異なった外勤業務としての特質および高度の業務知識を兼ね備えていなければならないことや、女性職員の勤務時間・勤務場所、女性労働および主婦としての役割分担等に関する考え方の時代背景の下で考慮判断されるべき問題を含んでいるので、原告らをそのような基幹的業務に配置しなかったからといって、直ちに被告が女性であることを理由とした差別的配置をしてきたとまで断ずることはできない。
(3)研修差別
研修差別については、男女雇用機会均等法施行前には、新入職員に対する研修を男女に分けて実施しており、その内容も、男性職員のそれは業務のほぼ全般に及んでいたのに対し、女性職員のそれは比較的定型的・単純業務に対応したものであったが、同法施行後は、新入職員に対する研修の差別はなくなったし、特に集合研修は、担当職務によって内容を異にすることに合理性がある。
(4)職務配置と昇進差別
職務配置と昇進差別については、被告では一定の職務ローテーションを履修することが管理者になるために必要と判断し、男性職員に対しては管理職になるための必要な職務ローテーションを実施しながら、女性職員はその対象外とし、男女雇用機会均等法施行後も改善がうかがえないのは、女性職員に対する人事政策上の対応の適切さに欠けると評価されてもやむを得ないが、直ちに被告による意図的な男女差別の存在を認めることは困難である。
一方、制度自体の問題としては、昇格試験における学科試験および論文試験において、不公正・不公平とすべき事由は見いだせないにしても、評定者である店舗長らが、年功序列的な人事運用から完全に脱却できないままに、男性職員に対してのみ人事において優遇していたと推認でき、同期同年齢の男性職員のほぼ全員が課長職に昇格したにもかかわらず、女性職員は依然として課長職に昇格しておらず、特に昇格を妨げるべき事項の認められない場合には、原告らについては、昇格試験において男性職員との差別を受けたため、昇格すべき時期に昇格できなかったと推認するのが相当である。
(5)等級制度
被告が採用している職能資格制度においては、資格と職位が峻別され、資格は職務能力とそれに対応した賃金の問題で本人給に関わり、昇進は役職への配置の問題であって、昇格(資格の上昇)の有無は賃金の多寡を直接左右するものであるから、女性であるが故に昇格について不利益に差別することは、女性であることを理由として賃金について不利益な差別的取り扱いをしているという側面を有すると見ることができる。
ところで、労働基準法3条において、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」と規定し、4条においては、「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」と規定している。労働基準法で定める基準に達しない労働契約はその部分については無効になり、無効になった部分は労働基準法で定める基準によること(13条)、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とし、無効となった部分は就業規則で定める基準によること(93条)を規定している。これによれば、使用者は男女を能力に応じて平等に扱う義務を負っており、使用者が性別により賃金差別をした場合には、これを無効とし、無効になった部分は、差別がないとした場合の条件下において形成されるべきであった基準(賃金額)が労働契約の内容になると解される。
本件は、女性であることを理由として直接差別したという事案ではなく、特定の資格を付与すべき基準が労働基準法はもとより、就業規則にも定められているわけではないので、労働基準法ないし就業規則の規定が直接適用される場合には当たらないが、資格の付与が賃金額の増加に連動しており、かつ資格の付与と職位とが分離されている場合には、資格の付与における差別は賃金差別と同様に観念でき、一定の限度を超えて資格の付与がなされないときは、労働基準法13条、93条の類推適用により資格を付与されたとして扱うことができると解される。職員の昇格の適否は被告の経営権の一部であって、高度な経営判断に属する面があるとしても、単に不法行為に基づく損害賠償請求権だけしか認められないとすれば、差別の根幹にある昇格についての法律関係が解消されず、男女の賃金格差は将来にわたって継続することとなり、根本的に是正し得ないことになる。
