君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長
1 昭和シェル石油男女賃金差別損害賠償請求事件
職能資格制度の格付けにおける女性差別は、
労基法4条・均等法6条に違反するとして不法行為に基づく損害賠償を認める
第1審 東京地裁 平15.1.29判決 労判846号10ページ
控訴審 東京高裁 平19.6.28判決 労判946号76ページ
上告審 最高裁一小 平21.1.22決定※ 労判972号98ページ
※原告・被告双方の上告を棄却。高裁判決が確定
[1]事件の概要
平成60年1月に合併により被告会社(会社)が設立された後、社員は、管理専門職(M)、監督企画判定職(S)、一般職(G)に分けられ、Gがさらに4段階に分けられた。原告(女性)は合併時にG3となり、その後G2に昇格したが、その後退職までG2に据え置かれ、人事考課も退職まで5段階評価の3番目とされていたことから、賃金差別または配置・昇進に関する差別を受けたとして、会社に対し差額賃金等損害賠償を請求した。
一方、会社は、原告について、その仕事は定型的なものであり、意欲に欠け、上司や同僚との協調性にも欠けていたこと、男性は二交替制等現場部門に従事するのに対し、女性は一般事務に限定されていたこと、男性は多岐にわたる職務上の知識・経験を求められるのに対し、女性は一般事務にのみ従事してきたこと、女性は平均勤続が男性より短いことを挙げて、男女差の合理性を主張した。
[2]第1審判決要旨
合併前の会社では、男女間で、同一学歴のランク、同一ランクにおける定期昇給額、同一年齢者における本給額のいずれにおいても著しい格差があり、合併後の会社においても、職能資格等級、職務職能定昇評価、本給額のいずれにおいても、男女間で著しい格差があった。
平成9年改正前の男女雇用機会均等法が配置・昇進に関する男女の均等取り扱いについて努力義務にとどめたのは、女性の勤続年数が男性より短いという一般的な状況を背景としたものであることを考慮すべきである。しかしながら、会社においては、業務内容がさほど異ならない男女の間でも賃金等に格差があること、専ら現業部門に従事する男性の賃金が事務部門の男性よりも高いとはいえないことからすると、賃金の男女格差は従事する職の配置に由来するとは認められない。さらに会社においては、事実上男女別の昇格基準により昇格の運用を行って、その結果男女間の本給額等に著しい格差を生じており、当時の社会的状況を考慮しても、上記のような差別的取り扱いが社会的に許容されるものとはいえず、会社の行為の違法性は否定されない(差額賃金および慰謝料の支払いを命ずる)。
[3]控訴審判決要旨および解説
1審と同様、合併前だけでなく合併後においても、職能資格等級、職務職能定昇評価、本給額のいずれにおいても男女間で著しい格差が存在すると認定したところ、被控訴人(原告)の仕事内容の変遷に応じ、それぞれの期間で詳細に違法性の有無を判断している点が特色となっている。すなわち、被控訴人は入社後約20年間和文タイプ業務を専門にし、当時の女性社員が補助的・定型的な業務に従事していたことなどから、男女の賃金格差は不法行為に該当しないし、その後合併に至るまでの期間も、被控訴人は、国際テレックスの発信などタイピストと類似の仕事をしていたことから、やはりその処遇が不法行為に当たるとまでは認められないと判断している。
これに対し、合併から被控訴人の退職までの間については、合併の際の格付けに当たって、被控訴人は1ランク下だった男性社員に昇格の面で逆転され、女性の中でも特に不利益が大きかったとして、合併時の格付けに問題があったと指摘している。そして、合併に伴う格付けに当たり、何ら合理的な理由なく男女間で著しい相違を設け、被控訴人について合併1年後にG2に昇格させて以降、退職までこれを維持した措置は、女性であることを理由として賃金について男性と差別的取り扱いしたと判断されるとし、男女雇用機会均等法が施行されてから1年9カ月を経過した昭和63年1月以降、会社が男女の差別的取り扱いを維持し、被控訴人をG2のまま据え置いた措置は不法行為に該当するとして、差額賃金および慰謝料の支払いを命じた。
1審では、大量観察をした上で、男女の間に大きな昇格・賃金における差があること、現業部門に従事する男性の賃金が事務部門に従事する男性よりも高いとはいえないこと(会社は、女性は現業部門に従事していないことを賃金格差の正当理由に挙げている)から、男女の賃金格差は正当化することはできないと、全勤続期間を通して男女差別を認め、会社に対し差額賃金、慰謝料の支払いを命じた。
控訴審では、原告の勤続期間を区分して、それぞれについて昇格・賃金における格差が男女差別に該当するか否か詳細な検討を行っているほか、男女雇用機会均等法8条(現行6条)について、かなり詳しく見解を披瀝している。すなわち、均等法8条は、配置・昇進に関する男女労働者の均等取り扱いを使用者の努力義務としていたところ、平成11年4月に施行された改正均等法6条は、配置・昇進に関する男女労働者の平等取り扱いを使用者の義務としたが、改正前の均等法8条が配置・昇進について努力義務に止めたことの背景には、当時、多くの企業で終身雇用を前提とした配置・昇進等の雇用管理が行われていたとともに、女子労働者の勤続年数が男子労働者より短いという一般的状況が存在し、違法性の判断に当たっては、このような社会的状況を考慮すべきであり、配置・昇進について男女均等な取り扱いという目標が達成されていなくても、民事上もそのことのみで債務不履行や不法行為を構成するものではないとした。
他方、法の趣旨を満たしていない状況にあれば、大臣や婦人少年室長が事業者に対し、助言、勧告等の行政措置をとることができることから、上記目標を達成するための努力を何ら行わず、均等な取り扱いが行われていない実態を積極的に維持すること、配置・昇進についての男女差別をさらに拡大するような措置をとることは、均等法の趣旨に反し、不法行為の成否についての違法性の判断基準に影響を与える旨指摘している。
すなわち、判決では、改正前の努力義務であっても、男女の均等取り扱いに向けて何ら努力をしない場合には、そのことが不法行為の成否ないし損害賠償等の額の算定に当たって影響を与える旨指摘しており、いわんや改正後の均等取り扱いの義務づけ以降は、合理性のない昇格等における男女差別については、当然に不法行為に該当することとなろう。
2 昭和シェル石油賃金差別地位確認等請求事件
新制度では実質的な男女別昇格管理はなくても、実態として差別的取り扱いが
残存している点で労基法4条に反し、不法行為として損害賠償を認める
東京地裁 平21.6.29判決 労判992号39ページ
[1]事件の概要
上記訴訟の第1審判決が出された翌年、同じ会社を舞台に、12人の女性社員(昭和41~49年に合併前のS社に入社)が、昇格における男女差別を理由に、昇格した後の資格の確認、本来受けるべきであった賃金と実際に受けた賃金との差額、慰謝料等を請求した。
被告(会社)は、平成12年に、能力主義的、成果主義的要素を強くした資格制度(新制度。それ以前のM、S、Gと区分する制度を旧制度という)を設け、管理職、マネージャー層の資格を、上からSG1~4、一般職員、スタッフ層の資格を、上からF1~3、J1~3とした。原告らは、会社は女性については年功を考慮せず、昇格において著しい男女差別をしており、性差別がなければ同学歴の男性事務職の標準労働者と同様に扱われるべきと主張し、退職者3名を除く9名は、男性事務職と同じ基準を適用したならば、遅くとも49歳では新制度のF1に昇格したはずであるとして、F1の資格の確認および不法行為に基づく賃金の差額相当損害金(退職者については差額退職金相当損害金)、慰謝料等を請求した。
[2]判決要旨
少なくとも合併後8年を経過した平成5年およびその前後においては、資格および賃金について、原告らを含む高校卒、短大卒の女性社員は、男性に比べて、資格、平均本給額について男女間に著しい格差があったと認定したが、一方、新制度では旧制度に比較して男女格差が縮小していることを認め、会社の対応に一定の評価を与えている。また、原告らは、平成13年より前においては所属する労働組合の方針に従い、人事考課の前提となる目標管理制度への参加を拒否しており、これは人事考課の点で一定程度不利な取り扱いを受けることは甘受すべきであって、提訴直前の平成5~16年度の人事考課は特に不合理な点はないとしている。
しかし、平成5年度およびその前後には、男女別の基準で昇格管理が行われており、少なくともその時点までは原告らは資格および賃金面で違法な男女差別が行われていたとして、新制度実施後は基本的に男女別の昇格管理はなされていないものの、必ずしも成果主義が徹底されていないこと、旧制度下と連続性をもった昇格が行われ、実態としては男女間の昇格差別がなお残存すると評価し、1名を除いて原告らは違法な男女差別による処遇を受けていたと判断している。