被告においては、副参事(課長職)の受験資格者である男性職員の一部に対しては、人事考課において優遇され、昇格試験導入前においては人事考課のみにより昇格し、昇格試験導入後においてはその試験に合格して副参事に昇格しているのであるから、女性職員である原告らに対しても同様な措置を講じられたことにより同期同年齢の男性職員と同様な時期に副参事昇格試験に合格していると認められる事情にあるときには、原告らが副参事試験を受験しながら不合格となり、従前の主事資格に据え置かれるというその後の行為は、労働基準法13条に違反して無効となり、原告らは労働契約の本質および同条の類推適用により、副参事の地位に昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有する。
被告の原告らに対する差別により、原告ら(1名を除く)は、本来昇格すべき時期に昇格できなかったのであるから、昇格を前提として支給される本人給および資格給と実際に受けた賃金の差額について、未払い賃金として、また退職した原告らは、さらに昇格を前提とした退職金額と実際に受けた金額との差額について、それぞれ請求することができる。さらに、被告の差別行為は、原告らに対する不法行為にも該当するものであるから、民法715条1項(使用者責任)に基づき、原告らが差別により被った精神的苦痛に対する慰謝料および弁護士費用相当額の損害を賠償する義務がある。
[3]解説
女性に対する賃金差別が争われた事例は数多くあるが、その先駆的事例として、秋田相互銀行事件(秋田地裁 昭50.4.10判決)が挙げられる。この事件は、銀行(被告)の給与規程において、本人給を(1)表、(2)表に分け、(1)表を男性に、(2)表を女性に適用し、(2)表は(1)表と比べて、年齢ごとに徐々に差額が拡大するようになっていた。その後本人給は改定され、扶養家族のある男性にはA表が、扶養家族のない男性と全女性にはB表が適用されることとなったが、扶養家族のない男性には調整給が支払われ、結局A表と同額の本人給が支払われた。これに対し女性行員7名(原告)は、銀行の取り扱いは男女差別に当たるとして、(1)表またはA表が適用された男性との差額賃金の支払いを求めたところ、判決では、銀行のやり方は、女性であることを理由とした差別的取り扱いに当たり、労働基準法4条違反になるとして、男性との差額賃金の支払いを命じた。
この事件のように、制度上明確な賃金差別事例は、少なくとも裁判に表れたものとしては見られなくなったが、その後も、運用上の差別が争われる事例が頻発しており、本件は、その影響力の点から見て、男女昇格・賃金差別事件として第一級の事件といえる。
本件では、第1審、控訴審とも、基本的に同様な立場に立った判断を示しているが、特に控訴審では非常に詳細な見解を示していることが注目される。控訴審では、労働基準法3条、4条を根拠として、使用者は男女を平等に扱う義務を負っているとした上で、労働基準法13条、93条を根拠として、性別で賃金差別をした場合はこれを無効とし、無効となった部分は、差別がないとした場合の賃金額が労働契約の内容となるとの見解を示し、差別による損害賠償にとどまらず、女性職員に対して、一種の「昇格請求権」とでもいうべき利益を認めた点で、男女賃金差別を巡る争いの中でも、特に重要性の高い事件といえる。
本件は、どちらが勝訴したかなかなか判断の難しい事件と思われる(それだけに原告、被告双方が控訴している)。というのは、男女雇用機会均等法施行前における女性職員に対する差別的取り扱いについては、女性の勤続期間の短さ、主として女性が家庭責任を負っていることなど、当時の社会環境を背景として行われたものであるからやむを得ない面もあったと判断しているからである。しかし、第1審、控訴審とも、そうした男女差別的な取り扱いについて一定の理解を示しながら、男女雇用機会均等法施行後においても、それらが改善された形跡がない点を問題にしていることから、同法の意義を高く評価した判決といえよう。
君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長
1948年茨城県生まれ。1973年労働省(当時)入省。労働省婦人局中央機会均等指導官として男女雇用機会均等法施行に携わる。その後、愛媛労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、愛知労働局長、独立行政法人労働政策研究・研修機構理事兼労働大学校長、財団法人女性労働協会専務理事、鉱業労働災害防止協会事務局長などを歴任。主な著書に『おさえておきたい パワハラ裁判例85』(労働調査会)、『セクハラ・パワハラ読本』(共著、日本生産性本部生産性労働情報センター)、『ここまでやったらパワハラです!―裁判例111選』(労働調査会)、『キャンパス・セクハラ』(女性労働協会)ほか多数。