しかし、原告らが求めた昇格地位等の確認請求については、年功的要素の強かった旧制度においても、G1より上位の昇格については、昇格の有無および年数について個人差が見られるし、まして成果主義に基づく新制度においては、すべての資格において個人間で差が見られるようになっており、原告ら9名の昇格地位等確認請求は失当として斥けられた。また、会社が原告らに対し女性であることを理由に賃金について差別的取り扱いをしたことは労働基準法4条に違反するとしながら、賃金は資格の格付けと連動する部分があるところ、昇格について明確な基準が見られないこと、平成5~16年度における原告らに対する人事考課は特に不合理と認めるべき点は見当たらないこと、同年齢・同学歴・勤務実績等が同等の男性社員がいないことなどを理由に、原告らの差額賃金請求を斥けた。一方、会社においては依然として男女間に著しい格差が、特に賃金面で認められ、男女差別的な取り扱いは改善されつつあるとはいえ、なお不当な男女差別的取り扱いが残存していることから、会社がこれを維持している点で、労働基準法4条に違反し、不法行為として損害賠償責任を認め、一部時効を認めつつ、原告らに対し690万円から230万円の損害賠償を認めた。
[3]解説
昇格・昇進に係る男女差別が争われた事例は数多く見られるが、仮に大量観察によって、一定の男女差が見られたとしても、昇格・昇進については評価が関わる以上、どの程度の較差があった場合に不当な男女差別といえるのか、仮に全体として男女差別があったと認めた場合でも、差額賃金を算定する場合、比較対象となる男性社員が存在するのか否かが大きなポイントとなる。
なお、この点に関して参考となる事案としては、鈴鹿市男女昇格差別事件(1審:津地裁 昭55.2.21判決、控訴審:名古屋高裁 昭58.4.28判決)がある。この事件は、消防署に勤務する女性(原告)が、男子は5等級16号俸から4等級に昇格しているのに、5等級19号俸になっても昇格できないのは男女差別に当たるとして、賃金差額相当額、慰謝料等を請求したものである。
1審では、市においては、男子については、客観的に昇格不適当な事由を有する者以外は全員5等級16号俸で一律に昇格しているのに、原告を同様に昇格させなかったのは男女差別に当たるとして、国家賠償法に基づき、市に対し損害賠償の支払いを命じた。しかし控訴審では、公務員の昇格は任命権者に認められた権限であり、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を濫用した場合に限り違法となるとの基本的考え方を示した上で、昇格者数において男子(37名中28名)と女子(60名中9名)の間で相当な格差があるものの、一律に昇格させる程緩やかに昇格の運用をしていたわけではなく、市が裁量権を逸脱・濫用したとまでは認められないとして、被控訴人(原告)の請求を斥けた。本件は、女子についても男子と同様に一律(あるいはそれに近い)昇格を認めろという請求であることから、裁判所としては、法の建前から、その要求を認めにくかったという事情があったのではないかと推認される。
同様の事例として、参議院事務局職員賃金差別事件(東京地裁 平元.11.27判決)がある。この事件は、参議院事務局を定年退職した女性が、定年まで4等級に据え置かれたとして、差額賃金相当額、慰謝料等1000万円を請求したものであるが、棄却された。
君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長
1948年茨城県生まれ。1973年労働省(当時)入省。労働省婦人局中央機会均等指導官として男女雇用機会均等法施行に携わる。その後、愛媛労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、愛知労働局長、独立行政法人労働政策研究・研修機構理事兼労働大学校長、財団法人女性労働協会専務理事、鉱業労働災害防止協会事務局長などを歴任。主な著書に『おさえておきたい パワハラ裁判例85』(労働調査会)、『セクハラ・パワハラ読本』(共著、日本生産性本部生産性労働情報センター)、『ここまでやったらパワハラです!―裁判例111選』(労働調査会)、『キャンパス・セクハラ』(女性労働協会)ほか多数。